第4話 特殊な家


戦場ヲ駆け巡るその雄々しさに。


注がれた無償の愛情ニ。


優しいカイナの温もりニ。


憧憬と渇望はやがてある事実に辿り着ク。


この身ニ化け物の力はなくとも、この肉体は化け物のものなのではないかト。


そうして化け物になったからこそ分かルのだ。


それが巫女を求める意味ヲ。


誰もが忘れてしまったそれが、今なら分かカる。


それでもヒトの姿で在るノは……。


……食べて、しまいたくハないから。


※※※


獣の慟哭はいつしか落ち着きを取り戻し、祈るように誰かに語りかけていた。


朝日が射し込む寝室でゆっくりと瞳を開けた月花は、どこかもの寂しい感覚に浸りつつ身を起こす。そして隣の布団がもう既に上げられていることに、寝過ごしたかもしれないと慌てて寝室を飛び出し居間に向かおうとすれば、不意に玄関の扉が開かれる。


「あぁ……何だ、起きていたのか」

玄関の外から帰ってきた彼は、布にくるまれながらも武器だと分かるそれを持って居間に入ると、武器を立て掛け月花にも入れと促す。


「今何か用意する」

「なら、私も……!料理なら、作れます……!」

彼に続いて居間に入った月花は、台所に向かう彼に続く。


「料理……米と肉しかないぞ」

彼の言う通り、台所には炊かれた米が入った釜と、冷蔵できる便利な貯蔵庫に入った肉。あと乾物と調味料。


「な、何か……作ります……!」

「……それなら……任せるが」


月花の言葉に彼は簡単に竈や料理器具、食器の説明をすると居間に戻り、先ほどの武器を布から出して磨き始める。それは大きな両刃の斧で、柄の部分も太いと言うのに、彼は軽々と持ち手を持ちながら磨いている。


月花はちらりとその様子を見つつも、調理を開始する。


米が炊かれた釜は2人分には充分すぎる大きさだが、それ以上の釜もまた台所に納められており、禾稲からは使う時もあるからと教えられた。


独り暮らしではあるが宴会でもするのだろうか……と疑問に思いつつも、月花は食材に視線を戻す。今ある材料で作るには……と、考え。


できたのは乾物の味噌汁と、肉に合いそうな乾物と肉の簡単な炒め物、そして炊いてあった白米。


「ちゃんと料理になってる……」

感心する彼に、月花もホッとする。生きていくために身に付けた術が、今こうして彼を喜ばせていることが月花を安心させる。彼女が半端者と呼ばれて歩んできた生は、決して無駄ではなかったのだと。


「あ……」

しかしそこで月花は気が付く。つい2人前をテーブルに用意してしまったのだが。


「私はし、使用人なのに同じものを……」

作って、同じテーブルに出してしまった……。


「食事は別に分けなくていい。あとここで一緒に食べろ。ここにいる間は離れの家事をやってくれればいい」

「……は、はい……!」

もとよりそのつもりであったが、ここでの使用人としての生活は思っていたものとはだいぶ違うようである。さらには寝室も同じと言う……。だけれども、月花にとってはそれが何よりも今、彼女に必要なもののように思えた。そして朝食は……。


「うん……うまい」

「……はい」

彼の感想に、幸福を覚えたことは言うまでもなくて。


「欲しい食材があれば、後で本邸のやつがくるから伝えてくれ」

「食材……」


「俺に合わせなくていい、月花が食いたいものを……」

「あの、野菜は……」

嫌い……なのだろうか……?


「調理が面倒だから」

嫌いなわけではないらしい。泥を落としたり、皮を剥いたり、切り分けたりするからだろうか?肉もそれなりに下拵えはいると思うのだが。

――――――別枠……?


「作ったら……食べますか?」

「……多少は」

そう答える彼がどこかかわいくて、微笑ましくて。


「嫌いな野菜はありますか?」

「いや、特には。食えるものは、食う」

それならと月花は頷く。昼には一度帰ると言う彼を見送って、月花は午前中は洗濯や掃除をして過ごしていた。


すると扉が開かれ、誰かの声が聴こえてくる。

彼が言っていた通り、本邸からひとが来たらしい。

パタパタと玄関に駆けて行けば、そこにはひとりの女性が立っていた。


黒のストレートヘアに桃色がかった朱い瞳を持ち、着物の上からでも分かる、グラマラスな美女であった。

大人びたその風貌は、美少女と呼ばれてちやほやされてきた姫花とはどこか違う清廉さと合わせてどこか快活さを感じさせた。


「あら、本当にあのこが女の子をねぇ。名前はなんて言うの?私は那砂なずな。あのこの従姉いとこで姉代わりね」

「つ……月花です……!あの、昨日は……」

話では彼の従姉のお姉さんが月花の身体をきれいにして、着替えをしてくれたそうなのだ。


「いいの、いいの。気にしないで。むしろ女の子を拾ってきて、そのままにしといたら今頃ぶっとばしてるから!」

「ぶ……っ」

ぶっとばすって……っ!?月花は目をぱちくりとしつつも、あんな大きな武器を軽々と持つ彼を……?と驚きを隠せない。


「それよりも今日はいろいろ差し入れ持ってきたのよ。着物とか、必要でしょ?私のお下がりだけど使いなさい!」

「い……いいんですか……?」

そんな……。


「だからってあのこの汗臭い着物を女の子に着せるわけにはいかないもの!」

あ……汗臭……?洗濯の時はそうは感じなかったのだが。月花は那砂から着物を受け取るが……。那砂のグラマラスな体型を見やる。サイズ的に……大丈夫だろうか……。


「ん?どうしたの?」

「い、いえ、別に……っ!」

失礼になってはいけないと、月花は必死で首を横に振る。


「あと、2人に増えたから食器も足しといて」

那砂が食器が入っていると見られる包みをくれて、月花も割らないようにと慎重に運びいれる。


「食材はどうする?希望はあるかしら」

「あの……野菜を、少しいただければと」


「野菜…、ねぇ。まぁ、いいわ。本邸からいくつか持ってくるから、あのこにも食わせてあげてね。放っておくと米と肉しか食べないから」

「米と肉しか……」

やはり冷蔵貯蔵庫のレパートリーはそう言うことだったのか。調理が面倒……ってことだったけど。


「あの、彼が好きな料理があれば知りたいのですが……」

「米と……焼いたら肉ね」

「……」

まぁ、その、予想はできてたけど……!


「でも本邸の料理人が作った野菜料理なんかも普通に食べてたから、基本はなんでもイケるはずよ」

本邸の料理人が……。と言うことはつまり、食べる機会もあったということだ。


「あの……彼は何故この離れに……」

ひとり住んでいるのだろうか。

「ただの反抗期よ。彼、お父さんと未だにバチバチやってるから」

「お……おとうさん?」


「あれ、何も聞いてない?あのこ、跡取りなのに継ぐ意思も、結婚する気ももなくて。絶対継がない、結婚もしないって反抗しまくってるのよ。まぁ政略結婚だってのもあるんだけどね」

彼が……跡取り……?今いる家がどういう家なのかすら知らない。戦場にいると言うことは兵士か、それともあの朱色の瞳は朱桜の縁者かとも思っていた。


「でも、政略結婚は絶対のものでね。うちは花嫁を迎えなくてはならないって決まっていたから」

花嫁を迎えなくてはならない……?

まるで巫女が守護者の家に嫁がなくてはならない決まりのようなしきたりが、他にもあったのだろうか。


「お父さん……私にとっては伯父さまね。伯父さまが、あのこが家を継がないなら自分が責任を持って後妻に迎えるからって宣言して、相手方にもそれを伝えてしまったものだから。さすがにそれはないって、年齢差がいくつあるんだってあのこもなって、跡を継ぐことだけは了承したの。政略結婚についてはまだ揉めてて父子おやこ喧嘩続行中なんだけどね」

後妻に迎える……?どこかで聞いたような話である。そして彼の朱色の瞳。

跡取りがいなかった家。いないはずだった家。だからこそ当主が責任をとり後妻に迎えると宣言した……。


「あの……ここはどこの家門なんですか……?」


「……知らないでここに来たの……?いや、あのこ連れて来たわけ……!?何してんのよ、あのこは……っ!」

那砂があちゃ~と空を見上げる。


「あのね、月花ちゃん。驚くとは思うんだけど。と言うか従姉あねとして謝るわ。もしもこの家が恐ろしいというならかまわない。私のつてを使っていくらでも何とかするから」

何とかって……どういう……?

しかし那砂の言い方からしてみても、恐らく月花の予想はあたっているのだろう。ここは普通の家ではない。普通は恐ろしいと感じるところ。だがしかし、それを恐れる人々も、彼らがいなければ平和には暮らせない。


その答えは、決まっている。


「ここは朱桜家の本家。守護者を務める一族。そしてあの子はその跡取り……跡取りであることを認めた以上、あのこが朱桜の守護者よ」

やはり……。月花の予想はあたっていた。

そして月花は朱桜の守護者の妻となるはずだった。そうなるには何もかもが足りなさすぎる。実家からも死ねと言われたに等しい身。自身が朱桜の花嫁であると言っても、巫女であることすら信じてもらえないかもしれない。今さら名乗り出て、実家から何と言われるかも分からない。むしろ朱桜から怒られ、疎まれるかもしれない。


――――――彼に、見捨てられてしまうかもしれない。


けれど。


巫女の一族から捨てられたことを知られれば、那砂に他の働き先を紹介してもらっても、那砂やそちらに迷惑がかかる。


――――――何より。


どうしてか彼の側にいたいと思ってしまう。

巫女の力はほとんどなくとも、巫女の一族であることが、異能を持つものたちを求めてしまうのだろうか。


なら……出ていけと言われるその時までは、彼の側にいても、いいのだろうか……。


「わ、私は……構いません。ここに置いてくださるのでしたら」

「……」

月花の意思に、那砂は驚きつつも優しい笑みを浮かべる。


「そう言ってくれて嬉しいわ。ここは特殊な家だから、最初は高給目当てで来ても、やっぱり異能持ちは、ひとと違うからって恐ろしがって逃げ帰っちゃう子もいるのよ」

月花自身も巫女の家と言う特殊な家で生きていた。そこに比べれば……何と言うこともない。


せめて……少しだけ。彼に真実を知られてしまうその時までは。


側にいたい。月花はそう願った。


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