第11話

 専任の珠装師をつけている人は、実は少ない。一定の技術は共有されている。もしも、のときを考えると誰かに依存することを不安視するのもあるだろう。いつ誰がいなくなるとも知れない。そうした世界だ。それは、死亡も逃亡も、さまざまな可能性をごく自然に含んでいる。

 私もこうも三枝くんに依存していて大丈夫だろうかと思うことはあるくらいだ。同時に、一度でも三枝くんの技術に触れてしまうと、離れることは惜しくなる。これほどピッタリと調整された珠装具を、他の人に用意してもらえるとは思えなかった。

 他を貶める気はない。ただ、三枝くんの腕が段違いなだけだ。私にとって、不具合のない一流の珠装具を作ってくれるのは三枝くんだった。

 それを求めて、作業室の扉を叩く。こうなる前の世界の学校に倣った学校の作業室は、技術室を参考にしているらしい。

 広い教室に作業テーブルがいくつも用意されている。ここはコロニー内の学校施設だ。就職した珠装師には、作業室とは別に工房が設けられている。だから、ここには生徒の珠装師しかいない。

 そして、在中しているものといえば三枝くんだ。何をそれほど研究することがあるのか。そんなふうなことを密かに囁かれているけれど、当人はまったく気にしていない。

 私自身、それほど? と疑問を呈すことはある。けれど、これほどの腕の持ち主なのだ。予想のつかない創意工夫に想像を巡らせているのだろう。

 その証拠に、というのも変な話だが、扉を叩いて三枝くんから返事が戻ってきたことはない。室内に電気がついているのは窓から見える。作業室は珠装具を造るために、他よりも明るい電灯が採用されていた。

 廊下は薄暗い。珠力発電が汎用されるようになっているとはいえ、限度がある。採掘に難があるのだから、発電にも問題は生じた。そのための電灯の差だ。作業室の明かりは廊下を煌々と照らしていて分かりやすい。

 そのため室内に誰かがいれば、光量で丸わかりだ。そして、光が漏れているにもかかわらず反応がない。そうしたときに中にいるのは、大体三枝くんというのは私たちの代では常識になっていた。

 後方支援部隊に所属している生徒は、それこそ分かっていて遠慮している人もいるのではないだろうか。それくらいに住人と化している。

 私は返事のない扉を開いて、静かに中へと入り込んだ。たったこれだけの動きで、三枝くんがこちらに気がつくことはない。

 サイレンが警戒の合図になっているコロニー内で、この集中力を維持しているのは危険性すらある。そうした不安になるほどだ。松葉杖の音を立てて近付いても、三枝くんは気付かなかった。

 異音でないものは意図して除去しているのかもしれない。必要な情報だけを適切に拾い上げる。そのありようは、三枝くんの珠装具とよく似ていた。


「三枝くん」


 声をかけると、びくんと背筋が震える。それから、ばっとこちらを振り仰いだ。気がつくまでは鈍感だったが、気がつくと鋭敏だった。


「安宝さん。戻ってきたんだね。おかえり……大丈夫ではなさそうだな」

「……うん、ただいま。ごめんね」


 私には駆け寄って出迎えてくれる人はいない。戦鬼として恐れられている私の交友関係はなかった。

 三枝くんだって、私がやってきたから、常識的な挨拶をしただけだろう。けれど、と思う。ほんの少しだけ、肩の力が抜けた。三枝くんが言ってくれなければ、誰にもそう言われることもなく、帰ってきた実感を覚えることもなかっただろう。

 何だかそれは、忘れてはいけないものをそっと渡されたようで、たったそれだけのことに感謝が膨らんだ。

 そして、だからこそ申し訳なさに腰が引けそうになる。片足に松葉杖。外れた珠装具を片手に現れれば、要件など一目瞭然だ。


「謝らないで。身を守るために外したんだろう? 珠装具の機能が扱えたなら、俺の面目躍如だよ」

「……三枝くんは、壊されてるのにどうしてそんなに落ち着いて見えるの? 珠装具を大切にしているのに」


 内心は分からない。その怯みが言い回しに如実に出た。三枝くんはぱちぱちと目を瞬く。イーグルアイのようなグレーな瞳は、眼力を感じさせた。そこに困ったような色を乗せて笑う。


「そりゃ、俺は珠装具を美しいものと思っているけど、だからって崇め奉ってるわけじゃないし……使われてなんぼの日用品として美しさは機能に忠実であることだと思ってるだけだよ。ほら、座って。足は預かる。太腿から外さなくちゃな」

「虚しくなったり、悔しくなったりしない? 私みたいに馬鹿みたいに破壊してくるなんて。ありがとう」


 足を手渡して、椅子へ腰を下ろす。三枝くんは慣れた手つきで台座に左足を乗せた。その手つきは、崇め奉ってはいないにしても、丁寧だ。それから、すぐにスペアを持ってくる。無駄なく正面に戻ってくると、私の膝元に座り込んだ。


「触るよ?」

「うん」


 見上げてくる瞳には、もう不安の色はない。イーグルアイ。鷹の目。鋭く見極めるその瞳には、珠装具がどう映っているのだろう。

 三枝くんはセクハラのような厭らしさを持たない。職人の手つきで肌と珠装具の狭間に触れた。それから、私の質問を思い出したようにゆるりと口を開く。


「俺はさ、誇らしく思うよ。安宝さんの安全を守れたってことだ。生身の右足を守れた。安宝さんそのものを。だから、いいんだ。安宝さんの命を救えたのなら、よかったよ」

「ありがとう、三枝くん」


 作業をしながら。三枝くんは大層なことを言っている自覚がないのだろう。片手間と言ってもいい。

 けれど、誇らしいという評価は我が事のように嬉しかった。

 鬼のようだと恐れられている。同時に、珠装具姿を可哀想に思われているのも知っていた。

 怪我であるから、同情されるのは理解できる。簡単な方程式だ。だけど、私はこの状態を悲観してはいない。五体満足であれればそれに越したことなく、自分の力不足によって失ったものを嘆く気持ちはある。

 だからと言って、いつまでも後悔に溺れてめそめそするつもりもない。誇り、というのは結果が伴わないものであるから憚る。それでも、私はこの姿に恥じてはいない。それをダイレクトに認められたようで胸がいっぱいになった。

 三枝くんは不思議そうな顔でこちらを見上げてくる。多分、思った以上に万感篭もった音になっていた。会話の温度差に驚かせてしまったかもしれない。

 誤魔化そうとしたところで、三枝くんは眉間に皺を寄せた。感情の順序が読めずに、口が止まる。その隙を突いたかのように、三枝くんが真面目な顔になった。


「痛いか?」

「え?」

「泣きそうだぞ。痛いんじゃないの? 接合部? 違う箇所か? 大丈夫か?」


 立て続けの心配を投げつつも、触れて確認はしてこない。太腿から外した珠装具を手にしたまま、心底真面目な顔で投げてくる。

 自分がそこまで感銘を受けていたとは自覚がなかった。思わず、目元に手を当ててしまう。黙っている私に、三枝くんはひとつも表情を崩さなかった。


「安宝さん? 不調があるなら全部言ってくれ。俺の珠装具か? それとも、怪我してるなら、今すぐ保険医を呼んでくる」


 労られている。可哀想がられているわけじゃない。そのことが、異様に柔らかいところに刺さった。

 それは、愛し合う二人を見てしまったことがあったのかもしれない。羨望する気持ちが底のほうにあった。

 それは、寂しさだ。理解者がいない。センキという善し悪し不明の二つ名で、遠巻きにされている。いつもは拘泥しているつもりはない。けれど、ふとした瞬間というのは、誰にだってある。

 そして、その弱点が露わになっているときに、その部分に優しく触れられたようだった。必要最低限。過度に構い倒されない。そのくせ、暖かい包容力に包まれる。

 私はどうにか、へらりと頬を動かした。


「大丈夫。ちょっとだけ、痛かっただけ。あと、悔やんだりして悪かったなって」

「慮ってくれてありがとう。痛みが続くようなら、スペアはつけずに医務室に行っておくか? つけても平気?」

「こちらこそ、助けてくれてありがとう。平気だよ。医務室に行くにしても、つけてから移動したほうが楽だし」

「必要なら、肩を貸すよ。おんぶするか?」


 他の珠装師だったら、セクハラを連想したかもしれない。けれど、三枝くんからそんな思惑は感じ取れなかった。誠実に続けてきた交流の賜物だろう。


「ううん。大丈夫」


 怪我人の大丈夫ほど、信用ならないものはない。私だって、助けた相手が頑なに平気、大丈夫を重ねるばかりであっても、根本から信じやしないだろう。

 破損という分かりやすい指標もあるのだ。三枝くんには珠装具の具合で察するものもあるだろう。小難しい顔を崩すことがない。律儀で心配性。こうも気にかけられていたことに、たった今気がついた気分だった。

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