第3話
人類はそれからずっと、魔物たちと終わることのない戦いを強いられている。当時はゴーレムだけだった魔物は、日に日に種族を増やした。今ではゴブリンやドワーフに、デーモン。それ以外にも数多くのファンタジー世界の生物たちが跳梁跋扈する世界になっている。
俺がこの世に生まれた頃には、既にコロニーが形成され、戦乱の世が日常となっていた。過去の平和など、推し量ることも難しい。今が異質であることは、身を以て知っているというだけだ。
魔物の種族が増えた原因が解明されるわけもない。だが、それは人間が宝石を加工して作り出した武器であればゴーレムを倒せると気がついた頃と、時期が合致している。
次から次へ出土する宝石の使い道は次第になくなり、飽和状態になっていた。そもそも、装飾品で身を飾り立てるような状況でもない。需要と供給が互いにマイナスに振り切れ、宝石は無価値な資産に成り下がりかけていた。
そんなときに発明されたのが、宝石を使った武器だ。元々は、不足した鉄や他の物質を補う役目を担えないか、という実験から始まったという。宝石が魔物を倒しうると推測して及んだものではない。
だが、そうして作られた刀や銃弾は、魔物を倒すに至った。以前の銃火器でも怯ませることはできていたらしいが、そんなものは焼け石に水だ。それを完遂できる武器は珠具と呼ばれ、加工職人たちを珠具師と呼ぶようになる。
そうして魔物と戦う術を手に入れた人類は、ようやく生き残る術を手に入れた。しかし、その頃にはもうかなりの住み処を奪われていたという。
今では更に後退していて、人類は危機的状態だ。コロニーでの自給自足生活を送っている。
多様な魔物との過激な戦闘は、多くの怪我人と死者を出した。珠具が手に入ったからと言って、戦闘力が急上昇するわけではない。戦うことに慣れていなかった人類が、無双できるはずもなく、無残な戦果だった。
それから時を経て、戦闘の技術は受け継がれてきているが、無双できていない現実は変わりない。昔よりも戦術は増えたと聞くが、戦果が挙がったとは聞いたことがなかった。
実際問題は、カウントに問題があるのだろう。しかし、今なお……寧ろ、対峙することを選んだ結果。死者や怪我人は増えてしまったかもしれない。
そうして、義手や義足などの補装具を宝石で作る珠装具の開発が始まった。こちらもまた、他の素材が不足したことによる宝石の転用が始まりだ。
当初は、宝石は補助として使っており、腕そのものはこれまで通りの樹脂などを利用していたらしい。しかしながら、回復しない戦況の中で、これまでを通すことはできなかった。
宝石そのものを本体として、関節や接合部。そうした部分のみを今までの技術を引き継ぐことに変化していた。今となっては、接合部の部品さえも宝石で作り出して、より鉱石を保ったままの珠装具が広がり始めている。
珠装師はその腕を競うように、工夫を凝らしていた。研究とまでは言えずとも、改良は幾度も重ねられている。しかし、珠具も珠装具も、壊れることを織り込んでいるものだった。
宝石の硬度はまちまちであるし、戦闘は死闘だ。そのため、無理すればすぐに壊れる。そして、無理など平時だ。珠戦士はいつだって人員がギリギリだった。それは珠具師も珠装師も同じことだ。魔物との戦いの日々に投じてから、人手不足は常のことで、後がないのも常のことだった。
魔物の強さが変容しているのか。過去の情報が戦闘の日々で失われてしまった現状、把握することはできていない。どれほどの情報が収拾されては喪失しているのか。
宝石技術の研究がされるようになった八十年ほど前から、歴史は繰り返され続けている。当時の生き残りは、一桁台しかいなかった。そして、長生きしているからといって、健康体であり重大な知識を持っているわけでもない。失われたものを取り戻すには、手がかりは心許なさ過ぎた。
この長い年月の間、人類は居住区を取り返したことは一度としてない。出土と出現。二つの不可解で解析不能な強襲は、今日まで解明に至っていない。情報が残らない中では、限度があるのも当然の理だ。
ただし、人類とて手をこまねいてばかりいたわけではない。それが珠具や珠装具に連なる、珠石発電だ。不安定になったインフラを最低限保持するため、宝石をエネルギーにする研究が進められた。
運用が始まってからは、いくらか安定の兆しを見せている。とはいえ、それはコロニー内のことで、外部接触には及ばなかったが。それでも、そうして培われていく新技術はあった。
人類の生活をかつての平和に近付けるには不出来ではあったが、それでも叡智の結晶だ。そうして育まれたものを後世に残すために、人類は学校を作った。資料館としては頼りない情報を口伝にも等しく、子どもたちに教育することを選んだのだ。
それは常に人手不足であったことも関係しているだろう。次期を支えるものたちが必要で、それは知識を持った者でなくてはならない。
そうして、今から五十年前。珠石専門師育成学校は設立された。以前の高校を模して作られた学校は、言わば主力戦士の育成学校も同じだ。設立当初は子どもたちを戦場に追いやるのかと風当たりも強かったらしい。
しかしながら、その意見を強固に守り抜く余裕が人類にはなかった。刻々と減っていく人口と居住区。その現実を前にして、子どもたちを戦場から遠ざけたいという願いは聞き届けられなかった。
そして、実戦形式の校風で、子どもたちも大人も関係なく、魔物との戦闘の日々は続いている。俺たちはそこの三年生で、ほぼ実戦投入されている学生そのものだ。
それでも、俺や小太刀のような後方支援部隊は、言葉通りに後方に控えているだけでいい。技術の研鑽は無論、続々と舞い込んでくる仕事をこなさなくてはならないが、第一線ではなかった。
本部隊である珠戦士。それこそ、安宝さんたちの命の危機は並々ならない。怪我してでも帰ってくるだけ上等なのだ。同期でも、帰ってこないままのものはいる。
敗戦すれば、死体の回収も間に合わない。そんなときも多くなっていた。近頃の戦況は、いつになく芳しくない。
ここまでじり貧でやってきたツケがきているのだろう。息切れするのも時間の問題だと、暗雲が立ち込めていた。
実際、宝石の出土していない土地が他にあるのではないか。それを求めて逃亡を図るものも増えている。そうやって人材難はますます加速し、コロニーの絶望は近付いていた。
ひたひたとした暗い霧が常に纏わり付いているような。陰鬱さは拭えない。誰も彼もが不安なんて言葉では収まりきらないものを抱えている。それは有り体に言って、明日をも知れぬ死へのカウントダウンだ。
長生きはできないだろうと人類はもう気がついている。だからこそ、逃亡などと無謀な希望に追い縋るのだ。誰も本気で助かるとは信じていない。死までの僅かな時間。それを引き延ばしたいと言うわけでもないだろう。逃亡したところで、寿命が延びるはずもないのだ。寧ろ、危険は増し、確実に寿命は縮まる。
だから、逃亡は現実逃避。最期に足掻く自由への憧憬。そんなものだ。
希望なんて綺麗事は、誰も信じちゃいない……だろう。こればかりは、逃亡した人たちに聞いてみなければ分からない。日々を生きるのに精いっぱいの俺たちには、想像しようという余力もなかった。
戦場に出ておらずとも、変わりなき切迫感と忙殺だ。第一線と同様とは思っちゃいない。しかし、全人類に余裕がないのだ。やはり、息切れは時間の問題なのだろう。誰もがそれを気取っていた。
少なくとも、宝石に現を抜かしている俺ですら、将来への展望は想像しえない。終わりの想像のほうが、よっぽど身近だ。希望も現実逃避も何もかも、どれだけ言葉を並べて今を捉えても逃げても、すべては死に結合している世界だった。
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