第10話 カフェの仕組み

とはいえ、ロイとドリュー様のピンクブロンドファンクラブは、カフェ女子とトークを楽しむために結成されたわけじゃない。


単に私を守るために店に通っているだけだ。特に兄はあからさまだ。


兄は様子を見るためやってくるので、紅茶かコーヒーを一杯だけ頼み、そそくさと飲むとさっさと帰ってしまう。別な席へ案内する隙がない。

カフェ女子にすごまれた後、私は兄にその話をしたが、兄は「文官試験が間近だからそんな暇はない」と言った。


「俺はドリューみたいな天才じゃないから、文官試験にあっさり受からないよ」


「ドリュー様も文官試験を?」


兄はうなずいた。


「あいつは学年トップクラスだ。それもあって、いろんな令嬢からのお誘いも多い」


うおお! 高嶺の花なのね!


「俺はシシリー、お前の安全のためだけにあの店に行ってるんだ」


「お兄様……」


あと、財産のためですわよね?



一方で、ドリュー様は必ずダドリー様とトーク中になぜかケンカ腰で割り込んできて、ダドリー様を追っ払い、そのあと心配そうに大丈夫だった? と聞いてくださる。お優しい。けど、騒がしい。

一応、他のカフェ女子をお勧めしてみるのだが、いつも返ってくる返事は同じ。


「シシリーの為に来ているんだ」


シシリーの為に来ていると言われると、いつもドキドキしてしまう。私に会いたいわけではなのだけどね。わかっていてもドキドキしてしまう。



だが、兄のロイ、ドリュー様、ダドリー様のおかげで、私は他のお客様から声をかけられないで済んでいる。


「まあ、侯爵家、伯爵家、男爵家と三つ揃いじゃねえ。うまいことやったじゃない。誰も手を出せないし、三人もいたらお互い張り合って誰も深入りできそうもないから、学校も文句言わないだろう。それにダドリー様はとにかく、他の二人はしっかり払ってくださるしね」


熟女店長からも褒めてもらえた。


しかし、気になる点もあった。店長もダドリー様を要らない子扱いしていたけど、どうしてこんなに不人気なんだろう?


私は事情聴取してみた。


「長時間、放してくれないくせに、お小遣いもくれないのよ」


「お小遣い?」


「チップよ、チップ」


「ああ、チップ」


チップというものがあることは知っている。必要な時は、私の代わりにお付きの侍女が払っていると思う。


「普通のチップに上乗せしてくれるのよ。ロイ様もドリュー様もちゃんと上乗せしてくれるわ」


「あの方たちは紳士よねえ」


私、誰からも一度ももらったことない。


そう言うと、全員がかわいそうな子を見る目つきになった。


「変な子だと思ってはいたけど……要領の悪い子なの?」


「上乗せチップはね、君かわいいな、また会おうねって意味なのよ」


「な、なるほど……」


かわいくはない。かわいくない私にチップは出ない。なるほど。納得できた。


「でも、ロイ様もドリュー様もくれないの?」


「ええ……」


「そりゃおかしいわね。私たちはみんなもらっているのに?」


あれ? 今度は、なんだか表情が変わったぞ? 要領が悪い子だと言う憐れんだような目線から、すっごい上から目線になった。


「チップ、もらえないんだって、あの子」


「えええ。意味ないじゃん」


「やる価値なしってことなのねー」


「うわー、魅力なしってか。顔だけじゃねー」


ですから! 

説明するわけにはいかないけど、私には事情がありまして!

その事情を突き詰めると、むしろ私が払わなくてはならなくなるのよ!


しかし、表向きは、魅力がないからチップが出ないとカフェ女子軍団に認定されてしまった。現在、カフェ内の見えないランキングで私は最下位だ。顧客に侯爵家令息、伯爵家令息、男爵家令息を抱えているにもかかわらずだ。


「ほかの客の方がよっぽどマシだわ。ダドリー様は要らないけど、ロイ様かドリュー様なら、いつでも代わるわよ。私にはチップ、はずんでくれるんだから!」


こんなところで最下位認定。社交界ならまだしも、場末のカフェで!


「でも、ダドリー様のことではみんなあなたに感謝してんのよ。だって、あの男、話長いでしょ?」


「ええ」


確かに長い。めんどくさい。


「その時間、別な客の相手をすればチップが稼げるんだけど、話だけしてなにも払わないじゃない。だからみんな嫌がってあの男には付きたくないのよ」


「はあ。なるほど」


話が長いのは嫌だと言う意味は、カフェ独特の、客を早く回して多くのチップを獲得すると言う事情のことか。

まあ、ゆっくり話し込んでも時間単価が下がらないくらいたっぷり支払ってくれるなら別なのよと。なるほど。合理的。

つまり、ライバルいなくて、好都合なのか? 一週間を経ずしてダドリー様篭絡ろうらく作戦は順調だ。


だけど、ドリュー様との話も結構長い。

私にとっては、いつもあっという間なんだけど、一度話始めるとドリュー様は閉店間際までいらっしゃることが多くて、「え? もう閉店?」とか言いながら帰ることになる。


「私のところに回せって言ったでしょ?」


ドリュー様が帰った後、いつもエリー様から怒鳴られた。


「ロイ様はすぐ帰ってしまうから仕方ないとしても、ドリュー様はずっといるんだから回しなさいよ! できないって言うの?」


だって、ドリュー様は理由があって、嫌々ここにきているだけなんですもの。


だが、事情をご存じないエリー様は怒鳴った。


「嫌々来てる割には、ずううううーと店にいるじゃない! 好きで来てるに決まってるじゃない!」


「は?」


「は? じゃないわ。その天然すぎるところが、チップなしの原因なのよ!」


天然? 天然だったの私?


「嫌々来る人間は出来るだけ早く帰ろうとするでしょ? ドリュー様、最終まで残ってるでしょ?」


「……そういえば、そうですわね?」


なぜ?



ある時、たまりかねたエリー様がしなを作りながら、「ドリュー様、私たちともお話しませんかあ?」とテーブル近くまでやってきた。

そして、「お隣、いいですかあ?」と座りたそうにしたので、私は気を利かせてサッと立ち上がり、向かいの席に移動しようとしたのだけど、グイッとドリュー様に強く手を握られ引っ張られたので、しりもちをつくように元の座席に座りなおすことになってしまった。


「マリリン、早くどきなさいよ」

エリー様がドスの利いた声で私にささやいたが、それどころではない。

私、ドリュー様があんなに怖い顔をされる方だって知らなかった。


「君、誰?」


絶対零度の声でドリュー様がエリー様に向かって聞いた。


「エ、エリーって言います」


さすがのエリー様がビビっていた。


「なぜ、俺の名前を呼んだ。誰が許した。失礼だな」


しまった。私がいつも、ドリュー様呼びしているから、他のカフェ女子にうつってしまったんだわ。


「だってー。マリリンがそう呼んでいるんですもの。それより、マリリンばかりとではなくて、私たちともお話しませんかあ?」


エリー様は小首を傾げてニコッと笑った。わ、かわいい。さすが、ナンバーワンって言われるだけあるわ。性格に難あるけど。

でも、顔だけじゃ性格なんてわかんない。

ドリュー様はどうするのかなあ? あっという間に陥落? パッと振り返って、表情を読んだが、私は唖然とした。

声だけじゃない。背中が凍り付きそうだった。


「巣に帰れ」


「は?」


巣?


「お前みたいな女は学院にもたくさんいる。自分で自分をかわいいと思ってつけあがりやがって。俺はそんな女は虫酢が走るくらい嫌いなんだ。隙を見せると馴れ馴れしくしやがって」


ドリュー様? どんな学院生活なのかしら?


「俺には婚約者にしたい女性がいる。お前なんか遠く及ばない貴族令嬢だ。高貴で美しく、うぬぼれなんかこれっぽっちもない。深窓の姫君なのに、自分の運命を切り開こうと戦っているんだ。彼女を助けたい。邪魔すんじゃない! その金髪、染めてるだろ! 鼻がひん曲がっているその顔も嫌いだ」











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