第24話

 堀内くんを無事に収集車へ送ったところで、私は一緒に帰るように指示を受けた。前線は私たちの勢いに続いて撤退してきたらしい。珠戦士の回収については言及されなかったので、そういうことだろう。

 一瞬、戦場へ目を向けるが、指示から外れるわけにはいかない。それに、誰も口にできない現場で回収できるなどと自惚れてはいなかった。

 視線を切って、収集車へ乗り込む。噂への気持ちが軽くなろうとも、それ以外のものが変わるわけもない。収集車には宝石よりも人間のほうが多かった。採掘失敗だ。

 堀内くんは顔を顰めて、身体を車体に預けて脱力している。ここまで歩けたことが、根性か何かだったのだろう。珠装具による痛みというのは、神経を直に捻られているようなものだ。程度はあるが、様子を見ればその状態にあることは自明だった。

 膝が壊れているということは、重度なのかもしれない。コロニーまでの道のりは短いが、車の振動ですら身体に響く。

 収集車の中に、振動を吸収してくれるような装備はない。採掘された宝石が載るのが本分だ。他の部分はおまけでしかないので、準備が弱い。いくら怪我人の搬送によく使われていると言っても、やむない応急処置で、それがずっと続いている。

 こうして続いている不便さが改善されることは一向になかった。きっと、この先もない。悪化していくのが目に見えている。

 自分のときは、さほど気にしていなかった。本当なら、気にするべきなのだろうが、そのときは佑くんへの申し訳なさや、自分の不甲斐なさを内省している。だが、こうして、他の人が苦しんでいると、このままでいいわけがないのだと思った。

 離脱していく人々の心境が、手に取るように分かる。逃亡が選択肢に入ってきて当然だ。堀内くんは、まだやるだろうか。呼吸が荒くなっている。

 もしかすると、状態を簡潔に告げてくれただけで、噛まれて炎症を起こしたりしているのかもしれない。怪我を検分する時間はなかった。その杜撰さに気がつく。

 今だって、誰も堀内くんの怪我を見るものはいない。私たちが診断をつけられるわけではないけれど。

 けれど、と一瞥する。誰もタオルやハンカチの持参がない。スカーフを持っているものもいるが、それぞれ怪我している。他人へ分け与える余裕のあるものはいない。

 かく言う私だって、左手の手首が斬りつけられていた。いつ負った傷なのかも定かではない。そんな細かな傷は日常茶飯事だ。気にしてなんていられない。

 終わりのない戦いに無慈悲に挑む。採掘師の護衛以外で出動する意味があるのか。毎度のように怪我人を膨大に出して。死者の数を増やして。珠戦士の立場が悪くなっているところはあった。

 大切な人が傷付く。それを待っている人がいる。どんなにやむを得ない事情があったとしても、感情の折り合いがつくはずもない。犠牲を出して生活する。その余波は精神を蝕む。

 辞めて欲しいと、いい加減にして欲しいと。他人のために命を落とすことをよしとはできなくなってくる。一時的ならば、尊敬も続くだろう。もしくは、実際に助けになり、生活が楽になる成果が目に見える形であるならば。

 けれども、世界は……コロニーは消滅に近付くほどに戦況は悪い。その中を犠牲の第一陣にさせられる。それに忌避感を抱けば、浮かんでくる選択肢は逃亡だ。

 背景を考えれば、おかしくない。私がそこから目を逸らしてこられたのは、人物に心当たりがなかったからだ。大切だと思える特別な相手。

 ……ちらりと人物が浮かんで、目を伏せた。

 もしも、と考える。私も逃亡するだろうか、と。今までまったくなかった思考に驚いた。それが浮かぶ時点で既に、というものだろう。

 弱くなったとは思わなかった。そういう問題じゃない。だからこそ、簡単に選択がなされ続けている。

 ふっと息を吐いたと同時に、収集車が止まった。私はすぐに堀内くんのそばに寄る。


「堀内くん、連れて行くよ」

「……ありがとう、安宝さん」

「どうしても揺れちゃうと思うけど、ごめんね」

「仕方ないから、気にしなくていいよ。安宝さんだって怪我していないわけじゃないんだから」

「こんなのかすり傷だよ」

「佑が知ったらいい顔はしない」

「……佑くんは気にしないよ」


 正式には、変な気の仕方はしない、だろう。心配はする。珠装具の使い方に一言くらいあるかもしれない。けれど、嫌な顔はしないはずだ。


「心配はするだろ。佑は安宝さんの珠装具に夢中だからな」

「それはそうかも」


 珠装具に視点を移されると、納得せざるを得なかった。

 苦笑しながら、堀内くんの前に屈み込む。足をどういう体勢にしているのが楽なのか分からない。適切な運び方は他にあったかもしれないが、他も大概ボロボロだ。時間を優先すれば、簡便な方法になるのは仕方がない。

 堀内くんも何も言わずに、手を回してきてくれた。足は伸ばしている。気をつけて支えながら立ち上がって、静々と歩を進める。

 急務と振動のバランスは、振動のほうに重点を置いた。そうして扉を潜ったところで、影が眼前に飛び込んでくる。ぎょっとして身を固めてしまった。


「いっくん!」


 ツインテールがひらりと揺れる。寧音さんの顔色は土気色だった。ああ、と思う。きっと、同じことだ。いつもいつも、彼女は待っているのだろう。


「大丈夫だよ、寧音」


 泣きそうになっている寧音さんの頬に触れる堀内くんの声は、驚くほど穏やかだ。決して心配をかけないように。微かに笑んでいるような呼気がした。

 車内で見せていた苦しさなど、押し込んでいるのだろう。やせ我慢だなんて思わないし、かっこつけだと思わない。彼は分かっている。彼女がどれほどの心痛を抱え込んでいるのかを。


「ありがとう、安宝さん」

「……いえ、私は」

「和彩、替わるよ」


 採掘師の怪我は珠戦士の不足だ。全責任を被せられるものではないことは承知している。そこまで居丈高になるつもりはない。

 それでも、今日護衛を任されていたのは私だ。お礼を言われていい立場ではない。怪我させないことが、私の業務であったのだから。

 それを馬鹿正直に伝えようとしたわけじゃない。それは、寧音さんにすら、私を許容する言葉を吐かせることになりかねない挙動だ。だが、だからって丸呑みすることはできなかった。

 それを口走りそうになった言葉が横から掻っ攫われる。ごく自然に登場した佑くんが、私のそばへとやってきて入れ替わる体勢を取っていた。


「……医務室までくらいならだいじょ」

「ダメだ」


 思った以上にすぱんと切られて息を呑んだ。佑くんが強い言葉を使うことは滅多にない。慌てて打ち出すように言葉を重ねられたことはあるが、こうも強い否定を伝えられたことは初めてだった。


「足、引きずってるぞ。踵欠けてるんじゃないのか」

「あ」

「……鈍器として使ったうえに、衝撃を与え続けただろ? ジャンプしたか?」

「堀内くんを抱えて走ったから」

「なるほど。分かった。とりあえず、一誠をこっちに」

「ごめん」

「構わないよ」

「あたし」

「小太刀は先に医務室に行って保険医を呼んでおいてくれ。大丈夫。ちゃんと連れて行くし、一誠は今すぐどうにかなるわけじゃないから。落ち着け。いいな」

「……分かった」


 冷静だ。二人と付き合いのある佑くんが来てくれたのは助かったかもしれない。寧音さんが踵を返して走っていったと同時に、堀内くんが深いため息を零した。


「悪い。助かった。佑」

「珠装具か?」

「膝がいってるっぽい」

「分かった。保険医に診てもらってからしか手を出せないから、ひとまず移動だ。こっちこい」


 隣に並んだ佑くんに堀内くんが移動していく。そうして離れられると、重かったことを追認した。どっと力が抜ける。その身体を横から佑くんが腕を掴んで支えてくれた。


「ごめん」

「踵が欠けて歩けてたのがおかしいんだよ。一誠のことで気を張ってたんだろ」

「そんなにまずいの?」

「当たり前だ。足先よりはマシだけど、重さがある分大事だよ。……言っておけばよかったな」

「ううん。どっちにしてもやったと思うから」


 佑くんは少しだけ険しい顔にはなったが、深追いすることはない。どう言ったところで、回避できなかったことはできなかったことだし、回避しろとは言えないことを佑くんは分かっている。助かっているのは堀内くんであるのだから、尚のことだろう。

 人の差があることを、今更取り繕ったりする気はなかった。堀内くんは寧音さんのためなら、痛みも何も我慢するし、寧音さんは堀内くんじゃなきゃ駆けつけてくるほどに心配したりしない。

 私は佑くんを護るためなら、堀内くんよりも全力を尽くす。この世知辛い世界の優先順位を非難できることなどない。されるのならば、喜んで受けるしかないだろう。


「ひとまず、腕に縋っていいから、ゆっくり行こう。どうせ、一誠を揺らせないし」

「うん」

「一誠、体重全部かけていいからな」

「お前に遠慮なんかしない」


 その一言で、佑くんが私から運び役を買って出たもうひとつの理由に気がついた。

 私は珠戦士だし、危なげがあったわけじゃない。けれど、どうしたって堀内くんよりも小さいし細い。私が平気だと主張したところで、堀内くんは気にするだろう。その心配を取り除いてくれたのだ。実際問題として、私の踵の問題もあっただろうけれど。

 佑くんには頭が上がらなかった。

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