第23話

 一時の軽挙な行動は気恥ずかしい。ぎくしゃくした意識からは逃れられなかったが、そうも言っていられない現実があった。

 佑くんは気持ちや場を誤魔化すように、珠装具の調律に意識を戻していく。私も誤魔化したいのは同じで、それに乗っかった。

 感情を否定するつもりはない。生まれたものをなくすことはできない。この胸の温かさが誰によって齎され、それを相手への感情だと思うのは誤認ではない。けれど、その激情を衝動のままに口に出すほど、私は無謀ではなかった。

 ここでは反射に頼らなかったことを安堵する。こんな単純な蛮勇は勘弁だった。

 今までそんな素振りを見せたこともない。たった一言で落ちただなんて、佑くんにしてみればきっとチョロい。言葉がどれほどの威力を持っているのか。それは受け取る側が決めることだ。佑くんは知り得ない。だから、こんな衝動だけで動けるわけもなかった。

 おかげで、場は流れてくれた。なかったことにされてはいないだろう。いくら佑くんがおおらかで淡々としていようとも、目の前で号泣する女の勢いを忘れることはできまい。

 私に意見をぶつけてきたときの様子を見るに、淡々としているかどうかは意識が改まるところだったが。とにかく、お互い意識は底のほうに揺蕩っていた。

 きっかけがあれば、何かが崩れる。その予感は自意識過剰だろうか。だが、何かがストッパーになっていて、何かが揺蕩っているのは本当だった。しかし、それを縮めるために費やせる時間はどこにもなかったのだ。

 私が戦場に出る回数も激増していたし、佑くんも忙しく珠装具を造っていた。私は今日も、戦場だ。再び採掘師の護衛で、その採掘師は堀内くんだった。

 こういうのは妙な縁があるものなのだろうか。不思議なものだ。ただし、採掘中に何を話すわけでもない。佑くんとの付き合い方に変化があったとしても、堀内くんとどうこうなるわけではなかった。

 何より、戦場で声を掛け合うほど、堀内くんも私も器用ではない。黙々と作業をこなす。堀内くんの手際はいい。採掘にコツはいらなかった。だが、収集するとなれば、慣れによって採掘率が変わってくる。

 堀内くんは効率的で如才なかった。類は友を呼ぶのだろうか。自分が佑くんを水準にして他人を評価していることに気がついて、苦笑いが零れそうになる。すっかりほだされていた。やはり、チョロいのかもしれない。

 それでも、私にとってはそれほどまでに的を射るものだった。その暖かさを胸にしたまま、私は戦場を駆ける。

 いつもよりも調子がいいのは、佑くんの言葉のおかげではない、だろう。佑くんの珠装具のおかげだ。調律で重さを精細に私に合わせてくれた左足は、鈍器としての性能も高い。

 堀内くんから離れ過ぎないように、大剣を振り回して魔物を崩していった。今日はやけに数が多い。

 こういう日は、あるのだ。私たちには予兆が読めない。けれども、魔物たちには何か通じるものがあるのか。特定の日に、どっと魔物が出現してくることがあった。緊急出動とはそういうときに起こるものだ。近頃は増えている。それとバッティングしてしまっている採掘の風向きは悪い。

 堀内くんは無理したりしなかった。ある程度の安全を確保できないと判断すれば宝石に近付かないし、すぐに撤退する。宝石を砕いた後でも、残して逃げることに後腐れがない。その判断ができるものは少なかった。的確な堀内くんは護りやすい。

 だが、だからと言って、護れるとは言い切れなかった。実力不足に屈辱と陰鬱さが渦巻くが、豪語はできない。そして、塹壕へと戻る道筋の最中。その不遇は隣人のようにやってきた。

 塹壕付近では、他の隊員と鉢合わせることもある。そして、魔物の数が増えていれば、その戦闘に追われて、自然に遭遇のタイミングも合うものだ。

 四組の珠戦士と採掘師。それぞれが戦闘に突入していた。そこに混ざりたくない気持ちはあったが、そうもいかない。


「堀内くん」

「大丈夫。仕方がないよ」


 それは大丈夫、ではない。ただ、現状を受け入れているだけだ。私も同意するように顎を引いて、戦闘に混ざることになった。

 宝石の影に身を隠している採掘師たちの元へ、堀内くんが合流する。珠戦士の一人は、左手を失っていた。戦力としてカウントできなくなっている。だからこそ、この戦闘を避けられなかったのだろうか。

 堀内くんたちを視界に留めながら、その珠戦士のフォローに回った。出血がひどい。このままでは……と嫌な、けれど、ありふれた想像が巡る。回収して撤退する。その方法を考えたいが、思考に回す余力はない。

 採掘師たちに任せようという算段は働くが、作戦行動を取れるかどうか怪しいところだ。意思疎通も怪しい。

 当初は無線を使った作戦行動も使われていた。今も使わないわけでもない。だが、戦場で伝令役は用意できなくなり、無線の在庫もなくなっている。それだけ、追い詰められた戦闘に陥っていた。

 採掘師たちは自分たちで回収を考えているのか。微妙な位置取りに移動している。危険な行為だ。通常ならば、採掘師の領分を越えていると注意を促すところだった。

 しかし、今は四の五の言っている場合ではない。珠戦士を見捨てる決断をしているならば別だが、その子は未だに戦闘を行う根性を見せているほどだ。そんな珠戦士を放っておけるものか。

 ……戦闘に死したいと振る舞うのは、逃亡者を認めるのと同じであるだろうに。

 それでも、無残な足掻きを繰り返してしまう。戦闘とはそういうものだった。

 そして、そうした緊急事態は血も涙もないものだ。採掘師たちの位置は危険な位置ではあったが、まだ最悪ではなかった。しかし、その位置が一瞬で最悪の現場に転ずる。

 宝石の影。隠れているのと飛び出そうとしているのの狭間。そこにわっと魔物が出現した。ひとつの宝石から、一体の魔物なんて生易しいルールはない。正体不明の召喚とも呼べる出現は、一気に数体の魔物を出現させる。

 間髪を容れず、採掘師たちは三々五々に散った。いくら危険でも、そうするしかない。

 私も直ちに地面を蹴って、そちらへ飛び込んだ。辿り着くや否や大剣を横に薙ぎ払って、ゴーレムの足下を崩す。すぐに飛び上がって、胸の辺りを斬りつける。いくらかジャンプ力は落ちた。けれど、重さが増えた分、押し入る力は増している。

 体重をかけて斬りつけ、ゴーレムの胸元を削いだ。その流れで、腕を切り落とす。ゴーレムが体勢を崩していく影から、獣型が飛び出してきて足下に食らいついてきた。

 私はそのまま珠装具で蹴り飛ばす。蹴っ飛ばされた獣型は体勢を整えて、今度は首元に飛び込んできた。私はその身体を真っ二つに斬りつける。ぼたぼたと飛び散る血が、隊服を汚した。血なまぐささにも慣れている。獣型に慣れたくはなかったが、慣れなければならなかった。

 ゴーレムは、まだ数体が周りに残っている。振り回してくる長い腕が、いくつも一斉に襲いかかってきた。しゃがみ込んで、どうにか回避する。そのまま大剣を振り回して足下を切り崩そうとするが、すべてをなぎ倒すことはできなかった。

 ゴーレムの太い足に刃が止められる。構わずに刃を返して、上へと振り上げた。ゴーレムの腕が飛ぶ。バランスを崩すゴーレムの首元を狙って大剣を振るった。一体を倒したところで、足下を切り崩していたゴーレムたちへと向き直る。

 大剣を握り直して飛び込もうとしたところで、叫び声が飛び込んできた。


「堀内!」


 ぎゅっと心臓が握り潰されて、すぐさま周囲を見回す。倒れている姿を目視して、ゴーレムを放置したままそちらへ飛び出した。


「安宝さん、無茶は……」


 後ろから制止の声が聞こえていたが、聞き入れることはできなかった。考える余裕もなかったし、反射神経は止まらない。

 堀内くんを取り囲んでいる三匹の獣型を一太刀で切り捨てる。死にきれていない二匹のうち、一匹の頭を刃で殴りつけて昏倒させた。もう一匹には踵落としを食らわす。重量を増しておいてよかった。

 ふぅと息を吐いて、堀内くんのそばに駆け寄る。


「悪い」


 堀内くんの顔色は悪くない。だが、倒れて起き上がってこられないようで、屈んで様子を見る。


「いいから。怪我の具合は? どこ? 血は?」

「佑の珠装具のおかげで助かったよ。けど、膝の接合部が壊れている。立ち上がれそうにないんだ。悪いね。僕」


 その続きを聞くことはなかった。状態が分かれば、それだけでいい。私は大剣を鞘に収めて、堀内くんを抱き上げた。


「ちょ、ちょっと、安宝さんっ」


 跳ね上がる声に構ってなどいられない。

 珠装具を着けた男の子は重かった。時間をかけていられない。お姫様抱っこだろうと何だろうと、私は構わず戦場を駆け抜けた。

 右腕と左足。頼りになる珠装具を鈍器にして、魔物たちを蹴散らしながら進む。成功したのは、運でしかない。他の珠戦士がカバーしてくれたこともあって、私たちは塹壕に飛び込むことができた。

 辿り着くや否や、堀内くんを下ろす。乱れた呼吸を整えようとするが、なかなか上手くいかなかった。重量が増えた分、体力消費に繋がってしまっているかもしれない。

 加減を見計らっている最中だ。これは佑くんに報告すれば、減量案件だろう。仕方ない。役にも立ったが、撤退には向かないのだから。

 調律のことを考えられたところで、危機感が放れそうになった。それをどうにか繋ぎ止める。塹壕であっても、安全圏ではないのだから。


「堀内くん、収集車へ移動しよう。痛くても我慢してね」


 言いながら、肩を貸して立ち上がらせる。堀内くんは私に誘導されるがままだった。


「重いでしょ。ごめんな」

「この間は私がお世話になったからお互い様だよ」

「助かるよ。佑に怒られそうだ」

「寧音さんが心配するよ」


 私が寧音さんのことを知っていると、堀内くんは知らない。失念していた。しかし、堀内くんの勘は冴えているようだ。一瞬浮かんだ怪訝は、合点のいった顔に塗り替えられた。


「そうか。この前のときに寧音が来てたのを見てたよな。ちゃんと送り届けるまで見届けなくて悪かったなと思ってたんだ」

「気にしなくていいよ。大事な人と会うほうが大切だから」


 放置されたとは毛ほども思っていない。寧ろ、邪魔してはならないと、率先してはけたつもりだ。だから、堀内くんが気付かないままになっていたのは正しかった。


「……センキは大仰だよなぁ」

「どうして今、その感想になったの」

「姫を推してる佑の気持ちが分かるって感じかな」

「私、そんなに親切なことしてると思わないけど」

「それだけ鬼のイメージが強いってことじゃないか? 金棒の噂が補強してる気がしてならないけどね」

「それ、佑くんのせいじゃ?」

「相互作用じゃないかな」


 まったくその通りで苦笑してしまった。

 いつの間にか、噂は二人分が当たり前になっている。じゃあ、いいか。と気持ちが軽くなった。なんてチョロい。そもそも、佑くんが認めてくれただけで、気持ちは解れていた。そこに楽になる要素が追加される。そんなもの軽くならなきゃおかしい。

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