第6話
そうして立ち上がったところで、安宝さんが出て行ったカーテンが開いた。ぎょっとして硬直してしまうのは、褒められたことではない。いくら後方支援部隊でコロニーから出ることはほぼないとはいえ、緊急事態など頻発する。
朝夕、どころか真夜中も問わずにサイレンが鳴ることもあるほどだ。硬直は褒められない。しかし、まぁ、今に限って言えば、緊急事態ではなかった。
採掘師の護衛をしていた安宝さんが帰ってきている。ということは、採掘師たちも帰還したということだ。
「今、いいか?」
「一誠、区画に勝手に入ってくるのは止めろよ」
「安宝さんが出て行くのが見えたから、佑だろうと思って。ちょっと見てくれるか?」
言いながら、一誠が右足の太腿を叩く。正確に示したかったのは、膝下だろう。
本部隊を退くに至った怪我の後。珠装具を任せられたのは俺で、その後も様子を見ている。一年ほどにもなれば、一誠ももう慣れたものだった。
すぐに腰を下ろした一誠は、さくっと右足を差し出してくる。コーラルピンクの珠装具は、茶髪のツーブロックに三白眼の鋭い顔つきにはいくらかギャップがあった。しかし、これを好んで選んだのは一誠自身だ。
それが小太刀とお揃いのピアスの色だと気がついてから、俺は宝石の輝きを重視した手入れをするようにしている。無駄な気遣いかもしれないが、実質一誠はその輝きを維持するために入念な手入れをしていた。
安宝さんよりも、よほど思い入れはありそうだ。ただ、これは珠装具へのものではなく、小太刀への感情だろうが。
「安宝さんは相変わらず、さらっとしてるよな」
「一誠だって別にそこまで事細かに珠装具について聞いてきたりはしないだろ」
「そうじゃなくて。余計な話をしたりしないんだろ? 撤退してからこの時間でもう整備が終わってるんだから」
「そんなに短時間だったのか」
安宝さんの生活サイクルや行動力を知らない。安宝さんが直行してきたと気付けるはずもなかった。
「僕もかなり早かったと思うから、安宝さんは更にでしょ。怪我もしてたはずだけど」
「マジ?」
「今回もかなり危ない場面があったから。安宝さんは大活躍だったし、左……右? 珠装具じゃないほうを傷付けてたと思う」
「なるほど」
この珠装具に傷がないのは、単に患部が違っただけに過ぎないのか。センキの名に相応しい活躍をしていたらしい。
「それでも、ありがたいよ。安宝さんがいるのといないのとじゃ、安心感が違うから。センキの名は伊達じゃないよな」
一誠のラフな口調では、小太刀ほどセンキの区別がつかなかった。戦鬼であったとしても、悪意に満ちているようには聞こえない。
「金棒としてはどう思ってるの?」
「なんだそれ」
センキの音の違いを考えながら一誠の珠装具を見ていたところに放り投げられた聞き馴染みのない道具に、眉を顰める。顔を上げると、一誠は苦笑でこちらを見下ろしていた。
「自分の話には興味ないよな、お前」
「俺? 金棒?」
「鬼のように強い安宝さんが縦横無尽に動き回るための高性能な珠装具を与える珠装師」
「普通、珠具のほうが金棒じゃないのか」
反骨心が飛び出したわけでもない。だが、直感的な言葉を返してしまった。一誠は気にしたふうもなく、呼称の理由を伝えてくれる。
「普通はな。でも、安宝さんは腕も足も珠装具だろ。珠具がトドメを刺すとは言え、動きを支えているのは珠装具で、それを専任してる佑を金棒だって最近はよく聞くな。戦場でが主だけど」
コロニー内の話題が分断することは少ない。だが、戦場とでは差分が生まれる。戦場だけの話は、後ろにまで回ってくるまでにラグがあった。とりとめのないものであればあるほど。
「安宝さんが使い勝手よく感じてくれているんだったら、金棒でも何でもいいけどさ。戦場でよくそんな余裕があるな」
「余裕がないからこそ、くだらない発言が増えるものなんだよ。でも、まぁ、姫に仕える従者のほうがぽいよな」
「俺は安宝さんに付き従ってるつもりはないぞ。……痛いか?」
「でも、佑は姫派だろ? 痛みはないけど、これから
「派閥があるならな。痛みがないなら他に不備は見当たらないよ。小太刀も気にしないだろ」
「寧音がいつも、センキに突っ込まれるって言ってるからね。惚れてるんだって言ってきかないくらい。それはよかった」
安堵の声を上げるほど珠装具の状態を気にかけてくれるのはいいが、何か聞いてはいけない邪推を聞いた気がする。
小太刀の所感を本気にするつもりはないが、誤解されているのも居心地が良くはない。そんな個人の当て推量が安宝さんの耳に入ることはないだろう。だが、近場の人間に探られるというのは、七面倒臭かった。
「俺は小太刀ほど恋愛人間じゃない」
「いや~、それほどでも」
「……褒めてないぞ、一誠」
小太刀の恋愛気質に触れれば、一誠に連鎖する。寸断するのもおかしな話だ。
「でも、実質恋愛人間はそこまで貶し言葉でもないだろ。こんな世の中で、人へ感情を分け与える余裕があるってのは大事だ」
「俯瞰して言われると大層に聞こえる」
正当性を訴えられれば、全否定はしづらい。世界を盾に取られると、大抵のことは罷り通るほどに人類は切羽詰まった状態だ。
青臭くはあるが、愛の大切さはある。小太刀と一誠がそれなりに幸せな日々を過ごしているのは見ていれば分かるし、そこに愛があることは瞭然だ。
「事実だろう。クリスマスに向けて盛り上がって、前向きになっている人たちも多い」
「……同時に逃亡者も増えてるだろ」
「完全な二人きりの時間を持つことなんて、そうしない限り手に入らないからな」
実直に漏らされると、深刻性が前面に押し出される。
生活が切迫している中で恋人たちだけの時間が取れることなどない。過言でも何でもなく、ないのだ。学生には寮生活で一部屋が用意されているとはいえ、いつ何時サイレンが鳴るとも限らない。穏やかな数時間を得ることすらも、高難易度ミッションだった。
「僕たちみたいに採掘師と珠具師で主戦場が違うと余計に時間は取りづらいしね。今年のクリスマスも一緒にいれるか怪しいくらいだから」
「採掘の予定、入ってるのか」
「今回は、あまりよい結果が得られなかった。このまま行くと、このコロニーは棄てざるを得ない可能性すら出てくるレベルだよ。結晶の量は増えているけど、同じくらい魔物の量も増えてる。こっちは減るばっかりだし、増えたってすぐに人手が増えるわけじゃないしね」
「これから寒くなれば、余計にエネルギーを消費するし、採掘は増えるかもしれないな」
「だろうね。佑たちも物資不足に陥るだろうし、珠装具がなくなると戦力は更に削れる」
単純に並べるだけで、悲観的な内容だらけだ。絶望などと総括することすらおこがましい。喫緊に過ぎて、将来的な絶望を感じることすら難しかった。直近のクリスマスを考えるのが最大限だ。それすらも、お祝いなどの明るさに飾ってばかりもいられない。予定すらも確定できず、具体的な内容は欠片もないのだ。
「安宝さんがいなかったら、もっと悪いかもしれない」
「一人の肩に乗せるには、ものが多過ぎる。俺の珠装具だって、支えきれないぞ」
「それを言えちゃうのも大概だよ。金棒もあながち大ごとではないよな」
「姫ありきだろ」
自負はあるが、過大評価は反応に困る。友人に持て囃されるのは擽ったい。
一誠は肩を竦めると、自分の右足をノックするように叩いた。軽さを出すために内部を削っている珠装具は響きが良い。我ながら、満足のいく音だ。
「頼りになるのは僕だって知ってるよ。佑のおかげで僕は採掘師でいられているし、寧音のところへ自分で向かっていける」
「……小太刀のほうに重心を置いた話をするなよ」
どこまで本気かは定かではない。しかし、間違ってもいないはずだ。実際、一誠は俺の言葉を否定することもなく、自身の足を仕舞っていく。そうして、身支度を調えた一誠は、すらりと立ち上がった。
動きはスムーズそうで何よりだ。
「寧音とようやく結婚できたんだよ。特別な気持ちになっても変じゃないだろ? クリスマスくらいなんて特に」
小太刀は半月前に十八歳になった。成人と同時に籍が入れられる。二人はすぐに入籍して、寮から一般のアパートへと移動した。だから、小太刀はもう堀内だ。
「分かった分かった。一誠が小太刀第一なのは前からずっと一緒だし、それが余計に昂っているのもよく分かってるよ。もう、行ってやれ」
立ち上がった一誠がどうしたいかなんて、考えるまでもない。結婚の話を持ち出してくるほどなのだから、気が急いているのを察することも容易かった。
「分かってくれて嬉しいよ。そういうことだから、金棒として腕を磨いて鬼を支えてやってくれ」
「そこをイコールで結んでくれるなよ。姫のために頑張ることは否定しないから、そっちは仲良くやってくれ」
「任せてくれ」
からっと笑った一誠は、ここ一番の明るさを灯していた。こうも分かりやすければ、嫌味を感じる暇もない。
さらりと手を上げた一誠は、そのまま意気揚々と立ち去っていく。後腐れのなさは安宝さんとさしたる変わりはない。
結局、仲の良さにかかわらず、俺たちには余裕がないのだ。事態はどんな些末なことであっても、差し迫っている。
逃げることもできない崖っぷちで。
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