第10話
「歩けそう? ダメかな?」
「肩を貸してもらえれば動けると思う」
「左足は膝から外そう。佑のなら外れるよな?」
三枝くんとの関係は知られているらしい。
……それも、そうか。堀内くんが三枝くんと友人でなかろうとも、鬼と金棒などという噂が出回っているのだ。
私は頷いて、自ら膝から下を外して欠片を拾い集めた。すべてを回収せずとも、三枝くんの復元に問題はない。今までも、破壊した珠装具は改良された状態で戻ってきていた。
心配はいらないが、気持ちは沈む。珠装具を大切にしている三枝くんは、私のやり方に幻滅していないだろうか。壊すたびに、そうした思考が過った。三枝くんは思っていても、不躾に伝えてくることはないだろう。
「さぁ、今のうちに戻ろう」
私が左足を腕に抱えたところを見計らって、堀内くんが肩を貸してくれる。余計な口は開かない。やはり、友人だなと身勝手に思った。
塹壕の中に入ってしまえば、一息は吐ける。そして、堀内くんは前線から下がることに難がない。すぐに収集車に乗り合わせる都合をつけて、私も回収する算段をつけてしまった。
確かに、私はもう撤退するしかない。それにしても、手際が良すぎる。ありがたい反面、迷惑をかけて申し訳なかった。
「ありがとう。助かったよ、堀内くん」
手際に甘えてお礼を告げると、堀内くんは目をぱちくりと瞬いた後に笑みを浮かべる。
「どういたしまして。無事でよかった。こちらこそ、安宝さんがいてくれて助かったよ」
「仕事だから」
素っ気ない響きになってしまったことに、内心苦みが走った。言葉選びと響きのトーンを間違えている。そんなつもりはない。
だから、気にしなくていいという言い分のはずだった。こういう態度が戦鬼の噂を強めているのだろうと思う。自覚があっても反省を活かせないのだから、結局のところなるべくしてなったのだろう。
「そう言ってくれると助かるよ」
……本当に、ありがたい人だ。行間を読んでくれるが、余分な推察を付け加えてこない。
それを三枝くん友人だから、と判断している私は不実なのだろう。堀内くんの個性として見ていない。これほどの色眼鏡があるものか。助けてもらっておいてこの有様は、不実以外の何ものでもなかった。
収集車の後部。宝石と一緒に堀内くんと乗り込んだ。採掘した宝石からは魔物が出現することはない。地面からの何らかの栄養が魔物を呼び寄せるために必要なのだろう。そんな推測がなされていた。推測にしても、不明瞭に過ぎる。こんなことばかりで、私たちはもうそういうものだと漫然と享受するようになってしまっていた。
切迫した現状だ。一体誰が、この曖昧な観念に文句をつけられるものか。きっと誰にもできやしない。
塹壕からコロニーまでは順路が整備されている。距離もそうない。やはり、遠征せずに済むことは利点だろう。こうして撤退までの道筋を確保することができているのだから。
近距離だからこそできる整備だ。これが長ければ、計画は中止されていただろう。実際、他のコロニーへの交通経路は中止され、凍結されていた。
他のコロニーとの連絡は、電波が安定したごく僅かな時間でなければ通信不可能だ。上は情報交換しているとは言う。状況が下りてくることはあった。しかし、それがどれだけ真実であるのか。正直、真に受けていない。
連絡が取れているのかという点でも、別のコロニーが戦況を維持できているという点でも。どちらにしても疑わしく、無条件に信じられるものではなかった。これは何も私だけの感想ではない。口にはしないけれど、誰もが思っていることだ。
収集車はさほど時間をかけずにコロニーの駐車場に到着した。コロニーの外に用意されている駐車場は、宝石の混ざった鉄コン筋クリート造りだ。そこから扉を潜って、コロニー内へ侵入する。
そこから待機室へ行くのが戦士たちの動線だ。怪我していたりすれば道は変わるし、戦士だけでなく採掘師も同じ道を辿る。
だから、動きは察知しようと思えばできた。出動していることを知っていれば、戻ってくるのを見張るのは難しくない。
そうしたのだろう。収集車から降りて、コロニー内へ辿り着いたところに、一人の少女が立っていた。金髪ロングのツインテールは、宝石にも劣らず眩しくて目立つ。珠具師の子だとは知っていたが、話したことはない。
何を、と思った瞬間、少女は私たちのほうを向いて花が綻ぶような笑顔になった。……下がった眉尻の感情は、飲み込むのが正しいのだろう。
「いっくん」
その呼び名が誰のものかを知っていたわけじゃない。けれど、今ここにその名で呼ばれる男の子は一人しかいなかった。
収集車に限らず車内に常備されている松葉杖で私に肩を貸さずともよい。それでも、さり気なく支えられるそばにいてくれた堀内くんしかあり得なかった。そして、堀内くんは彼女の姿にふにゃりとまなじりを蕩けさせるように笑う。
「ただいま、寧音」
「おかえりなさい」
そうして近付いてくる寧音と呼ばれた少女は、迷いなく堀内くんの首筋に抱きついた。私のことなど視界に入ってもいないのだろう。そして、その背中に手を回す堀内くんだって、もう私のことは忘れ去っているはずだ。
それを冷たいとは思わない。大事な人がいる。素敵なことだ。大事な人が戦場に行っている。不安なことだ。
きっと、寧音さんはずっと待っていたのだろう。出動と帰還の予定を頭に入れて、今か今かと待ち侘びていた。多少のズレが生じても気がつけるように、常にコロニーの窓から様子を窺っていたのかもしれない。そうして、ここまで駆けてきた。
仮に堀内くんの乗った収集車じゃなくても、彼女はここにやって来て確認しただろう。もしかすると、私たちよりも前に戻ってきた他の収集車に肩を落とした時間もあったかもしれない。無事であろうか、という底知れない恐怖と共に。それを思えば、他人に視野を割けないことだって頷ける。
私は物音を立てないように、扉のある小部屋から廊下へと出た。本当に気がつかれていなかったのか。それとも、それでよしとされただけなのかは分からない。ただ、二人が少しでも二人の時間を持てれば、と思った。
コロニーという閉鎖空間は望む望まないに限らず、他人との距離が近くなる。物理的にも狭い土地であるが、生活リズムなどが筒抜けであるというプライベートの問題のほうが大きいだろう。
寮住まいといっても一人部屋であるし、防音も効いていた。少なからず、私は騒音に頭を悩ませた記憶はない。
しかし、どうしたって、気配というのはあるし、何より緊急サイレンがいつ何時鳴るかも分からない生活だ。恋人が二人きりになるのは困難だろう。そうでなくとも、ストレスだ。そうした生活環境も、逃亡の道に走らせる一因になっているのだろう。
その道を選ぶまでに到達するくらいなら、人目を憚らずに抱き合うくらい可愛いものだった。
私は廊下を進んで、作業室に向かう。珠装具の補修を頼むのに、他人に渡りを付けてもらう方法もあった。しかし、私は三枝くんに一任している。直接持ち運んでも、話はスムーズだ。
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