第16話 ねえねの要求


ねえねはまだまだ男性社会であった退魔師の中に現れた期待の新星。男だったらどんなに良かったかとのたまう時代錯誤なじじいどもの股間を蹴り飛ばして歩いたと言う伝説も残る強い姉である。


そんな姉は俺が3歳のときに、15歳で嫁いだ。子作り推奨は18歳のため、結婚も大体18からになるが、花嫁修行のためなら15歳から許可されることもある。


それに姉はその特出した退魔師の才を活かせる場所で修行したほうが良いのでは、と考えられ、珍しい女系退魔師の家ーーマミーの実家に嫁いだのだ。


そんなねえねが若くして嫁いだのにはもうひとつ理由があった。


「やっぱり、妹っていいわぁ」

リビングに通し、お茶をだしてやれば、早速妹属性のキリちゃんに懐いていた。


この姉は、妹好きだった。変態といってもいいほどの妹萌え。


実の弟の俺だけは女装させて仮想妹に見立てても可愛がると言っていた姉だが、新たに生まれた諭吉くんも弟だったため、これは堪えられないとさっさと嫁いでしまったのだ。


――――さっさと嫁いでくれてよかった。危うく女装男子に育てられるところだったわ――――。そう言う意味では、諭吉くんは俺の救世主である。よき弟を持ててお兄ちゃん嬉しい。


一方で姉は、かわいいもの好きのメルヘンな旦那さまと3人の娘に恵まれ楽しく過ごしていたはずだ。たまに手紙のやりとりはしていたが、やはり弟2人は堪えられないとなかなか帰省もしない。マミーが実家に帰ったときにパピーと会うくらい。写真はもらってたから、すぐに姉だと分かったけど。この異常なほどの妹萌えねえねが、一体何をしにここへ?


なお、女装だけはしない。俺は心にキメている。やったら最後ーーこのねえねは、ハマる。危険だ。圧倒的妹であるキリちゃんが頭なでなでしても抑えられないほどに暴走する!


これ以上キリちゃんに迷惑はかけられないしー。


「で、何しに来たんだよ、ねえね」

「せっかくねえねが来たってのに。あなたったら全然分かってないのね」

ごめん、ねえねの頭ん中を理解するのは地球が180度回転しても無理だわ。ここ、異世界だけども。


「ここは蜘蛛屋敷じゃない」

「まぁそうだね」

蜘蛛以外にも蛇や竜、鬼やらこぎつねタヌキなんかがいるけど。あとコウモリもいるんだよね。まだまだちびちゃんには会えないけど、春になって顔を見られるのは楽しみだ。きっとかわいいんだろうなぁ。おっと、話が逸れてしまったか。いろいろな妖怪が暮らし、避寒のために冬に訪れる妖怪もいるものの、蜘蛛が圧倒的に数が多いと思う。いや、目に見えて蜘蛛が多いかな。


「蜘蛛女っているじゃない」

「んまぁ、いるけど」

蜘蛛女と言えば、ジョロウグモやその伝説を聞くことが多いかもしれない。恐そうに見えるジョロウグモも、人間の周りで暮らす蜘蛛である。人間にそれほど嫌悪感は持っていない。むしろフレンドリーである。他にもジョロウグモの姐さんと仲良しのマユミオニグモだとか、先ほどのナガコガネグモの姐さんたちも面倒見がよくしたたかで、優しい。


だが彼女たちはお姉さん気質である。ねえねとは性質がかぶってしまうのではないか?そう心配になる。


「女……女へん、つまりは、姉妹」

姉の脳内変換は結構おかしいので、細かいところは気にしないでほしい。


「蜘蛛女って言うほどですもの!きっと蜘蛛妹だって、いるはずよ!」

あぁー、ねえねの狙いが分かった。企みが分かった。いや、分からないはずがないのだ。この才能溢れたねえねは引く手あまただが、とにかく妹にしか興味がない。妹に全てを捧げ、崇め奉る。それがこの姉である。このねえねと言う生き物なのだ。


「メスの、妹っぽい蜘蛛がいいの?」


「そうよ!弟よ!さすがねえねの弟ね。後は女装してくれたら言うことなしなのだけど!」


「するかいっ!キリちゃんいるんだからキリちゃんで堪能しなさい!」

ビシッと言ってやれば……


「キリ……妹が、実の妹が冷たいの」

だぁーれぇーが妹だああぁぁ――――――っ!!!俺は弟だよ弟!

「ねえね、元気だしてね。ビャク、ごめんね」

キリちゃんが自身に抱き付いてくるねえねを慰めてくれる。


「あぁ、うん。キリちゃんはな~んも悪くないよ。むしろいつもねえねをありがとう」

「なるほど……妖怪に飼われているところはそっくりですね」

……っとここで真冬がすんごいこと言ってきたぁ~~~~っ!?


「いや、確かに俺のご主人しまは真冬だけど~~っ!ご主人さまはあくまでもねえね!キリちゃんは契約している妖怪!」

「でもそっくりですよ。さすがは姉弟」

どこがそっくりなんた、この妹狂いと。俺は妹萌えじゃないぞ?弟萌えです!


「あ、そうだねえね。俺が家を出たからって諭吉くんに変なこと要求するなよ?妹化させようとか」

「しようとしたわよ!」


「何しよーとしてんだねえね!マイ・スイート・弟諭吉くんに対して~~っ!」

「でもっ!あのこはダメよっ!ゴミを見るような目で睨まれた。あそこには、妹化する可能性など微塵もないわ。あれは天性の弟よっ!私の目論みは、潰えたっ!!」

……潰えてくれて何よりだ。諭吉くんにまで手をだされたらシャレにならんわ。


「それより、妹紹介して欲しいのか?ちび蜘蛛いないかな」

「いっもうと~いっもうと~♪」

ねえねったらはしゃいで……でも見せないと多分一生帰らん。


「さて、探しにいきますか」

「真冬も来てくれるの?」


「相棒をひとりで待たせる気ですか?楽しくないので却下です」


「ごめん、ごめんて」

一緒の方が楽しいもんなぁ。


「行こうか、真冬」

「えぇ、たくさん集めましょうねぇ~、ビャク」

真冬と一緒に探索に向かおうとすれば、ねえねの小さな呟きが聞こえた気がした。


「何だ、あんたもちゃんと楽しくやってるんじゃない」

もしかしてねえね、俺のこと、ちゃんとやれてるか心配で来てくれたのか?あの妹狂いのねえねが?本来ならあり得ないのだが……もしそうなら、ちょっと嬉しいかも。


多分一番の目的は妹で、俺は二の次だろうけどね。


※※※


「迷子紐~~っ!迷子紐~~~~っ!!!」

はい、いち、に、さんっ!


「また迷子になるなんて」

「んもぅ~~っ!今度はドコだよここ~っ!」

俺は蜘蛛の隠れ道のおまじないに嵌まっていた。


まぁ真冬が迎えに来てくれたからいいのだけど。


「ここら辺は蜘蛛女が多いですかねぇ」

「そうなの?男とか、女とか分かれてたんだ」


「ある程度は、ですよ」

「ふぅん、じゃぁ桜姐さんは……」

俺の部屋に近いところに部屋があったような?

土蜘蛛お姉さんずも近くの部屋でお茶をしていたが、あそこは寝室じゃないから、ここら辺に部屋があるのかも。

とは言え……やっぱり桜姐さんは……?


「殴られますよ」

「ごめんなさい言わないでください」


「ぷっ、ふふっ」

「笑うなよ~~」


「いえ、やっぱりビャクと一緒は楽しいですね」

「俺だって楽しいよ?真冬と一緒なら」

からかわれることもあるけれど、そこになんてーの?同じ屋根の下で暮らす家族愛というか、バディ愛のようなものがあるから。


「ふふっ、嬉しいです」

真冬にとっては、ずっと待っていたことだもんな。あの日、お琴を弾いている時に出会ってから……。そう考えると何だか感慨深いなぁ。


「あ、ビャク、そこ」

「え?何?誰か見つけた?」

ビャクが指差す方を振り向けば……


「ばぁ」


「……っ、ぎゃ~~~~~~っ!!?」

そこには、 天井から釣り下がってきたちび蜘蛛(♀)がおりましたとさ。



――――――ねえねのことを話して一緒に来ない?と誘えば快諾してくれた、もふ脚キバナオニグモちゃん。


「さっきは本気でびびったぁ」

「ほんと、ビャクは脅かしがいがありますねっ!」


「確信犯っ!」

「ふふふふふっ!」

「はははははっ!」

でも不思議と笑いが溢れてくる。


「やっぱり俺、真冬と合ってる」

「当然です!」

何の迷いもなく告げるとこ、尊敬するなぁ。


「あ、ビャク、そこ」

「へ?」

真冬の指差す方を見やれば。


「ばぁ」

「ていくつー」


「ぎゃ~~~~~~っ!!?」

そこにはアカオニグモとアオオニグモの仲良し姉妹コンビがおりましたとさ。


「ぶはははははっ!!!」

この後も、ちび蜘蛛たちと真冬のいたずらは続いて、10回やられた。


「今度は俺が仕掛けるかんな~~~~っ!?」

「あははははっ!楽しみです!」

真冬へのリベンジをキメたのである。


リビングに戻れば、集まったちび蜘蛛ちゃんたち(♀の部)にねえねは大感激。キャーキャー言ってたわ。全くねえねは。


そして何事もなくキリちゃんと帰っていった。『また来る』……と言って。


「今度は姉君とのお仕事もいれますか」

「女の子いないとあの姉来ないよ?」


「ではビャクが女装すればよいのでは」

「絶対、絶対やらないからな!?」


――――――しかしその宣言虚しく、面白そうとノリノリで蜘蛛女の姐さんたちに着付けられ、真冬と一緒にねえねの元へお仕事に行かされたのは……ナイショである。



【めでたし、めでたし】

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退魔師家系の落ちこぼれな俺は使役妖怪召喚に失敗し、蜘蛛妖怪の使役人間になりました。 瓊紗 @nisha_nyan_

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