5 2人

翌日から普通通りの授業が始まった。

休み時間になるたびにみんな仲が良い友達と喋ったり遊んだりしているのだけど、ずっといじめられてきた僕にはそんな友達なんていなくて、ずっと1人で本を読んで過ごしていた。

鬱屈とした毎日の中で救いだったのは、1年の時に続いていたいじめが少しだけなくなったこと。

陰口は続いているけど、机や私物に悪戯されているなんてことはだいぶ減った。

蔵田くんは相変わらず校外で喧嘩をしているようで生傷は絶えなかったけど、授業は欠かさずちゃんと出席していて、休み時間になると机に伏せて寝ていることが多かった。

周りのクラスメイト達は蔵田くんを避けていたけど、僕には蔵田くんは悪い人じゃないって分かっていたから、2人並んで過ごす休み時間も苦ではなかった。


そしてある日の昼休み。

普段は1人で屋上で昼食を食べていたのだけど、この日は生憎の雨だった。

今時珍しいもので、うちの中学には給食が無い。

クラスメイト達は好きな相手と机を寄せ合って教室でお弁当を食べている時間だけど、僕は屋上に上がる階段で、一人で座って弁当箱を広げた。

大好きなハンバーグに唐揚げ、かにかま入りの卵焼きに、色とりどりの野菜。

毎日栄養バランスを考えて作ってくれる母さんも、僕がこんな風に人気のない所で、1人で弁当を食べているなんて思いもしないだろう。

そして1口おかずを口に運ぼうとした時、人の足音がして身を硬くした。


「あ…」


見れば購買の袋を持った蔵田くんが上がってくる。

もしかしたら彼の昼食の場所だったのかもしれないと思って、僕は弁当箱を片付けようとした。


「ごめんね、すぐ退くから」

「…別にお前ならいい」


片付けようとする僕の手に、蔵田くんの手が重なった。

僕より一回り身体の大きい人の手はやっぱり大きいんだよな…拓海の手もそうだったな。

そんな事を漠然と思いながら、はっと我に返って手を振り払った。


「ご、ごめんっ」

「何で謝んの」


顔を上げれば、怪訝そうに眉を寄せて、真っ直ぐに見つめる彼のグレーの瞳と目が合った。

出会った時から気になっていた、蔵田くんの目の色。

すごく綺麗な灰色で、思わず見惚れてしまう。


「なあ、お前何も悪いことしてないだろ。始業式にクラスの奴らが言ってた事と関係あるのか?」

「それは、その」


言われた事が図星で、初めは言葉が出なかった。

でも、もう知られているならいいや、そう思ったら、全部を話してしまおうと思ってしまった。


「僕と一緒に居ない方がいい。一緒にいる所を見られない方がいいよ。僕は普通じゃないからさ」

「普通じゃない?」

「男なのに男を好きになったんだ。去年、幼馴染の男子に告白したの。ひどい振られ方して、気持ちが悪いって言われちゃった。次の日学校に来た時には、その話はクラス中に広まってしまってた」


僕がいじめられている理由を察したのか、蔵田くんは眉をひそめた。

僕は続ける。


「みんなは僕がおかしい、気持ち悪いって思ってる。僕といると誰でも恋愛対象に見られると思ってる。蔵田くんはそんな人じゃないでしょ、そう見られるのは嫌でしょ。僕は1人でも大丈夫だから、もう関わらないでよ」

「何だ、そんな事か」

「そんな事、って…っ」


僕にしてみれば決死の告白だったのに、蔵田くんはさほど大事ではないような反応をするから困ってしまった。

蔵田くんは怪訝そうに眉を寄せて、


「お前やアイツらの言う普通って何?」


と、はっきりとした声で問いかけた。

普通…?

僕達にとっての普通って何だろうと思って迷っていたら、蔵田くんは続ける。


「男が男を好きになっちゃいけないなんて誰が決めた?俺だって、アイツらだって、もしかしたらそんな時が来るのかもしれない。そんなことで人の価値観を否定していいことにはならない」


珍しくよく喋る彼は、真っ直ぐに僕を見つめて真っ直ぐに気持ちを伝えて来た。

いつも喧嘩してばかりで1人でいるけれど、彼だって『伝えきれてない何か』を持っているんじゃないだろうか。


「他の奴らと違っていようが、お前はお前だろ。もっと胸張ってろよ」


蔵田くんのその言葉で、僕は涙が溢れて止まらなくなった。

ずっと気持ち悪いといじめられてきたから、ありのままを受け入れてもらえたことが本当に本当に嬉しかった。

僕はおかしくなんかない。辛い、寂しい、誰かに分かって欲しい。

自分の中に押し込めていたそんな気持ちを全部吐き出すように、それからしばらく泣いた後で、2人で一緒に昼ご飯を食べた。

蔵田くんは今まで校舎の裏やこの階段で食べていた事が多かったらしく、僕にとっても、蔵田くんにとっても、久し振りの誰かと一緒に食べる昼ご飯だった。

食べながら聞いた話では、中学に入って売られた喧嘩を買ってから喧嘩をする事が増えて、少なくとも事務的な話以外で彼に話し掛けてきた人は、僕が数ヶ月ぶりのことだったそうだ。

毎回喧嘩で怪我をしてくるのを、同級生から手当てされたのは初めてだったと言っていた。


「なぁ」

「ん…何?」

「アイツらに色々言われんのが嫌なら、俺といれば」

「…でも」


僕といると蔵田くんまで嫌な思いをしてしまうんじゃないか、そう思ったらすぐには返事ができなかった。

蔵田くんはそれを見透かすように、ダチが困ってるなら助けるのは当然だろ、と目を細めて笑う。

嬉し過ぎてぎこちなく頷くことしかできなかったけれど、ちゃんと伝わったみたいだ。


「これから宜しく。あー…えっと、名前なんだっけ」

「あ、藍良歩!よろしくね」

「蔵田和樹。宜しく、歩」


2人でなら何とかやっていける。

僕の心は不思議とそんな気持ちで満たされていた。

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