第2話

「今日、一誠は?」

「採掘師として戦場に採掘に行ってる」


 その声は沈んでいる。

 珠力発電のため、珠具や珠装具への加工のため。宝石は生活に必要不可欠なものだ。その辺にいくらでも地面から生えていると言っても、採掘するためには準備がいる。そのために、本部隊である珠戦士じゅせんしと共に動かねばならない。

 採掘師とて、珠具の携帯が義務付けられている。だが、採掘中には無防備にならざるを得ない。

 つまり、万全ではない。小太刀が声を沈ませるほどには、危険がある。採掘師は本部隊から怪我で離脱したものが多い。戦場に赴く不安は、高いだろう。

 堀内一誠ほりうちいっせいもまた、二年生になってすぐの実習現場で、右足が義足になっていた。

 コーラルピンクの珠装具を作ったのは俺だ。それは、一誠が小太刀と色違いでつけているピアスの色だった。小太刀の耳には、一誠が好むアクアマリンのピアスが嵌まっている。


「……それで、作業に来たのか」

「それだけってわけじゃないけど」


 いくら一誠を最優先にしている小太刀でも、正式な依頼を突っぱねるわけもない。

 珠具は珠戦士たちの、ひいては採掘師の身を守る武器だ。宝石を加工した珠具でなければ、魔物を倒すことはできない。そのための大事な珠具を造る珠具師である小太刀に、抜ける手はないのだ。一誠のことがなくとも、抜ける余力など世界にはないだろうが。

 俺だって、専任している安宝さんの整備だけが任務ではない。現場の怪我人は急増している。珠装具を装具しているものも、新たに怪我をするものも、後を絶たない。

 ……これは、いくらか遠慮した数値だろう。怪我で済むもののほうが少ない。人類の戦況は厳し過ぎるほどに厳しかった。戦力が減っていけば、より一層劣勢に傾く。そうなれば、後方支援部隊。一般市民。コロニーに住むものたち全体への影響も免れない。それは、人類そのものの窮地だ。

 そうなれば、パニックになって逃げ出すものも出てくる。戦場から、コロニーから。戦士、一般人問わず、どこかに平和な陸地があるのではないかという夢のような希望を胸に脱柵していく。

 混沌の世の中で、平常でいられるものは少ない。その中で、平常心で戦果を挙げていくこともまた、安宝さんが戦鬼と呼ばれてしまう原因なのだろう。

 それでなくとも、平常心で生物を殺せるのも、平時であればそれなりに慄くことだ。戦時であるから、その辺りは感覚が鈍っている。それでも安宝さんの状況は、際立つものらしい。

 小太刀はそれだけ言うと、これ以上はないとばかりの態度で自分の作業へ取り組み始めた。一誠の不安を感じ過ぎる会話を避けたいのだろう。その不安は、俺にだって存在した。

 ……戦姫は大丈夫なのだろうか。

 今は出ていないか、と安宝さんの右腕を指先で確かめる。専任しているが、戦場への出動日程を把握しているわけではない。整備の時期から、予測できているだけだ。

 毎回怪我しているわけではないだろうから、大雑把な予測でしかない。

 整備中はスペアの腕を装着している。スペアはあくまでもスペアで一時的な仮の性能しかない。普通なら、その状態で戦場に出ることはしないだろう。しかし、戦姫であれば、そんなものはものともしないかもしれない。

 それに、俺はスペアであっても、性能を落としていない。安宝さんが戦闘を優先するのであれば、それに耐えうるものを用意しなければ、珠装師として二流だ。だから、スペアであろうとも、戦場を駆けることはできるだろう。だが、それでも本機に比べれば性能は劣った。

 スペアへかけられる時間と宝石には限度がある。ましてや、俺は学生の身分だ。三年生になって実戦に投入されているとしても、枷は多い。

 珠石専門師育成学校じゅせきせんもんしいくせいがっこうは、珠戦士・珠具師・珠装師・採掘師・資源師などの宝石に関係する専門師の育成機関だ。二年生になれば、実習として各部門に参戦し、三年になれば見習いのような実戦となる。

 その二年の時点で、安宝さんは相当な戦果を挙げて、センキの名を馳せた。俺も二年時に認められて、専任としての依頼ももらえるようになっている。

 同じレベルだと言うつもりはない。だが、安宝さんが後方支援部隊だったならば、こうも悪評を含んだ二つ名が蔓延ることもなかったはずだ。

 ……どうだろうか。自分だって後方支援部隊で立派な珠装師として扱われている。それでも、腕の面で噂になっていることはない。まぁ、宝石好きな面においては、引かれているのは知っているが。それも、俺と関わりがあって実態を知っているものという限られた範囲だ。

 しかし、安宝さんはそうではない。本部隊だけではなく、採掘師を除く戦場へ赴くことのない後方支援部隊にも轟いている。それは実体のない恐怖だろう。

 いや、珠装具に身体を補助されている姿は、実体があるのかもしれない。ひどく美しいというのに。

 これは公言すべきないものではないと自重している。褒め言葉へ分類されるかどうか。賭けにもならないほどに、危ない発言だった。

 珠装具は欠損した手足の代替えだ。怪我したことを褒め称えるのは、無礼極まりない。本人がそれを名誉の負傷と捉えていれば問題はないが、人の負傷の結果を美しいとは到底受け入れ難い感覚だろう。

 俺だって、そんな非道な視点から称賛しているわけではない。しかし、珠装具が美しいのは事実で、それを違和感なく装着している安宝さんは綺麗だった。

 決して、恐ろしくはない。その二つ名に相応しき姫だ。

 でも、まさかこんな執着にも似た美辞麗句を述べられるわけもなく、俺はそれをすべて珠装具に乗せて混ぜ込んでいた。もしかすると、先ほどの論説に呆れられたのは、そうした邪念まがいの肩入れが透けていたからなのかもしれない。

 小太刀がそれを嗅ぎつけたとは思っちゃいないが、無意識下で感じるものもあるだろう。それともこれは、自分が後ろめたさを抱いているが故の自意識過剰だろうか。

 ……後者のほうが可能性は高くて、苦味が走った。さっさと防水や防塵などのスプレーをかけて仕上げ、完成した右腕を安宝さんに届けてしまおう。これ以上、情念が混ざりこまないうちに。




 地面から宝石が自然発生的に出土し始めたのは、今から百年ほど前のことだ。道路や敷地内、建築物などに一切の配慮なく、ある日突然世界で一斉に出土した。

 幻想的な風景は、現代社会をファンタジー世界に書き換え、人々を混乱の渦に落とした。

 しかし、人間というのは強かで順応性の高い生き物らしい。すぐに街中や道路の整備が始まり、宝石を採掘して装飾品として加工し始めた。有効利用の第一弾は、普遍的な物事だ。

 だが、整備の甲斐も虚しく、宝石たちは無秩序、そして今のところは無制限に出土し続けていた。

 街や道路はそのたびに閉鎖され、整備されるイタチごっこを続けることになる。被害、という言葉が散見し始めるのは、この辺りからだ。

 出土する宝石に、一貫性はなかった。エメラルドからダイヤモンド、黒曜石。土地の環境に関係なく、無作為にポップさせたように。ゲーム世界のほうがまだプログラミングされているだけマシなほどのその法則性は、どれだけ研究しても予測が立たなかった。

 一週間音沙汰がないときもあれば、一日でひとつの小さな村が宝石だらけになってしまうこともある。人々は生活の場を移さなければならない憂き目にもあった。今はその移動の末に追いやられた土地で、コロニーを形成して生活している。

 他のコロニーがどこにどれほどあるのか。どれほどの人間が生き残っているのか。外とのインフラが途絶したも同然の世界で知る術はなかった。

 そして、宝石の被害はそこで打ち止めにならなかったのだ。ただでさえ予測が立たず、環境無視の宝石。どう考えても物理法則を無視した所以のそれは、また物理法則を無視した現象を引っ張ってきた。

 宝石内部から、ワープさせるかのように魔物を生み出すようになったのだ。魔界か異世界か。その出入り口に繋がっているなどという非現実的な妄想を信じるほうがマシなほどに、不可解な現象への阿鼻叫喚は想像するまでもない。

 初めは、その生物が何かさえ判別できなかったと言う。創造上の生物。その姿は数々の媒体で可視化されてきた。しかしながら、それが現実の街中に顕在して、すぐさまそれを識別できるものがいるだろうか。

 幻影や錯乱を疑い、何かのドッキリやイベントを疑い、気がついたときはもう被害者が出ていた。

 ゴーレムのような魔物たちは、人々を襲ってくる。食べるわけではない。では、何だと言うのか。意思疎通の図れないものは、襲ってくるという習性以外明らかになっていない。言わば、侵略や蹂躙であった。

 文明の利器たる銃火器でも、やつらは倒すことができず、対抗策が見つかるまでに世界の人口は半分は減ったと言われている。この辺りの数字は、眉唾物だ。

 今となっては……今となっても、か。数えることすら叶っていない総数が、混乱時に把握できていたとは思えない。だが、大局を見ればそんな数は瑣末にも等しかった。

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