第5話

「スペアの調子はどう?」


 言いながら、腰掛けている安宝さんに向かい合って座る。お互いの間にはテーブルがあるが、真正面に据えると近さを覚えた。

 威圧感があるわけではないが、存在感はある。それは珠装具をこの世の誰よりも――俺の知る中でこの世の誰よりも、華麗に身につけた存在である畏怖だろう。ある種の情であるかもしれない。


「三枝くんの珠装具はスペアも本機に劣らないから。とても助かっているよ。困ることはひとつもないかな」

「改善点は探せばいくらでも見つかるだろうけどな。そして、こっちは少し改良をしたよ」


 区画のテーブルの上には珠装具用の台座が用意されている。ここは装着用の区画でもあるのだから、備品も揃っていた。

 ……とはいえ、どれも年代物だ。特に椅子やテーブルは、所々に宝石で補強した後がある。

 コロニーごとに断絶された世界は、自給自足以外の道がない。となれば、資源とて限りある。生活を脅かす根本原因である宝石が資源になるというパラドックスに救われていた。

 珠装具を台座に置くと、安宝さんの視線がそちらへ集中する。

 理不尽な文句をつけないが、検品の基準は高い。自身の腕にかかわる。まさしく腕であるのだから、生半可では困るだろう。その鋭い眼差しは緊張こそすれ、厭うものではなかった。こっちだって、生半可を渡すわけにはいかないのだ。真剣な吟味は信頼に足る。


「より、フラットになったね」

「動きの邪魔になる面は削げたほうがいいだろう? 安宝さんは接近戦闘だし」


 珠具には、大まかに言って剣か銃かの二種類がある。細分化すれば、剣の中には短剣や大剣。薙刀や槍も含まれる。銃はもっと単純だが、それでも散弾やアサルトライフルなど、多様な銃を利用していた。

 要は、鉄の加工に宝石を混ぜ合わせた武器なのだ。なので、例えば鉄製のフォークであっても、宝石が混入していれば武器として使えないこともない。それを成し遂げる身体能力があれば、の話ではあるが。

 そして、安宝さんはそれができる。

 それほどの身体能力があるのだから、珠装具はより軽く、よりシンプルに。大剣を振り回す安宝さんの可動域を邪魔しないように。仔細に注文を受けたわけではない。それでも、求めているものを察するのも珠装師の力だ。


「重くはなってない?」

「グラム単位を気にするなら、装着後に少し削る方向で調整したい」

「平気なの?」

「強度がいくらか下がる。でも、安宝さんなら、その杞憂はいらないだろ?」


 正確には、安宝さんが危険に晒されるのであれば、強度でどうこうできる怪我では済まないというのが的確だろう。褒められたものではないし、無理を通すやり口だ。

 安宝さんが相手でなければ、提案していない。珠装具として過失になりかねない手段は、珠装師としても積極的に取りたいものではなかった。


「……いいの?」

「構わないよ」


 安宝さんが望む形が完璧なものだ。

 そして、彼女は俺がそれを苦肉の策で選択していることを理解している。確認を取るという段階を踏む手間を省かない。心配りを忘れない安宝さんのために望む状態を造ることは、俺の矜持には反しなかった。


「ありがとう。三枝くん」


 多くは語らないが、感謝は怠らない。鬼のような高慢さはどこにだってなかった。俺はこの事実を知っているだけだ。


「どういたしまして。それじゃあ、早速やろう」


 待機時間は長くない。珠戦士の生活は忙しないものだ。逃亡者が増えれば、戦士になるものが減り、そうすれば戦力も減り、忙しさは増す一方だった。

 だからこそ、安宝さんは珠装具の付け替えごときに躊躇はしない。

 脱がれたジャケットに抑え込まれていたシャツの膨らみが、人にどんな印象を抱かせるのか。そんなことを少しも気にしていなかった。

 俺だって、その無防備さと必要な行動に邪なものを狙うことはない。だが、湧き上がる胸の内までを制御できるわけもないのだ。本能的な感想は、どうしたってぶら下がってくる。

 でかい。柔らかそうだ。

 許されるべきものではあるまい。分かっているから押し込めるし、ワイシャツの袖を捲っててきぱきと差し出される腕に意識を集中させた。実質、珠装具に飾られた腕を見れば意識は切り替わる。

 スペアを嵌めていたのは数日間。傷はない。ジャケットを貫通するような怪我をしなかったということだ。着替えのタイミングなど知らぬので、俺が安宝さんの怪我の具合を知るのは珠装具を介してのことだった。それも、珠装具の状態を確認するのみに留めている。


「相変わらず、数日でもちゃんと磨いてるんだな」

「……息抜きにちょうどいいから」


 宝石であるから、クロスで手入れをすれば輝きや性能が維持される。ただし、軽微なものではあった。その違和感を無視するほど鈍感なものも多い。

 しかし、安宝さんは手を抜いていなかった。それほど珠装具の性能を重要視してくれているのか。大切にしてくれているのか。その判別はつかないが、手入れに力を入れているのは珠装師の視点としては好印象だ。

 たとえ、暇潰しのひとつであるとしても。


「十分だよ。外すね」

「うん」


 前振りをするのは一応だ。安宝さんだってただの確認として頷いているだろう。俺は黙々と珠装具の取り替えを行った。


「ちゃんと、保険医に見てもらうのも忘れずに」


 取り替えを行うことは珠装師にもできるが、医療行為としての様子見は保険医に任せなければならない。

 安宝さんは静かに頷いていた。痛みはあるはずだが、表情には出ない。こういう抑制された表情もまた、鬼の名に加勢してしまっている。会話がない相手の単調さは、いくらでも曲解されるものだ。

 取り替えた珠装具は、いつも以上に安宝さんの身体を輝かせた。美しさに撫で回してしまいそうになる指先を握り込んで押さえる。


「違和感はないか?」

「大丈夫だよ。重さも気にならないかも」

「削らないでおく?」

「うん。これくらいなら、ちょっとだけでも強度を優先しようかな。他に三枝くんが気にしていることはない?」


 有意義な会話はスムーズだ。こういう側面を知っているかいないかの差は大きいだろう。もっと他でも見せればいいのに、と思うのは俺の我が儘でしかない。


「指先の滑りはどうだ? フラットにした分、今までよりも滑らかな触りになっているはずだ。戦闘時は革手袋をするから問題ないかもしれないけど、箸とか使うときのほうが大変だろ?」


 専任にしてもらっている。俺が言わんとすることを、発言途中で察せられるくらいには、意見の擦り合わせをしてきた。

 そして、その察知能力は今日も万能だ。話の途中から、安宝さんは指先をわきわきさせている。物静かではあるが、存外落ち着きがないところもあった。


「多分、平気」

「いつもより荒いクロスで磨くのもいいし、滑り止めを塗るといい……これを」


 珠装具は工具を腰のツールポーチに持ち歩いてるが、手入れ道具もなくてはならない工具のひとつだ。小瓶の滑り止めをテーブルに載せると、安宝さんはその瓶を手に取って眺めた。


「違うもの?」


 頻繁に手入れをしてくれる安宝さんには、これまでにもさまざまな用品を手渡している。量は多くないし、二度目以降は本人が補充していた。俺がやるのは使い勝手のよさそうなものの提案だけだ。具象的に目的を解説したこともないが、やり取りは通用している。


「べたつきが抑えられる。滑らなきゃいいって話じゃないだろう?」


 手入れ用品の開発は後回しになりがちだ。それよりも切実なエネルギー開発や珠具、珠装具、そのものの性能アップを狙う研究に力が割かれている。マンパワーの限界は超えているので、手入れ用品の新商品は珍しかった。

 安宝さんはそうして瞬くことで成分分析でもできるかのように、小瓶を見ている。物に限らず、じっと見る癖は時々見かけるものだった。


「ありがとう。助かる。それじゃあ、私はこれで」

「ああ。何かあったらまた声をかけてくれ」


 安宝さんは用件が済めば、さっと立ち去る。余計な交流はない。穏やかな会話はできるが、プライベートに踏み込んだこともなかった。

 コミュニケーションとして、まったく望まないものではない。宝石に身を捧げているとしても、人への興味を失っているわけではなかった。ましてや、安宝さんは珠装具で繋がっている関係だ。興味の幅は他人よりも広い。

 だが、逆に珠装具で繋がっているからこそ、今の交流が保たれているのだろう。その気のないものをその気にさせるほどのバイタリティは、俺にはない。

 そこまでの精力を消費するのならば、珠装具に割きたいというのが本音だ。だから、俺と安宝さんが専任の域を抜けないのは、お互い様だろう。

 残されたスペアの触り心地も悪くない。使いやすく整えられたものなのだ。この感覚を覚えておきたいし、状態を確認しなくてはならない。早く作業室に戻ろう。安宝さんが安宝さんでなければ、俺のほうが先に立ち去っていたはずだ。やはり、お互い様である。

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