第9話 カフェ女子に脅迫される

ドリュー様は、案の定、カフェ女子から大人気だった。


正直、カフェのお客様である貴族学院の生徒の皆様は、どうも口下手が多い。

そこへ行くと、ドリュー様は実に鮮やか。さすが兄が女性に詳しいと言って連れてきただけある。

しかも輝くようなイケメン。


「どうしてドリュー様が、あんたなんかを指名するのかしら?」


私はカフェに入って一週間後、他のカフェ女子から吊し上げを食っていた。


「しかも、ロイ様まで!」


きたわー。

絶対くるって思ってた。


私は迫りくるカフェ女子に身構えた。


「そのピンクブロンド、全然似合ってないわ!」


カフェで人気ナンバーワンの派手な金髪のエリーがイラつき気味に言った。

私は次の口撃を覚悟した。……家では、必ず顔をけなされることに決まっていた。

だけど、違っていた。


「ちょっと顔がいいからって、いい気になるんじゃないわよ!」


は?


私は茫然として、エリーの顔を見た。それからエリーと一緒にいる五人のほかのカフェ女子の顔も。


「一番おいしそうなイケメン二人を抱え込んじゃって。新入りのくせに生意気な!」


ダドリー様は圏外か。


「ほんとに態度が悪いったら。仕事はしない。ツンツンして立っているだけ。皿一枚片づけない」


「あ、すみません!」


仕事の件は謝るしかない。私だってものすごく申し訳なく思っている。だけど、店長から働くなって厳命されたんです。


お皿とカップは私が触るとなぜか全部割れてしまうのですもの。もう来るなって台所から追い出されたのです。みんなには内緒だけど。あと、カップとお皿の弁償でお給金がほとんどなくなってしまったの。


「めっちゃムカついたわ。それに、そのあんたの髪、カツラでしょ? 店長が絶対そうだって言ってたもん」


私はハッとして髪を押えた。エリー様とほかの五人はニヤリと笑った。


「よくそんな変な色のカツラかぶっているわね? 実は頭はまだら禿げ?」


エリー様が私のカツラをひっつかむと、持ち上げた。途端にばらけた黒髪がふわりと広がった。


エリー様を含めた六人全員が、一瞬息をのむと、次の瞬間黙り込んだ。


ああ。母がとても嫌がっていた私の髪の色……暗くて陰気な黒。


やがて、代表のエリー様がゆっくり尋ねた。


「マリリン。あんた何たくらんでるの?」


「え? たくらみ……とは?」


しまった。婚約破棄計画がバレたのかしら?


「こんなにきれいな黒髪を隠すだなんて……それに似合わないその化粧。眉を半分落としてるわよね? 店長が言ってたけど、タヌキ顔をやめさせて、もっとキリッとした顔にしたいって。そしたら誰よりも売れるって。今に王都一番の高級娼婦になる、男どもが競って争うだろうって。それだけの美貌だって」


美貌?


「私はきれいなんかじゃありません……」


私は震え声で言った。なんでみんな、こんなに嫌味を言うんだろう。勝手に唇が震えてきた。


「はい? 今、何つーた?」


「汚い髪なの。顔のことは言わないで」


顔のことを話題にするだなんて許せない。顔なんか見ればわかることだ。それをあえて口に出すだなんて、人の致命的欠陥を本人の前であげつらうだなんて、人間のすることじゃない。


「見事な艶ッつやの髪だけど……めっちゃ手入れしてるよね? 自慢の髪じゃなかったそこまで手をかけないよね?」


手入れは侍女が……


「母からは、いっつも醜い子だって言われていたわ。陰気で嫌な髪の色だって。そのカツラ返してちょうだい」


私の剣幕に押されてエリーたちは、黙ってピンクのカツラを返してくれた。

私は急いでカツラを被った。


「カツラのおかげで私はカフェに就職できたのよ。でなかったら、絶対受からなかった。わかってるわ」


「いや、そのカツラが変なんだって。地顔がよすぎて受かっただけだと……」


私は聞いていなかった。このピンクのカツラを離してはダメ。人並みになるための隠れ蓑なのだ。


このカフェに来るようになってから、初めて人からかわいいと言われた。

ピンクのカツラに大感謝だ。垂れ眉も、頬に強めに紅を刷くのも絶対に必要。垂れ眉は特にイメージを大きく変えてかわいく見せてくれる。


「あのね、あたしが言うのもなんだけど、その化粧、相当損しているんだよ?」


エリーが言った。


「そんなことないわ。このカツラと化粧だから、お客様が付いたんです」


ロザリアのお化粧は完ぺきだ。私はロザリアを信じる。


「あのダドリー・ダドリーだろ? うん。まあ、それはいいよ。あいつの趣味はおかしいから。私たちが欲しいのはロイ様とドリュー様だから」


エリー様はそう言った後、しばらく考えてから言った。


「あんた、ロイ様のこと好きなの?」


「いえッ、まさか」


あれは好きというのか? カテゴリー的には兄ジャンルなので、何かあればお互い助け合うくらいだと思う。


「じゃあ、ドリュー様は?」


ドリュー様は……だって、私と関係のない人なんだもの。兄の友達って言うだけの人。私とは住むカテゴリーが違うの。


「なんとも……」言いようがない。私は口ごもった。ドリュー様……どういう存在なんだろう。


エリー様たちは、集まって何かごにょごにょ相談していた。


「あんな美人、見たことないくらいなのに」

「なんで、あんなこと言うんだろう?」

「目、腐ってんじゃない?」

「変人よ、変人」

「どうせ、何をされても分かんないくらい、おかしいのよ」

「だけど、それなら放っとこうか。ダドリーの始末、困るしね。あの女にやらせようよ」


エリー様が結論を言った。ええと、丸聞こえなんですけど。


エリー様はくるりと振り返った。


「じゃあ、あんたはダドリー専属ってことで」


「……はい」


……狙い通りではあるのだけど。だけど何だろう? このものすごく損した感。


「決まりだね。よし。交渉成立だね。ピンクのカツラ、黙っといてやるよ。感謝するんだね。その代わりロイ様とドリュー様は来ても相手しちゃだめだよ。私たちに代わるんだよ」


「わかりました……」


でも、兄はどうでもいいけど、ドリュー様とお話しできなくなっちゃう……

そう思うと、心の底から焦った気持ちになるのはどうしてだろう。



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