第8話

「一班、出動。採掘師を援護するように」

「はっ」


 前回の採掘は、目標値までに届かなかったらしい。

 珠戦士から採掘師になるものは多かった。怪我をすれば、引退の代わりに採掘師になっていく。珠装具になると、珠戦士として第一線で活躍することは難しい。と、言われている。

 こればかりは、私の実感はないので伝聞で知ることしかできない。とにかく、珠戦士から離脱していくものは多く、採掘師は増えていくばかりだった。

 それでも、というよりは、そうした人員の変動が採掘の難度も上げている。守るものがいないのだ。採掘師ばかりが増えたところで、魔物に対峙するものがいなければ、採掘することができない。

 採掘のためだけの出動も増えていた。戦闘のためだけの出動と比率が逆転している。私がやることはどちらも同じであるし、困惑もしていなければ、大変さも感じてはいなかった。

 しかし、私一人がつらさを感じておらずとも、現実はどうにもならない。いくらセンキと呼ばれていたって、私一人で戦況を覆せるわけではなかった。

 一瞬の時間を稼ぐことや、いくらかの人を助けること。正直、そのくらいしかできていない。勿論、それが力になっていることは自負している。だからこそ、センキの名を意のままにしているのだろう、と。

 どれだけ気にしないと言っても、耳にするものを丸きり無視するというのは不可能だった。多少なりとも、一理に使いたくなることもある。

 センキと呼ばれて、遠巻きにされているのだ。その分の意識は除去することは叶わなかった。群がられるよりは、遠巻きにされているほうがいいのかもしれない。その状況になったことがないので、分からないけれど。

 けれど、人とは適度な距離を取っていたい。なので、群がられるよりは今に不便があるわけではなかった。だが、それが噂の影響となると、気にせずにはいられない。

 ふと遠巻きに噂話を交わされているのが分かるとき。それが戦場でとなると、余計にその意識が刺激される。

 戦場で考えることではない。そんな余裕がどこにあるというのか。苛立ちが薄らと募る。噂が娯楽であることは理解しているし、否定するつもりはない。だが、場面は考えるべきだろう。不必要なものを持ち込まれることが、どうにも収まりが悪かった。

 そういう意味でも、三枝くんとは相性が良い。珠装具について端的に話す。別分野へ足を出すこともなく、私の状態についても一線を越えてくることもない。

 そのくせ、私の身体の癖を理解しているところがあった。それは気恥ずかしいことではあるが、三枝くんがそれをひけらかすように直言してきたことは一度としてない。珠装具に触れることで、それを察するのだ。気を配ってもらっている。

 皆が皆、そうあって欲しいというのは高望みだ。それに、彼のそれには趣味が高じている部分もある。ストイックであることを盲信しているわけではなかった。

 ただ、少なくとも戦場では、三枝くんのように一途であってくれる人が多いことを祈るばかりだ。




「伏せて!」


 ゴーレムを斬ることに躊躇いはない。

 石作りの身体には、最初から忌避感を抱かなかった。それとも、これは私が特殊なのだろうか。戦鬼と呼ばれていることが自分へも波及していて、戦いに関する感覚に自信が持てなかった。

 しかし、ゴーレム相手の戦果は、他の珠戦士も悪くはない。一方で、少しずつ増えてきているゴブリンやトロール。狼のような獣型の魔物。その肉体を斬るのは、やはり抵抗感がある。

 動物を屠ることは生活の一部だ。しかし、それは自分たちが手ずからやっているのではない。業者、専門職。そうしたものたちに任せっきりにしてあって、生きた動物の肉を削ぎ落としたことがあるものは少ないはずだ。

 コロニー内の流通において、かつてのやり方は滅んでいない。そのため、肉体のあるものに刃を通すのは魔物が初めて、なんてことはごまんとあった。

 珠具は各々に好みのものを使うため、銃を所持しているものもいる。しかし、人がごった返す戦場では、銃を乱射するわけにもいかない。枷は生まれる。剣の戦闘においても枷はあるが、銃のほうがデメリットが多い。

 そのため、珠戦士は何かしらの接近武器を所持している。そして、所持しているものを使用せずに済むほど、戦場は甘くない。そのときが、肉体を断ち切る初体験へとなる。躊躇などしている暇もない。

 ただし、現場の一瞬では、構える時間が取れるようになればなるほど、不要な思考の隙間が生まれることもある。

 撤退後に、保険医にかかるものも多い。珠戦士を引退するのは、怪我だけが理由ではなかった。逃亡という極端な方向へ舵を取れる人間は少ないかもしれないが、現場を退くだけであれば易い。

 無論、そこまでに多くの葛藤をし、英断しているだろう。

 しかし、逃亡とは、死までの時間に自由を持つ。たとえそれが一時間以内のことであっても。そうしたものだ。

 比較対象をそれにしてしまえば、引退のみの覚悟は即席でしかない。そうして、戦場から離れるものはいる。肉体を削ぐ行為は、精神を消耗させていくものだ。

 恐らく、私にだって消耗している部分はあるのだろう。自覚は薄い。こうして大剣を振るうことに、迷いはなくなっている。ゼロと大口は叩けないが、限りなくゼロだ。

 宝石の後ろに伏せた採掘師が、私の動きを追っているのを視界の隅に留める。あちらもこちらも、相手の動きに留意していなければ、助かるものも助からない。私は左足……珠装具を軸にして、慣性を使って大剣を大振りする。

 私は小さい。鍛えたところで、腕力には限界があった。そのうえ、右腕は珠装具だ。三枝くんの珠装具は万全だけど、珠装具は摩訶不思議な力を齎してくれる万能の道具ではない。

 腕力の強化どころか、珠装具分の筋力はないのだ。ならば、使えるものを使うしかない。珠装具には安定感がある。三枝くんのものだから、という点も否めないので、やっぱり金棒説は間違いでもないのかもしれない。

 振るった大剣がゴーレムの首筋を捉えて、そのまま切断する。がらがらと音を立てて頽れるゴーレムの身体を更に切りつけて、大剣を地面へ突き刺した。

 消えいく身体の不思議には、気を揉むだけ無駄だ。この世界に解明されていないことは無量にある。私たちがすることは、解明よりも先にその時間を作るための対処だ。


「安宝さん、上だ!」


 三枝くんといるところを見たことがある採掘師は、確か堀内くんだったか。以前は本部隊で姿を見かけていたが、いつの間にか離脱していた人だ。

 だが、戦闘の勘は衰えていないらしい。狼に似た獣の魔物が飛び込んできたのは、堀内くんの声が届いた後のことだった。すぐさま振り上げた大剣は低く躱される。獣型の厄介さは、ゴーレムとは違う素早さにあった。

 珠具が作製されるようになるまでは、ゴーレムの硬さに苦戦を強いられた。珠具以外のものでは傷付けることができなかったのだ。

 しかし、珠具が造られてからは、ゴーレム個体そのものの脅威は下がった。その巨体は石作りで鈍い。その分、攻撃の重さは軽視できないが、避けられないものではなかった。

 そうしてどうにか退治してきた魔物に変化を齎した獣型は、俊敏で身体能力に優れている。

 今までゴーレムを相手にしていた珠戦士は当初、かなりの被害者を出した。今だって、その苦慮は続いている。低く伏せた獣型が、私の足に噛み付いてきた。牙が鉱石に突き立てられる音が辺りに響く。

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