第19話

 個室か区画か。その選択は安宝さんに任せた。どちらにしても、身を晒すのは安宝さんだ。すべてを曝け出すわけではないが、左足のことを考えれば肌の露出は多くなる。

 扉のある完全な個室か。布一枚の目隠しか。どちらも考え所はあるだろう。その判断は俺にできることではない。できれば、区画にして欲しいと願っていたのは、消すことのできない性差があるからだ。

 調律は仕事である。邪念を持ち込むつもりはないが、しかし、心の奥底にある意識をなくすことはできない。

 自分が安宝さんを女性として認識していたことに、今更気がついた。それは直接恋愛感情に結びついているものとは言えない。そこまで深い根があるわけではなく、ざっくばらんな性別の話だ。

 そうしたものに興味がないわけではなかった。ただ、個人の楽しみにウエイトを置けないし、現実として難しい。そのため、興味は興味のままに置いてある。置いてあるのだから、意識も存在しているものだ。

 我ながら、アホらしいとは思っている。不誠実だとも。暴挙に踏み切る蛮勇の持ち合わせがないことも。そのくせ、願わずにはいられない不毛さが嫌になる。

 そうこうしているうちに、安宝さんから区画の選択が齎された。そのことに、胸を撫で下ろして臨んだ調律の日。俺は自分の考えが甘かったことを思い知らされる。

 肌を見ることには問題がなかった。珠装具の取り替えでも目にする。しかし、その肢体をベッドの上に投げ出された状態で見るのは、随分印象が違った。ワイシャツでうつ伏せになった背中にタオルケットをかけて、配慮はしている。

 それでも、動揺の折り合いはつかない。何度か音を立てないように深呼吸して気持ちを整えた。


「それじゃあ、まずは右腕から始めるよ」


 そう言って、肩口に手を伸ばす。珠装具は肘下だけだ。だが、筋肉は繋がっているし、珠装具の負担は生身にかかる。

 勿論、その辺りは計算して宝石を削り出していた。中身を空洞にして、軽量化を図っている。宝石と呼ぼうとなんと呼ぼうと石は石だ。質量はあるので、硬度を保てるギリギリまで減らしていた。

 おかげか否か。その差分は分からないが、凝っているかどうかくらいは分かる。二の腕の疲労感はさほど感じられない。弾力感があるのは、筋肉だろう。若干、羨ましい。


「疲れを感じることはあるか?」

「腕を振れば疲れるよ。でも、珠装具を重いと感じたことはないかな……? 差はあんまり分からないかも。筋肉痛の範疇だと思う」

「痛みが出ていないなら問題ないだろうけど……もう少し、軽くしてみるのもありかもな」


 筋肉質ではある。だが、細い。そもそも、食糧事情が食糧事情だ。土地を追いやられているコロニーで、食糧不足にならないはずもない。そのため、過度な肥満体型な者は少なかった。

 その中でも、安宝さんは細いほうだろう。この細腕でセンキの名をほしいままにしていると思うと、驚きが隠せない。腕力は俺が予想するよりあるのだろう。大剣を取り回しているのだから。だが、それでも負担は減らしてやりたかった。


「硬度は大丈夫?」

「硬度補強の塗料があるから、それをいくらか重ねてみるのもひとつだな。ただ、手入れが少し面倒になる」

「塗り直しが必要?」

「そうなる。クロスで磨いていくうちに剥げるだろうから、手入れが行き届いている安宝さんだからこそ、大変かもしれない」

「塗り直しくらいなら、それほど手間じゃないよ。それをこなせば、硬度は問題なく軽くなる?」

「安宝さんが鈍器のように使わなければね」

「……左足のほうは重くてもいいから、硬度優先にしてくれたら嬉しい」

「足蹴にしてるのか?」

「獣型は四つ足だし、足下を狙ってくることが多いから、つい」

「うーん。じゃあ、足は重さを優先するか……足に触れるぞ?」

「うん」


 足のほうが重く作っているのは今も同じだ。これ以上重くするとなると、左右の違いで身体の平衡感覚がおかしくなりかねない。太腿からが珠装具なので、支える筋力も腕には劣る。腰で支えるにしても、重くさせ過ぎるわけにもいかない。

 許可に応じて、太腿どころか足の付け根。その辺りに柔らかく触れる。マッサージだろうと触診だろうと際どい。

 呼吸が震えそうになって、息を止めそうになる。そのほうがよっぽどまずい気がして、細く息を吐き出した。抱いている意識まで吐き出されてくれば重畳だったが、そう気軽にはいかない。

 調律までをお願いする珠戦士が少ないのは、こういった点があるからだろうか。だが、性別を合わせれば……と思ったが、どっちにしても、際どい。調律を避ける理由にはなるだろう。

 そうした説で思考を散らしながら、触診を続けた。腕に比べると、凝りが感じられる。何より、接合部がいくらか赤い。人工物が嵌まっていた名残が見えた。痛みはないというが、身体は重さを感じているようだ。

 珠装具部分に触れて、重さを確認する。現在、安宝さんの左足はバランス型を採用している。足の硬度を下げると、ジャンプなどの衝撃が恐ろしい。センキと呼ばれるような子の立ち回りを考えれば、下手に硬度を下げるわけにはいかなかった。

 これ以上の重さ。耐えられるのか。とんとん、と珠装具部分を叩いて考える。この辺りはどうしたって、手探りだ。

 調律とはそうやって、ひとつひとつ意見を擦り合わせていくものだった。俺だけの知識で押し進めるものではないから、探っていくのは間違ってはいない。それでも、すぐに見当がつかない自分の力不足に消沈しそうになる。

 珠装具の知識は身についてきた。自信を持って判断ができるほどに経験を積んでいる。それでも、まだまだ足りない。珠装具の奥は深い。その深淵を覗き込めることに喜びを抱いているのだから、俺は噂の通りであるのだろう。

 心を捧げている。

 とはいえ、今はそこを探求している時間ではない。


「今、左右のバランスは取れているんだよな? 左足が重すぎるってことはないか?」

「三枝くんがちゃんと重さを計測してくれたじゃん」


 簡易的ではある。厳密に測れるような設備は整っていない。座った状態で、体重計に足だけを乗せるという荒業だ。そのため、計測は参考程度としか言えなかった。

 それに依拠する口ぶりからは、安宝さんが不和を覚えている様子はない。それでも俺が考え込んでいるからか。安宝の声音は小さくなった。


「難しい? 今の重さが限界かな?」

「うーん……仰向けになってもらっていいか?」


 言いながら、タオルケットを取る。足の重さを支えるのであれば、股関節の柔らかさも加味すべきだ。

 重みを重視すると言っても、それは義足としての機能の話だった。鈍器としての重量感を付属させられるものではない。その領域に持っていこうと意図して近付けるのは、珠装師の領分を越える。

 かと言って、何の領分かと問われても答えられない。他の誰も手を出していないことだ。だから、俺はそこら一帯の珠装師としてではなく、任せられたものとして領分を一ミリたりとも譲るつもりはなかった。

 俺は安宝さんの珠装師だ。鬼の金棒。姫の従者。破格な二つ名を背負ってやるくらい容易い。安宝さんのためだ。


「三枝くん? これでいい?」


 仰向けになった安宝さんが、状態を確認してくる。俺はそれに頷くと、再び左足に触れた。接合部を押して、硬さを確かめる。何度か体重かけるが、安宝さんに大きな反応はない。これがやせ我慢なのか。平常であるのか。感覚が鈍っているのか。


「痛くはないか? 我慢できるできないにかかわらず、どんな些細な違和感でも全部言ってくれ」


 言いながら、もう何度か指圧を繰り返した。やはり、安宝さんにあからさまな反応はない。


「大丈夫だよ。押されている感覚もちゃんとある」


 勘が良い。求めているものを嗅ぎ取ってくれるのは、通じ合っているような快感があった。

 現状、問題はなさそうだ。では、どこまで重くできるか。

 膝の関節を分離できるようにしている以上、重みにも弱い。分離機能は衝撃方面に強めた。これを再度、変更すべきか。外しやすい別の形状を採用すれば、もう少しくらいならば重みに振れるはずだ。関節の可動域についても、再考すべきか。


「動かしてもいいか?」

「うん」


 相槌をちゃんと聞いていたのか。このときの俺には自信がない。それくらい、思考に没頭していた。

 身体の側面からは可動域が確認しづらい。俺は安宝さんの正面から施術台代わりのベッドに片膝をついて乗り上げ、関節部に触れて膝を折って揺らした。衝撃を与えているわけではないので、外れることはない。現在、可動域は少し広めに取ってあるので、捻じるように動かす。

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