第12話

「……無理はしないでくれよ」


 それでも、多くを語ることはない。これは三枝くんの距離感だった。だが、彼はいくらか不器用なだけのかもしれない。

 ただ、私にとってはそれがありがたかった。私のことを姫と揶揄することもあるほどに、軽口も叩ける。けれども、それは軽いからこそ叩けるものであったのかもしれない。

 そんな三枝くんの不器用な優しさに甘える。こくりと頷くと、三枝くんも頷き返してきて、それからスペアを嵌める手順を踏んだ。取り替えの手つきは手慣れていて、頼り甲斐がある。

 人工物を嵌めるのだから、痛みはある。手当てや注射と同じだ。やり過ごすことにも慣れたけれど、三枝くんの腕にかかれば、それすらも最小限だった。どういう腕なのだろう。

 調律の才能もあるのかもしれない。私はそれを他の誰にもお願いしたことがないので、そうした腕に左右されるかどうかも推察の域を出ない。確実なことは、三枝くんに任せておけば心配はないということだ。


「よし。いいよ。違和感はない? 痛みは悪化していないか?」

「いつも通り。三枝くんの珠装具だよ」


 自分の体調を主張したところで、怪我人のそれが通りづらいことは既に理解している。信用されていないというのは些か苦いが、心境を偽ったことは事実だ。

 そのため、珠装具に軸を移して答える。その回答は、三枝くんを納得させるだけの理由になったようだ。自慢することはないが、自負はあるのだろう。それもそうだ。これで下手な謙遜するのは、逆に嫌味になる。珠装具に自信を持ってくれているのは、こちらとしても信用できた。


「なら、よかった。宝石の欠片まで拾ってきてくれたんだね」


 言いながら、三枝くんは早速足の確認をしている。その一直線っぷりは、珠装具に身を捧げているという噂の通りだ。今となっては、金棒という妙な二つ名を意のままにしている。

 それでなくとも三枝くんには宝石狂いの変人という噂があった。呆れられている。実際、こうした場面を見れば、三枝くんの優先順位は明らかだ。心地悪くはない。珠装具に捧げてくれているから、私の命は救われている。

 ……三枝くんは、珠装具が私を守ってくれたと言った。それは三枝くんに守られているようなものだ。

 彼にそうした意図があったとは思っていない。けれど、結果的には、同じことだった。都合良く受け取っている。その自覚はあったが、そう感じてしまったものを退けることは難しい。

 ゆらゆらと揺れる感情の行き場が分からなかった。浮遊感で地に足が着かない。舞い上がっている。自分のチョロさに仰天するほどだ。

 思わず、胸元を押さえてしまった。


「溶かして凝固すればまた使えるんだよね?」


 珠戦士であっても、珠装具の知識は学ぶ。三枝くんとの雑談の中で、何度か交わしたこともあった。私の珠装具の知識は、三枝くん由来のものも多い。


「ああ。まったく同じエメラルドであれば、硬度も上がるし助かるよ。でも、全部このままってわけにはいかないかな。それと、膝の修理は少し時間がかかるかもしれない」

「取り外し、失敗してた?」


 機能が備わっている部分の破損は、扱い方に気を遣う必要がある。乱暴に扱っていないつもりだが、戦場では繊細に扱えるほどの余裕はない。護衛ともなれば、尚のこと他人の命がかかっている。手早く外した分、不測を引き起こした可能性はあった。

 可能性などという、不確かな記憶になっているくらいだ。


「この外れ方は、取り外しじゃなくて引きちぎられそうになったほうかな? 獣型とやり合ったの?」

「……そうね。牙で削れたし、食いつかれていたから」


 見てきたかのように言う。珠装具からの情報で悟れるのも実力のうちなのだろうか。


「獣型は増えているの?」

「一時期から一定だと思うけど……どうして?」

「食いつかれるほどまでになるのは珍しいでしょ。集団に襲われたのかと思って」


 そこまで私の実力を評価してくれているとは知らなかった。ごく自然に指摘されて、驚嘆する。

 ともすれば、この観察眼は気持ち悪さに転ずるのかもしれなかった。三枝くんでなければ、ストーカーされているような。情報を収集されているような。そんな思考が擡げていたかもしれない。

 けれど、そのときの私は素直に感心していた。


「護衛だったから」


 言い訳にするつもりはないし、堀内くんのせいにするつもりもない。それが仕事である以上、全うすべき役割を全うしている。だからこそ、事実だけを端的に零したが、故にどこか言い訳めいているような気もした。


「ああ……今日は採掘出動だったのか。お疲れ様。採掘師はもう戻ってきてる?」

「堀内くんなら」

「そうか。よかった。クリスマスだからな」


 言われて、ようやく気がつく。

 戦場に出ていると、日付の感覚が鈍くなっていく。日にちのカウントは忘れないが、季節のイベントなどには無縁だ。

 かつては、街中がイベントの風景になっていた時代があるという。しかし、コロニー内にそのような浮かれた統一感は持ち込まれない。余裕がないの一言で済ませるしかないことだろう。

 それは、徐々に削られていき、なくなってきたものだ。今となっては、平和的で賑やかで派手派手しい装飾に溢れた町並みなどは、幻想でしかなかった。昔話だ。

 恋人や家族と祝う。それを実行に移す人も少ない。コロニーがイベントに適用されていないのだから、そこに住む人々が用意できるものがあるはずもなかった。

 一方で、恋人たちのイベントという大義名分は貫かれている。相手を優先するためのちょうどいい理由として。イチャつく理由として。愛を確かめる日として。とにもかくにも、都合のいい部分だけが残り、拡大解釈されているところがあった。

 つまり、そうではない人間にしてみれば、ただの日常だ。言われて初めて、そんなイベントがあったことを思い出した。

 そうして、彼女が駆け寄ってきた理由に気がつく。そうか。あの二人は、今日無事に会えることを願っていたのだろう。

 一人で勝手に納得していたが、三枝くんにはそうは考えられなかったようだ。自分が突然、イベントを引き合いに出してきた人になっていると思ったのだろう。補足説明がされて、私は答え合わせをすることができた。


「堀内には一緒に過ごしたい人がいるから」

「寧音さん? でしょ? 扉のとこへ迎えに来てたよ。いい恋人だね」

「小太刀は奥さん。この間、十八歳になって結婚したばかりの新婚夫婦だから、熱いところなんだよ」


 零される内容は、煌めいている。そうありながら、三枝くんの顔には苦笑が滲んでいた。


「私のこと眼中になかったもん。寧音さんとっても心配して待ってたんだね。じゃあ、私が怪我したのもいいことだったかもしれない」


 そうでなかったとしても、堀内くんは帰れていたかもしれない。採掘は成功していたのだから、収集車が回収していてくれただろう。だが、私がいなければ、次の採掘に送り出されていた可能性もあった。ならば、護衛の他にも価値があったのだろう。


「一誠が帰ってこられたことはいいことだけど、安宝さんの怪我はよくないからな。珠装具は次までにきちんと直しておくから、ちゃんと保険医に診てもらうこと。スペアはスペアだから無理しないことと、不具合があったらすぐに持ってきてくれ。他にも不安なことがあったら誰かに相談すること」


 いつになく捲し立てられて、面食らった。心配を口にされたことはあるが、ここまで手厚いことは初めてだ。何かのスイッチを押してしまったらしい。こくこくと頷くと、いくらか表情が和らぐ。


「君が珠装具を大切にしているのと同じように、自分の身を大事にしなくちゃいけない」


 ダメかも、と思ったのは、漠然としていた。

 けれど、それほどまでに、三枝くんの言葉は心臓の柔いところに深く突き刺さった。貫かれた心臓は、どうすれば治るのだろう。


「……ありがとう。気をつけるね」


 私を心配してくれる人はいない。センキを心配するものはいなかった。三枝くんはセンキとしての私を知っていて、それでもなお、こうも躍起になってくれる。心臓が痛かった。


「どういたしまして」


 そう言って、三枝くんはスペアを装着し終えた私から離れていく。引き際が心地良くて、ほとほと参ってしまった。

 そんな私の困惑など、微塵も気がついていないのだろう。いわんや、感情を揺さぶられているなんてことに、気がつく因子などもない。三枝くんはたちどころに、珠装具に向き直り始めてしまう。

 今まで通りだ。私たちはずっとこうだった。

 それにほんの少しの無念さを抱いた時点で、変化は歴然だっただろう。だからって、外側の何かが一変したりはしない。私は三枝くんの言葉通りに保険医を訪ねるために立ち上がった。


「それじゃあ」

「ああ。気をつけてな」


 素っ気ないほどではあるが、挨拶は忘れない礼儀正しさがある。これもいつも通り。私もいつも通りを心がけて、珠装具に意識を戻すその横顔を盗み見た。それから、そっと作業室を出る。

 一瞥がいつも通りでなかったことなど、自分でも分かっていた。

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