第9話

 そばにいた堀内くんの顔から血の気が引いていたが、私にはどうということもない。迷わずに大剣の柄部分を頭部に殴り落とした。脳震盪を起こした獣型の噛み付く力が弱る。

 その隙を見逃さずに、左足を振り抜いた。ごいんと鈍い音がする。珠装具は筋力を失うが、鈍器を手にしているようなものだ。繊細な道具ではある。桁外れの無茶が効くわけでも、攻撃力があるわけでもない。それでも、応用は利いた。

 そうして蹴り上げて宙へ離れた獣型の腹部を斬りつける。柔らかい肉を引き裂く感覚と同時に血飛沫が噴き出した。それを厭う潔癖さは、なくしてしまっている。

 ガーターソックスの破れよりも、その下の珠装具。輝くエメラルドの一部にヒビが入って、欠けていることのほうが気を塞いだ。

 珠装具は戦時に壊れることを前提にして造られている。だから、この傷だって加味されていたものだとも取れる。だが、だからってやたらと破損させたいとは思わなかった。

 また、三枝くんに頼らなければならない。三枝くんは、破損を気にしたりしないだろう。前提条件をしかと織り込んでいるし、いざとなればすぐに外せるようにしてくれている。

 左足は特に、太腿から下が珠装具だ。膝部分の接合部は独特な調整をしてくれていて、一定の捻りを加え過ぎると外れるようにできていた。

 右腕の手首も同じようになっている。大剣を振り回す手の甲を一度獣型に噛まれた。それを知った三枝くんが採用してくれたのだ。私が短剣を二本帯刀していることを三枝くんは知っているし、左手を右手と同じくらいに使えることも知っていた。

 だから、壊すことなく機能として手首を外して左手で対処し、分離させた手首を回収すれば右手は再起できる。そうして、壊滅状態を避けるように破損を元に造られているものだった。

 それでも、へこむのだ。

 とはいえ、その気持ちの沈痛に気を取られている場面ではない。戦場では一時の油断が命取りになる。

 それに、獣型はその肉体が残るのだ。ゴーレムとの差がいかように適用されているのか。不気味極まりない。その不気味さを取り除くためには、念入りにトドメを刺すしかなかった。

 私は大剣を振るって、獣型の命を絶つ。ゴーレムよりも狩っている感覚が手のひらに襲いかかる。何度屠っても、馴染むことはない。嫌な感触だ。それでも辞めないのだから、鬼もやむを得ないだろう。


「安宝さん、足は大丈夫だった?」


 私がトドメを刺したのを確認して、辺りを警戒しながら堀内くんが宝石の影から出てきた。

 始めから採掘師になるものもいるが、本部隊にいたものとそれでは立ち居振る舞いに差が出る。堀内くんのそれは、本部隊で鍛え上げられたものだった。足が珠装具になって……と考えに及んだところで、心配される道理に至った。


「平気だよ。戻ったら、補修を頼まなければならないけど、今は採掘を切り上げさせるほどじゃない」

「それは何よりだけど、一旦引き上げよう」


 焦点がこちらに定まることはない。少し遠くを見据える瞳は、慎重に何かを見定めているようだった。


「……嫌な感じがあるんだ。獣型は群れることもあるでしょ? それに、僕の採掘がもういっぱいだよ」


 採掘に時間がかかり成果が薄いのは、人力だからに他ならない。

 採掘に着手した頃は、重機を使用していた。力業で掘り起こす方法は、ゴーレムにも怯みを与えて成功していたのだ。しかし、怯みは怯みでしかない。重機は兵器ではないのだから、じきに蹂躙されるようになった。

 そして、重機の補充、加えてガソリンの補充に問題が生じる。こうなると、昔ながらの炭鉱に倣うより他にない。

 堀内くんの背中には、採掘用の籠が背負われている。その中には、種類を問わない大小の宝石が採掘されていた。緑色を探してしまうのは無意識だ。珠装具の色を自分のパーソナルカラーのように感じてしまう。気がつけば、身の回りに緑色の小物やインテリアが増えていた。

 堀内くんはその籠を示して引き際を伝えてくる。私は頷いて後退を始めた。前線を上げることも難しいが、無傷で後退することも難しい。

 何しろ、魔物の出現に法則性はないのだ。まさに足下から。突如として背後に。運が悪ければ、そうしたこともあり得る。

 私が腕を持っていかれたときは、そうだった。ネトゲのポップかのように現れた魔物に、一息で引きちぎられたのだ。そんなことは、ありふれている。だからこそ、採掘ひとつ満足できずに、一歩一歩崖際に追い立てられていたのだ。

 堀内くんは籠を守りながら、じりじりと後退していく。周囲への目の向け方も如才ない。安心と呼ぶには場所が許さないが、下手な採掘師に比べれば、その安定感は突出していた。

 怪我するものには、戦闘に後れを取るものもいるが、先手を取るものもいる。もしかすると、堀内くんは後者だったのかもしれない。要らぬ発声で緊張感を紛らわすタイプでもないので、要らぬ気遣いをせずに済むのは助かる。

 その気質は、三枝くんと近いのかもしれない。二人が友人だから、そう感じるだけだろうけれど。

 私も周囲を警戒しながら、前線に設置されている塹壕に戻る。塹壕さえ、魔物がいつ出てくるか分からないため、安全地帯とは言い難い。

 それでも、魔物の出現には宝石が関係している。宝石が出土するたびに採掘して、ある程度の空間は確保していた。だからと言って、というのは幾度重ねても足りない。正直、この世界にはもう安全な場所なんてものはなかった。

 コロニー内に魔物が出現したことはない。しかし、その安全地帯の作り方は塹壕とさしたる変わりがなかった。

 宝石と鉄の混合。珠具と同じ工程で作られたフェンスで周囲を覆うことによって、魔物を追っ払うことに成功しているだけだ。便宜上の安全地帯ではある。ただ、どうしたってさまざまな前置詞や希望の言葉をつけないわけにはいかなかった。

 いつだって、身体の底のほうに閉塞感が揺蕩う生活だ。芯から休んだことなど、はたしてあるだろうか。


「安宝さん、回って行こう」

「あまり遠くなり過ぎないようにして。西から」


 塹壕付近に新たな宝石が出土していた。赤々としたそれは、ルビーだろうか。

 環境に左右されない出土は、色味だけで素人目には分類できない。三枝くんならば、ひと目でジャッジできるだろうが。私にそんな能力は備わっていないし、戦場においてその能力は必須ではない。

 大事なことは宝石を視認し、回避できるものを回避しながら戦況を見極めることだ。今は採掘の援護で出動している。欲張った採掘や戦闘で、魔物との遭遇率を上げるのは得策ではない。回避を選ぶ堀内くんは順当で、私もそれに従って護衛についた。

 今は堀内くんが背負っている籠を塹壕に送り届けて、そこから収集車でコロニーへと運んでもらうことが第一だ。魔物の増殖と強襲により、殲滅に出動しているのではない。

 珠戦士と一口に言っても、その出動内容には区分があった。人命救助優先なこともある。


「堀内くん、ストップ」


 出土した宝石を西に回った先にも、宝石があった。大きさによっては見落とすし、木や岩の陰に隠れるように出土することもある。死角になることも多い。そうしたすべてを回避することは難しく、様子を見ながらそばを駆け抜ける。そんな野性的な方法しかなかった。

 ……もしかすると、もっと戦場に慣れた兵団であれば、有効な方法を知っているのかもしれない。しかし、今すぐそれを流用してくることもできないのだから、考えるだけ無駄だ。知っている最善策という無謀にも近しい原始的なやり方に頼るしかなかった。

 堀内くんもそれに疑問はないらしい。私の指示に文句なく、身を潜めてくれている。そうしてしばらく。宝石のそばに魔物の気配がないのを視察して、忍び足で回り道を進んだ。

 こういった場面で、自分が護衛されている自覚を持っている人はありがたい。地道に足を進めて、堀内くんが塹壕へ到着する。

 油断はしていなかったが、僅かな安堵は広がった。個人で魔物を滅し続けているよりも、採掘師を護衛しているほうが精神は摩耗する。その安堵だった。決して、集中力を切らしたりはしていない。

 しかし、視界の端に飛び込んできたゴブリンには、不意を突かれた。振り上げられた棍棒が頭上から落ちてくる。足蹴で身体を蹴っ飛ばし、大剣でつばぜり合った。蹴っ飛ばした分、攻撃力は弱く、いなせたはずだ。それでも、腕の痺れがじんと肩へと伝わってくる。

 遠ざけられたゴブリンは、今度は足下へ棍棒を横薙ぎにしてきた。ヒットした珠装具は衝撃に耐えてくれたが、既に獣型に牙を立てられてひび割れている。

 そこに重ねられた衝撃に、ぴきりと大きな音が響いた。いくら破損することを前提に対策が採られているとはいえ、宝石自体が壊れてしまえば使い物にはならない。バランスを崩して視界が傾く。

 それでも、ゴブリンに大剣を振りかざすことを忘れない。袈裟斬りにした私の大剣は、ゴブリンの左腕を切り落としたが、致命傷には足りなかった。零れそうになる舌打ちを飲み込んで、返す刀で胴体を狙う。

 やはり、左足はもう使い物にならない。支点を動かせない狙いは、正確無比というわけにはいかなかった。後方へ飛んだゴブリンの逃げ足に、今度は耐えきれずに舌打ちが零れる。行儀が悪いことは承知しているが、戦場で仕草に気を回してはいられない。

 そして、それは周囲にいる人物も同じことだ。堀内くんも私の態度を横にして、護身用に持っているナイフを片手に後方からゴブリンを斬りつける。この躊躇のなさは、元々本部隊にいたからこその腕だろう。もしも、この場にいたのが堀内くんでなければ、どうなっていたか分からない。

 堀内くんの一筋が決め手にはならなかったが、後方からの攻撃に前方へ身を逸らしたゴブリンを私の大剣が両断した。

 ほっと吐いた息の大きさは、堀内くんのほうが大きかっただろう。しかし、堀内くんはすぐに気を引き締め直したようだ。

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