第二章

第7話

 本機の右腕は、また洗練された動きになっている。

 戦闘すれば、より顕著に変化が分かるだろう。三枝くんの珠装具は、替えるたびに改良がされていた。私が珠装具を替える頻度から見れば、それは異例なことだ。しかも、微細でありながらも確実に使い勝手がよくなっていく。

 三枝くんは珠装具への拘りが強かった。そして、腕がいい。三枝くんの行ってくれる調整は、私に合わせたものだ。宝石を必要以上に削って硬度を落とし、軽さに振る。

 こうした注文は、珠装師によっては受け付けられない場合もあると聞いていた。いくら装着者が多岐に亘るといっても、珠装具には完成形がある。大凡の人間に嵌まるように、雛型あってこそのものだ。

 多くの珠装師はその型を守り、忠実に完成させることに血を注ぐ。無論、正しい。切迫した世界において、雛型を守って量産することは、結果的に人類を守る最善手となる。

 三枝くんのように細やかな配慮をしてなお、多くの珠装具を極めて緻密に生み出す手を持っているものは少ない。

 金棒などと呼ばれていることを知っている。私由来で呼称を与えてしまったことは、申し訳なく思っていた。けれど、言い得て妙だとも思っている。

 手足をなくした私を動かしているのは、掛け値なしで三枝くんの珠装具だ。鬼と呼ばれる私を強くしている存在。私の本領を発揮するために必要な欠かすことのできない無二の道具。金棒と評するのは、なかなかどうして的を射ていた。

 三枝くんには悪いけれど、頼り甲斐のある珠装具に私は感謝している。その所感を端的に表すのに、金棒はちょうどいいものだった。

 その金棒たる指先を動かす。関節の引っ掛かりがない。今までだって十分になかった、はずだ。少なくとも、私は不具合として認識していなかった。だが、こうして高性能なものを差し出されると、その精巧な調整に目を剥く。

 しかも、三枝くんは、この作業を自慢することもなくこなしているのだ。自負はあるだろう。しかし、誰かに認められようなんてことは更々なさそうだった。

 私が満足するという点では、私が認めることは目標としているのかもしれない。しかし、そこに言葉や物を求めるようなことはなかった。

 そうだ。言葉すら求めない。状態を確認するのは、珠装師の都合としての範疇を出ていなかった。明晰で、過度に食い下がってくることがない。

 それは、私に対しての扱いも同じだ。過剰な観点を持っていない。そのすべては珠装具に注ぎ込まれている。それを外側に持ち出すことがなく、私を巻き込むこともない。

 だからこそ、専任として任せておける。

 珠装師は腕の高低差もあって、そして性格や言動までを含むと、相性のいい人を見つけることは難しい。全体の人口が減っているのだ。その中で、自分と同じ思考の元、同じ傾向のやり方を共有してくれる人と出会うなど、運命と呼んでもいい。

 私が三枝くんに頼むようになったのは、二年になってのことだ。そのときには、もう右腕以外は珠装具になっていて、三枝くん以外の珠装師に依頼をしていた。その頃与えられてた珠装具も、低品質ではない。

 しかし、一般的にはと注釈することは避けられないものだ。一度でも三枝くんの珠装具を知ってしまったら、他の珠装具では物足りない。そして、感情を挟まない有能な取り替えもまた、私が三枝くんを信頼している理由のひとつだった。

 取り替えと事務的に言ったところで、そこには手足への接触が付き纏う。異性を避けたいものではあった。セクハラしてくるものもいる。早々に縁を切ったが、そういう珠装師も少なくないのだ。

 確かに、珠装師には珠装具の様子を見るためだけの付け替えではなく、患部との具合を見る調律を売りにしているものもいる。マッサージやより細かな面を調整するための調律は、嵌まれば珠装具の付け心地が格段に上がるらしい。

 私はセクハラの経験から、調律を任せようという気は失せているので、その効果を比べる経験はひとつもないが。調律という形もあるというのは聞き及んでいる。

 しかし、そんなものがなかろうとも、三枝くんの珠装具に付け心地の不備を感じたことはない。勿論、人工物を装着している。違和感も痛痒も皆無というわけにはいかなかった。

 ましてや、私は前線で戦っている身だ。激しい運動を余儀なくされれば、ズレることもあれば、痛むこともある。

 だが、そんなものは想定済みだ。無茶すれば身体が痛むのは、何も珠装具に限った話ではない。だから、そうした痛みを除外すれば、三枝くんの珠装具に差し障りはなかった。

 調整を綿密にしてくれていることもあるのだろう。三枝くんは私がきちんとクロスで手入れをしているからだとも言う。自分の手柄だと大言することもない。からりとしているのに、秀逸だ。

 そんな腕のある三枝くんならば、調律を頼めばより一層いい状態を保てるのかもしれない。だが、現状で困っているわけでもないし、これ以上三枝くんに不当な二つ名をつけたくもなかった。

 珠装具に魂を捧げているような三枝くんは、そうした周囲の情報に振り回されそうにはない。けれど、これはあくまでも私の印象で測れる一面だけだ。内心を慮れるほど、近しい関係ではない。

 それに、一度ついた印象は拭えるものではなかった。小さなコロニーの中に、娯楽はあまりない。そのため、噂話は恰好の餌だ。褒められたことではないだろうが、こんな世の中で建前を持ち続けるのは難しい。それに、狭いコロニー内であるからこそ実害はなく、噂話は噂話のままに放置されている面もある。その実態はよく知っていた。

 センキと呼ばれることには慣れている。鬼のように強い、と言われるのも、それほど気にしていなかった。姫のほうがむず痒い。女子だからという因果は分かるが、姫という大袈裟さからは逃げ出したくなる。実害はないが、居心地の悪さはあった。

 それを三枝くんに浴びせるつもりはない。手遅れではあるだろう。噂の一端は、三枝さんの腕の評価もあるから、すべてを担うつもりはない。けれど、私に関わることで、これ以上不要なものが付随するのは許しがたかった。

 十分だ。また進化した滑らかで心地の良い珠装具で。

 三枝くんには深謝していた。




 宝石はコロニーのそばにも出土しているし、出土する。未だにその現象の理屈も付けられていなければ、予測を立てることもできていない。

 現状に対処することが重んじられ、研究や解析は棚上げにされている。その状態がもう何十年も続いていた。危険は常に隣り合わせだ。

 しかし、この出土にもメリットはある。隣り合わせであるが故に、エネルギーを採掘するために遠征する必要がないことだ。大々的にメリットというには憚る。戦場を駆けている身としては、認めるには難しい。だが、実際のところ、それは僅少のメリットではあった。

 魔物がどこから出現するか分からない地域を遠征する。そんなことは、到底叶えられるものではない。そうなれば、エネルギーは今以上に窮境していたはずだ。ひいては、生活を送ることすらもできずに、滅亡を早めたばかりだろう。

 とはいえ、現状が滅亡への道を遠ざけているのかは、甚だ疑問だ。誰も彼もが気付いている。人類の先はそう長くないと。

 私たちが前線に出る期間も短くなっている。それは戦闘を引き上げるまで期間と、次の戦闘へ赴く期間のどちらもだ。戦闘の持久力がなく、魔物が出現するまでの猶予もない。後方支援部隊や他の人類が感じるよりも、本部隊としてより切実にその期間のなさを感じる。

 鬼のように、などと言われようとも、腕を振るうことに迷いはない。平和を願うなら、というのはあまりにも善人ぶっているだろう。

 けれど、もう家族と過ごすことも叶わない人がたくさんいる。それを悲劇と呼ぶことすらもない。

 学生に寮が与えられているのも、家をなくした子どもたちを住まわせるための口実とも言えた。一律であれば、卑屈になる理由も多少は除ける。そうして、人々は首の皮一枚のところで助け合っていた。

 相互の関係が、平等に成り立つのは綺麗事だ。こんな世界だろうと、世界でなかろうと、意識が統一されることはない。

 それでも、と思う。

 無力ではないのだから、使える腕は使いたい。たとえ、現状が追い詰められるばかりで、終焉に向かっているのだと感じる瞬間があっても。私が魔物を倒すことは、少なからず確実に脅威を排除できている。

 その士気は外部からの圧力に左右されない。並んだ戦士隊の中に、生真面目でないものが分かっていても、だ。

 逃亡を企んでいるものもいる。近頃の本部隊は、そう言った切迫感も漂わせていた。かと言って、逃亡を否定することもできないのが現実だ。

 大切な人がいる。

 漠然と誰かのためになればいいというのとは違う。明確に、この人のために、この人と共に。そう言った人間が、戦闘に背き、僅かな時間を享受したいと願うことを、私は否定できない。

 それほど大切な人がいる人生は羨ましいほどに、良いことだ。そこに拘泥しているつもりはない。自身が人々の役に立っていること。その純然たる事実は素直に受け止めている。捻くれるつもりはなかった。

 けれど、ないものねだりをするのは人の常だろう。こんなにも殺伐とした世の中だ。人を好きになれるだけで才能に思える。

 生憎、私にはそう思える人がいない。いたら、何かが変わるだろうかと考えることがないわけではなかった。だが、そんな余裕はないし、いないものは仕方がない。羨望を抱くこともあるが、割り切れていた。

 優先順位がある。今は生きることだけで精いっぱいだった。

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