第14話 蜘蛛の隠れ道


――――ご飯を食べ終われば、盛り上がっている妖怪たちはそのまま楽しんでもらうことにして、俺と諭吉くんはお風呂だ。


真冬もあちらで飲んでるし、コンちーも蜘蛛女たちに巻き込まれていったので、俺と諭吉くんの2人きり。飲めない俺らには優しいが、飲める九尾に容赦ねぇ姐さんたち、強ぇ。


まぁそんなこんなで。


「ふぃ~、お風呂気持ちぃ~」

「兄さんって妙に風呂好きだね」

兄弟2人で湯船に浸かっていれば。


「ん?好きだよ?」

前世からな~。実家の風呂もでかいがこちらは大浴場そのもの。やっぱり妖怪が多いからかなぁ?女湯と男湯、あとオネエ湯が用意してある。え、オネエ湯?もちろん桜姐さんたち用だよ。


洗い場も多いし、湯船も広いんだぁ。前世日本人の俺としてもありがたい。和風異世界だとしっかりと庶民までお風呂が知れ渡ってるのがいいよね。一般庶民は大衆浴場に無料で入れるし、実家のような名家だと屋敷内に浴場があるのだ。


「諭吉くんは好きじゃなかった?」

この和風ファンタジー世界でも少数のシャワー派か?あ、もちろん女性はシャワールームついてるそうだよ。念のためお知らせしておこう。


「いや、嫌いじゃないけど」

ふいと顔を背ける諭吉くん。


「別に、兄さんと入れて嬉しいとか、思ってないから……誤解しないで……バカ」

はぁうぅぅんっ!!!やっぱりツンデレっ!ツンデレな諭吉くんかっわよおおぉぉぉ~~~~っ!んもぅ、ちょーかわよす~~っ!


お風呂からあがれば、用意していた浴衣を差し出す。こちらの湯上がりの浴衣は、前世の日本旅館そのものだ。帯を締めて結んで~~。


「寝るまで何する?花札とかあるよ」

将棋や囲碁は俺、できないから。後は本くらいかな。ちびちゃんたちがお部屋にいたら一緒に遊べるんだけど。


「兄さん」

諭吉くんがきゅっと浴衣の裾を掴む。ちょ、待って。待って?ねぇ何このかわよい仕草っ!弟萌えポイントですよ奥さんんんんっ!!!


「……おバカ」

ひぅんっ!!?

萌えすぎてのぼせそうなお兄ちゃんの意識をふっと元に戻すそのおバカコールっ!!こんなタイミングだがそこがまたイイ~~~~っ!

弟萌え~~っ!諭吉くん萌え~~~~っ!


ふふっ。プロの退魔師として活躍するものの、諭吉くんは15歳なのだ。前世の日本で言えば中3から高1くらい。まだまだ子どもなのである。お兄ちゃん萌えし放題なのであ~るっ!


「兄さん」

「ん?」

何だろう。何だろうなぁ~。お兄ちゃん楽しみぃ~~。うっふふへっ!


「兄さんのお琴、聞きたい」

まさかの俺のお琴ぉっ!?


「まぁ、いいけど」

人間相手には不評の俺のオンチ琴。妖怪的には癖になるらしく、みんな聞きたがる。


ちび蜘蛛たちも冬眠準備中の蛇たちもだ。住むところ変わればなんとやらだよなぁ~~。俺のオンチ琴の人気が出るとはね。


「あ、飲み物忘れた。俺持ってくるから諭吉くん、先に中でゆっくりしてて」

部屋に入った時に気が付いた。

やっぱり夜のお楽しみにはジュースくらいないと!


「なら、ぼくも」

「いいよ、諭吉くんはゆっくりしてて」

お部屋では蛇たちがくったりまったり、ちび蜘蛛やちび竜たちがわっきゃわっきゃ遊んでいるので諭吉くんも退屈しないだろう。


「本も興味あったら読んでいいよ」

俺は机の上の本を指す。ちょっと嬉しそうなところを見ると、諭吉くんは本が好きなのかなと思う。


「じゃ、とってくる」

「うん、兄さん」

そして俺は部屋から出て、扉を閉めた。扉を閉める前に、確認すべきだった。


「……どこだ、ここ」

薄暗い日本家屋の中と言うことは分かる。しかし……全く見覚えがないし、昔の日本風だけども夜でもちゃんと灯りがつく世界観だよ!?消えるのは夜中だよ!困るのは夜中トイレに行く時だけぇっ!!


――――――まだ消灯される時間じゃないのに。


「うぅ……」

ど、どうしよぉ~~。

誰もいないよぉ~~。せめて妖怪の1匹や2匹いてよぉ~~っ!


「そうだっ!」

もう一度襖を開ければ元の部屋に……


振り返って確認したら、


トンっ


壁やんけっ!何の変哲もない壁やんけぇ~~っ!!


あぁ、どうしよう。左右どちらに進んでも真っ暗闇だぁ――――――っ!!!


しかも日本家屋の真っ暗闇恐すぎ……



不安すぎて首から吊り下げられたリードを掴む。ひとって心細いとリードですら掴みたくなるんだなぁ。


……あれ?そう言えばこのリードって……


なん、した」

いきなり後ろから聞こえた低い男の声に、身が強張る。――――え、何?みんなににぶにぶと呼ばれる俺だが、暗闇は恐い。さすがにお化けは恐いっ!妖怪も広義的にはお化けだが、妖怪と怪奇現象は別うぅっ!


「なした」

「うぐっ」

こう言う時って振り返っていいのだろうか……それとも。


「おい」

バサッと上から降ってきた。何かが降ってきた。


「あ゛――――――――っ、ギャぁぁあぁぁあ――――――っ!?」


「今嫁さんが子育て中だはんで、騒ぐでね」

「あ、ごめんなさ、い?」

天井からひょいっと降りてきたのは、コウモリの耳に襟もふ、腕にコウモリの大きな翼が着いた男性の姿の妖怪だった。


「あの、えと、ここは?」

「迷い子か?どさ?」


「あ?はい?あ、あの、多分この迷子紐引っ張れば保護者が来るんで!」

「誰が?」


「あー、真冬」

「ここは今、コウモリ妖怪たちが子育て中だーはんで、来ん」

来ないのっ!?


「引っ張ったら入り口までくるべさ」

「あ、そうなんだ」

いち、に、さん。


これで迎えに来てくれるかな?


「でもどっちに行けば?」

「こっちゃ」

どうやら来いと言っているらしい。手招きされる。


とことこと、コウモリさんについていく。


「ひょっとして真っ暗なのは子育て中だから?」

「んだな。明るいの、苦手」


「さすがはコウモリかもー」

「何で迷い込んだか」


「扉を開けたらここだった」


「……隠れ道、かも」


「隠れ道?」


「蜘蛛たちの秘密の通路。たまに繋がる。真冬とは近ぇのか」

「相棒だよ。主従契約結んでる」

真冬の方がご主人さまだけどー。


「……あぁ、なな、ビャクか」

7……?まぁしかし、

「そうだよ。知ってるの?」


「ん。この屋の、主」

あ、そか。さすがに家主のことは知ってるか。そして俺のことも。


そして灯りが見えてきたと思えば、灯りと闇の境目の先の明るい廊下の入り口に、真冬の姿があった。


「迎えに、来てくれたんだ」

「迷子紐が鳴りましたからね。全くここに迷い混むとは」


「子守り、ちゃんとせ」

「はいはい、面倒かけましたね」

真冬が手を振ると、コウモリさんがすっと闇の中に消えていった。


「コウモリの子育て、してたんだ」

「えぇ、春には灯り、つけられるはずですので」

「ふあぁ~、びっくりさせないでよぉ~」


「私の方こそびっくりしましたよ。まさかここに迷い込んでいたとは」


「何か、蜘蛛の隠れ道のせいらしいんだけど?」

「……おや、ふぅん?」


「何だよ」

真冬が俺に含みのある笑みを向ける。


「普通は蜘蛛以外には効かないおまじないなのですよ。でもそれが聞いたのは……私とたくさん仲良くなったからですね」

た、たくさんって……。パートナーとしてもうまくやってるってことか?


「それは何よりだけど、何か対策はないの?」

「その時はまた、迷子紐を鳴らしてください。ビャクにはここの蜘蛛たちの匂いもついてるので、コウモリたちも気付いて優しくしてくれます」

「そ、それなら……」

蜘蛛たちの匂い……普段もふもふしてるからかなぁ。蜘蛛の影響でコウモリたちの子育て場に迷い込んだけど、守ってくれるのも蜘蛛だ。


「でも、楽しいからいいかも」

暗闇は恐いけど、たまにはドキワクも悪くない。


「おや、分かりましたか」

「うん」

何だかノリも合ってきた?


「あっ」

「どうしました?」


「諭吉くん待たせてたんだった!飲み物!ジュース!」

「では一緒に持っていきましょう。また迷子になったら大変です」


「誰のせいだよ」

「いいじゃないですか。面白いですし」


「まぁー、そうだよね。楽しいからいっか」

ここで暮らしているうちに、そんなところまで移ってきたのかな……?

でも、それも何だか楽しくて。


ジュースを持ち帰り、真冬も交えてジュースを飲みながら、俺のお琴演奏会をしたのだった。


その後は酔ったコンちーを、諭吉くんが客間に連れ帰り一晩眠れば……。


翌朝諭吉くんは元気に帰っていった。

コンちーはこぎつねちゃんとのしばしの別れにぐずっていたけど、諭吉くんが引っ張って帰っていった。あの2人はあの2人で、何だか微笑ましい。


俺と真冬も、そんな風に周りから見えてたら……いいなぁ?


ふと真冬を見上げれば。俺の心を見透かしたように含んだ笑みを向けられた。

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