第4話
学生珠戦士の待機、帰宅、会議場所は、待機室と呼ばれる多目的ホールや体育館だ。時と場合によっては、医務室もそこに並ぶ。
俺は珠装具を片手に戦姫を探していた。連絡先は交換していない。というよりは、使い物にならない端末を持っているものは少なかった。
オフライン環境を使いこなせるものでなければ、役立てるものではない。そして、役立てたとしても趣味の範囲が大きかった。俺には無用の長物だ。
一誠はかつて多くの人が投稿していたという動画サイトをオフラインで視聴している。小太刀と二人でタブレットを覗き込んでいるのを見かけた。
そんな状態なので探す作業が挟まる。そのうえ、探している安宝さんが戻ってきているのか。それすらも手探り状態だ。できれば、珠装具を持ってうろつくのは慎みたい。傷付く外的要因は、可能な限り排除したかった。
人の中を動くというのは、それだけでリスクばかりだ。珠装具が補装具として大切なものと認識しているものは多いので、ぶつかってくるものはいない。しかし、芸術作品として取り扱ってくれる人は稀なので、不慮のことへは雑な態度を取られることがほとんどだった。
俺だって、安宝さんが現場で珠装具を傷付けて汚して壊してくることに文句はない。それは珠装具としての本望のはずだ。
しかし、安宝さんに渡るまでは完成の形を保つのが珠装師としての俺の役目だと思っている。要らぬ拘りだと揶揄されようとも、俺の譲れぬ一線だった。その線を守りながら、医務室へと向かう。
こういうのもなんだが、安宝さんは医務室にいる確率が高い。図抜けた実力者である。あるが故に、前線に身を置き過ぎて、生傷が絶えない。そういう面もまた、鬼という二つ名を後押ししているだろう。
多少は自身を省みればいいものを。そう思うのは、安宝さんが激情の持ち主であるとは思えないからだった。
果敢ではあるのだろう。魔物へ敵対する姿を視認したことはないので、その辺りはよく知らない。しかし、感情任せで大暴れするような激情家とは違う。理性的で物静かだ。
後方に戻ってきての珠装具でのやり取りでは、無駄話を挟み込んだりしないし、珠装具への文句を投げつけられたこともない。中には壊れたことへの文句をつけてくる戦士もいるのだ。そういうものに限って手入れが杜撰だったりと、こちらも文句を言いたいような有様だったりするのだが。
如何せん、第一線で生死を分けた戦いをしている相手に言うのは分が悪い。それは引け目があると言うよりは、精神状態への考慮が生まれるからだ。戦場で壊れる珠装具に怒りを覚えてしまうことだってあるだろう、と。
そんな配慮をする必要はないという珠装師もいた。文句を言われる筋合いはない、と。どちらも間違いではないだろう。
俺たちは最善を尽くしているし、珠装具とは構造的に壊れるものだ。接合部や生身への損傷を避けようとすれば、破損の形にならざるを得ない。他の回避方法は確立されていないし、恐らくは不可能の領域だ。それこそ、宝石や魔物のように、ある日突然神様が授けてくれない限りは。
だから、俺たちが諍うのは無駄骨だ。それでも、折り合いは簡単につかない。ただでさえ説明のつかない世界に、理由を求めてしまうのは性なのだろう。
珠戦士たちが過敏になるのも、やむを得ないと俺は迎合していた。気が済むのならば、それまでだ。分かっているものは分かっているし、悪し様に言うものたちだって、本当は分かっているものもいる。
そして、安宝さんは分かっている人だった。珠装具についての知識を学んでいるのだろう。彼女は珠装具について理路整然と語る。理知的で心地良いものだ。戦場だけが生き甲斐の脳筋のそれではない。
一概に傾向をまとめるのは軽率だし、偏見だろう。だが、戦士に囲まれた生活をしていれば、脳筋の性質というのは嫌でも思い知らされるものだ。全知のつもりになっているのは問題があるが、この世界で知れることなど数少ない。体感を信じなければ、他の何も信用ならないのだから、経験則による区別は許して欲しいところだ。
そして、安宝さんはその性質には当て嵌まらない。俺は知っているほうの性質を強く認識する。鬼という評判に一票を投じる気はなかった。
「三枝くん」
「っ!」
つらつらと考えながら珠装具に意識を向けて歩いていたところに声をかけられて、危うく声を上げそうになった。
振り返ると、戦姫が静止している。まさしく、姫だ。
薄茶色のベリーショートに同色の長い睫毛に縁取られた緑色の瞳。左目はエメラルドの義眼だ。本物のほうがよほど美麗だというのは、珠装師として例外的な発言かもしれない。
珠戦士としてのジャケットに革手袋。右腕の珠装具は、スペアと言ってもシルエットを崩していなくてほっとした。
革手袋に隠れた左手の中指と薬指は義指。下半身はショートパンツにガーターソックス。動きやすさを重視した衣服は、防護に弱い。ハイソックスの下。左足は太腿から下は珠装具。薄いソックスの布地には、光が注ぎ込めば宝石の輝きが透けて見える。揃えたエメラルドは姫らしい佇まいを強化していた。
身長は百五十八センチ。女子の身長の平均は知らないが、魔物を相手にする珠戦士としては低いほうだろう。
ジャケットの胸元を盛り上げている胸囲については、下世話な雑談の種にされているのを聞いたことがあった。同性の珠戦士でさえ、邪魔だろうと嘯いているのも知っている。
小さくて胸がでかくて鬼のように強い。
センキの噂を極端にまとめるとそうなる。とてもそんな凝縮された言葉の中に安宝さんの人物像や美しさは収まりやしないが。どれだけ真新しい生傷を増やしていたって、それは一層の魅力として彼女の彩りとなるほどに。
「どうかした?」
「驚いただけだよ。戦場帰りか?」
「うん。発掘師たちの援助に出ただけだから、珠装具への負担をかけてはいないよ」
「それは嬉しいね。珠装具だけじゃなくて、安宝さんの生身にも負担がかかっていないと俺としては安心できるけど」
「心配してくれてありがとう。無事だよ」
「それは何よりだ。おかえり、姫」
俺がそちらを選んでいる主張は、こうして微々たる冗談に混ぜるのが関の山だ。安宝さんがどう感受しているのか確認したことはない。
噂が当人に届いていないだろうなんてのは、希望的観測もいいところだ。コロニーなどという閉鎖空間で、人の口に戸は立てられない。
だからこそ、俺はこうした手段を取るようにしている。無力であっても、自己満足だ。実際、安宝さんはいつも返事もなく肩を竦めるだけに留めていた。
「右腕、整備完了したよ」
「ありがとう。助かる。装着も、お願いしてもいい?」
「勿論。区画に入ってて」
医務室はカーテンが引っ掛かっている病院のような内装だ。カーテン内にはベッドと一緒に机と椅子がセットされている。
便宜上、区画と呼んで珠装具の付け替えに利用されていた。どちらかといえば、病気などの療養ではなく、そのための区画整備だろう。
安宝さんは慣れた調子で、そこに入っていった。俺もすぐにカーテンを閉じて、安宝さんの元へ近付いていく。
安宝さんの付け替えに付き合うのは、初めてではない。ただし、それは右腕に限る。瞳は俺では技量に欠けるし、足は太腿から下になるので、際どくて手が出せない。右腕は肘下なので、注射よりも露出が少なくて済む。だからこそ、俺にも任せてくれるのだろう。
異性と区画に入るのを嫌うものも多い。保険医として配属されている本職であれば話は別だが、生徒同士となれば恋人でもなければ避ける。
正直に言えば、生命の危機に瀕している状態は治安も崩壊し始めていた。辛うじて。表層で問題にならない部分で、辛うじてコロニーの生活は保たれているようなものだ。
これには、事件に構っていられないという暗部によって、隠蔽されているようなものだろうが。そのくらいには、治安は危ぶまれている。
そんな状態で安宝さんが自分を許してくれていることは、いくらか胸が温まるものだ。裏切るような真似はできないと、心が引き締められる。
まぁ、この場合、俺など敵にもならないから、油断されているのだろうけれど。もしくは、珠装師としてしか見られていないだけだ。後者が強ければ、十分な気がした。
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