第8話 オンチ琴
――――さぁて……マスコットとして(泣)早速諭吉くんとコンちーとの待ち合わせ場所に向かえば。
「兄さん!」
元気に呼んでパタパタと駆けて来てくれたのは……。
「おーい、諭吉くーん、元気ぃ~?」
ま、昨日ぶりだけどねー。
そして実家ではあまりお兄ちゃんって呼んでくれない諭吉くん。でも外で会うときはたまに兄さんと呼んでくれるんだ。
でも諭吉くんの気持ちも分からなくもないかな。我が家ではお兄ちゃんである俺のことを『にーたま』と呼ばなくてはいけない家族ルールがあるのだから。
パピーとマミーは普通に受け入れているが、思春期の諭吉くんにはさすがに恥ずかしいらしい。分かるよ、俺も弟の立場ならそうだもん。姉のねえね呼びはねえね本人が言ってくるからもう慣れたけど。慣れって……恐いよな。大丈夫、諭吉くんも思春期乗り越えれば、……すぐだから。
そして諭吉くんの隣には九尾でもふもふ狐尻尾のコンちーもいる。俺は真冬と、それから桜鬼の姐さん……桜姐さんと一緒に諭吉くんと合流した。
今回の任務では、桜姐さんがいれば心強いからと、真冬が誘ってくれたのだ。
しかし諭吉くん、どこか表情が固い?何だか真冬の様子を窺っているようだ。分かる。分かるよ。俺もコンちーが儀式で諭吉くんに召喚されて、いきなり実家の一員となった日、ドキドキでじっともふもふしっぽを見つめてしまったもの。
「あなたきっと今、確実にずれたこと想像してますよ」
と、コンちー。え、どこら辺が?首を傾げて真冬を見やれば、にこりと微笑んだ後諭吉くんを見やる。
「別にビャクにおバカと言ってもいいですよ。何か……見ていてビャクが面白いので」
えーっ!?いや、何俺が面白いって理由っ!てか、諭吉くんったら、俺に『おバカ』を贈呈してかくれるのを待ってたの?まさかのバディの許可待ち?あ、真冬が俺のご主人さまだから……っ!?
「それじゃぁ……」
諭吉くんがゆっくりと息を吐く。
お兄ちゃん、ドキゾクッ!
「バカっ!兄さんバカっ!」
はぅ――――んっ!怒濤の兄さんバカ2連発ぅっ!あぁ、まるで暑い日にキンキンの爽快ソーダを飲んだ時のようっ!
因みにこの世界にもソーダはある!炭酸はある!酒もあるからな!俺はまだこちらでは酒未経験だが、シュワシュワジュース飲料はあるのだ!暑い日には美味しいよ!
「もう、バカなんだからっ!」
げふっ!!
「兄さんがあんなこというから、我が家の両親の呼び名がパピーとマミーになっちゃったじゃんバカバカバカっ!」
あひーんっ!怒濤のバカラッシュぅっ!暑い日の夜、喉を潤すキンキンの麦茶……だと思ったらまさかのめんつゆだった時のような衝撃が、俺の体内を駆け抜けるぅ~~っ!!
「ご、ごめんて。何か、最後だと思ったから」
まさか、実家のルールに採用されるとは思っていなかったんだってば。ほんと諭吉くんの言う通りになっちゃったね、めんごー。
「俺に、できることならするから」
少ないとは思うけども。この事態を招いたのはお兄ちゃんの俺だもの。
「じゃぁ兄さんのバカッ!」
ひぁうっ!グレープフルーツジュースのような苦味、でも大人はハマる、大人の味ぃっ!
まだ15歳なのにその味が分かるなんて、背伸びしてる諭吉くんも微笑ましいよお兄ちゃん。
「じゃぁ、とりま鬼の自尊心バッキボキにしてきて!」
……は?
「一度目は予期せぬ遭遇だったから仕方がないけど、依頼で来た時は危険だからって兄さんの派遣は却下だった!でも今は真冬さんがいるから兄さんの派遣が許可された!」
えぇ~~っ!?えと、派遣?俺の派遣って。かつて鬼の自尊心をバッキボキに折ったから、またやりたかったの!?諭吉くんったらまたバッキボキにしたかったのぉ!?
これは、いいんだろうか。鬼でもある桜姐さんの隣で言っても、いいのだろうか。
ちらり。
「きゃっ!かつて黒鬼を鎮めたビャクちゃんの手腕、楽しみねっ!!」
めちゃくちゃウキウキしてたぁー。桜姐さんこそほんまもんの鬼やぁ――。
「ん?今何を考えてたの?」
こてんと首を傾げる桜姐さんに……。
「何でもありましぇん、姉御っ!」
瞬時に敬礼をキメたのは……言うまでもない。
「では早速こちらを」
真冬が手渡してきたのは、小型の持ち運びできるお琴である。何故、お琴。まぁ、琴爪つけるけども。
「これ、どうすれば?」
首から下げられるように紐が着いていたので紐を頭に通し、肩から吊り下げるようにしてスタンバイ。琴爪も、スタンバイ。念のため持ち歩いていて良かった。
しかし、これを一体どうしろと?
「弾いてくださいね」
「何で!?」
俺のお琴はオンチやぞぉっ!!?
救いようのない圧倒的オンチやねーんっ!
「私は、好きですから」
何だろう、どこかで聞いたフレーズだな。でもどこでだっけ。何か夢で見た気がするのだけど。
「鬼はあそこの丘にいるはず。行ってこいかましてこいそしてバッキボキにしてこい兄さんのバカ」
お兄ちゃん使いが粗いよ諭吉くぅんっ!最後におバカコールしてくれるの痺れるけど!
俺はとたとたと歩いていった。その場所には確かに鬼がいた。青鬼だ。日本では青鬼は心優しい鬼なのだが、こちらでは違うんだろうか。あと、前に鬼を見た時も思ったのだが……鬼ってイケメンだよなぁ。青鬼は青白い肌に、青い髪と目、瑠璃色な鬼の双角を持っている。
「貴様、霊力が全く感じられない」
青鬼が俺をジッと見据えて口を開いた。
ボロ゛ン゛ボロ゛ン゛リ゛ン゛ッ
「うぐっ」
何だよ、カッコつけてるから俺のオンチ琴でBGMか音頭いれてやろうと思ったのに。
「き、貴様ぁっ!?俺こそが……鬼っ!鬼っ!鬼っ!鬼でーあるっ!!その鬼であるこの俺を恐れないのか!」
ボロ゛ン゛ボロ゛ン゛リ゛ン゛ッ
(何で鬼連呼してんの?鬼も選挙の季節なの?立候補すんの?)
メロディーに乗せて、あなたに届けたい。この気持ち。
「がはっ」
ん?何て?
ボロ゛ン゛ボロ゛ン゛リ゛ン゛ッ
ボロ゛ン゛ボロ゛ン゛ギイ゛ン゛ッ
「ぁ゛あ゛――――――っ!やめてくれぇその不協和音~~っ!」
「だって仕方がないじゃん」
どんなに注意して弾いても、全部不協和音になるんだから。
※なお、琴の調律が原因ではない
「この俺を前に……普通にしゃべれる、だと!?」
「は?何言ってんだ。普通にしゃべって何が悪いよ」
ついでに音楽でも言葉を届けている!
ボロ゛ン゛ボロ゛ン゛リ゛ン゛ッ
「あがっ」
言葉だけじゃない!音楽でも分かり合おうとしている俺に大いに感謝して欲しい。相当オンチではあるが。
音楽は、ハートであるぅぅっ!!!そしてソウル!
ハートとソウルが大事いぃぃっ!
前世で何かそんなこと聞いた気がするのぉ~~っ!
ボロ゛ン゛ボロ゛ン゛リ゛ン゛ッ
ボロ゛ン゛ボロ゛ン゛ギイ゛ン゛ッ
「あ゛――――――っ!!!」
青鬼の断末魔の叫びが響き渡った。以前黒鬼と邂逅した際はお琴は持っていなかったけど、同じような感じになったなぁ。理由はよう分からない。何故これで倒れる。基礎なら習ったけれど、退魔師ではない俺にはよう分からん。
あ、だけど諭吉くんとお仕事ができるなら、学んでみるのもいいかも。よぉ~し、お兄ちゃん、弟とのお仕事のために、頑張っちゃうぞ~~~~っ!
ボロ゛ン゛ボロ゛ン゛リ゛ン゛ッ
ボロ゛ン゛ボロ゛ン゛ギイ゛ン゛ッ
ボロ゛ン゛ボロ゛ン゛リ゛ン゛ッ
ボロ゛ン゛ボロ゛ン゛ギイ゛ン゛ッ
俺はお琴を奏でた。
弟への思いを乗せて。
何だろう……真冬に言われた通り、聞いてると段々癖になるかもぉ。好きになるかもぉ。
「あ゛~~~頭がっ、あ゛だま゛がい゛だい゛~~っ」
ハッ、そうか……!これはっ!
「歌って、くれているのか?この俺のオンチ琴に、わざわざ歌を……!?お前、いいやつだな、青鬼!」
「いや、ちがっ」
青鬼が手を伸ばしてくる。
分かってる。語り合おう、音楽で。
ボロ゛ン゛ボロ゛ン゛リ゛ン゛ッ、リ゛ン゛ッ
ボロ゛ン゛ボロ゛ン゛ギイ゛――――――――――ン゛ッ
「あ゛~~~~~っ!誰かぁ、だずげでえぇぇぇぇ――――――っ!!!」
ギイ゛――――――――――――ン゛ッ
「あ゛――――――――――っ!」
青鬼が膝をついた、その時。
「よし、やつが弱った!行くぞ、コンちー!」
「あぁっ!まかせろ、諭吉!」
諭吉くんとコンちーが近くの草むらから飛び出し、青鬼を徹底的にボコっていた。わーお、やっぱり諭吉くんはすごいなぁ~~。コンちーもつっよっ!青鬼ボッコボコじゃーん。
――――――でも、
「あの、その青鬼、多分いい鬼だ。音楽で語り合えたから、きっといい鬼だよ!」
「そのポジティブなところ、好きですよ。やはりあなたといると飽きません」
真冬がにこっと爽やかな笑みを向けてくれる。
「でもあの青鬼、無銭飲食、金品強奪の常習犯よ?」
と、桜姐さん。いや、めちゃくちゃ悪鬼じゃん――――――っ!?
「あ、俺のお琴で通じ合って、改心してくれたのかな」
「うーん、改心と言うか
ちょ、真冬?何その言葉。よく分からんかった。
「やっぱり兄さんがいると、手間が違うね!」
晴れ晴れとした笑みで笑う諭吉くんは、青鬼を護符でぐるぐる巻きにして、足蹴りにしていた。
「ちょ、手荒すぎない?きっとこれからは反省してくれるって」
「に、人間……お前……っ」
鬼が俺を見上げる。
そして、涙ぐむ。やっぱり妖怪も人間も、考え方は違っても、音楽で分かりあえるんだな。
だから青鬼を悪い妖怪用封印場所に運ぶ途中、俺は彼のためにお琴を奏でてあげた。
ボロ゛ン゛ボロ゛ン゛リ゛ン゛ッ
ボロ゛ン゛ボロ゛ン゛ギイ゛ン゛ッ
ボロ゛ン゛ボロ゛ン゛リ゛ン゛ッ
ボロ゛ン゛ボロ゛ン゛ギイ゛ン゛ッ
「あ゛~~~~っぐっ、ま゛あぁぁ――――――――っ!」
俺の演奏にお歌をつけてくれる青鬼は、やはりいいやつだと思う。刑期中は岩に封印されるけど……
「いつかまた、音楽で語り合おうな!」
そう、声を掛けてあげた。
「いや、やめっ」
涙ぐむ青鬼。別れは惜しいが、悪いことをしたのだから仕方がない。
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