第11話 対抗馬が必要なので
今、私はドリュー様を目の前にして謎の落ち込みに襲われていた。
ドリュー様に、婚約したいほど好きな女性がいただなんてショック。
あと、ドリュー様、めちゃくちゃ口悪い。たとえ相手がエリー様だとしても、鼻の話はしないであげて。たいして曲がってないし。なのに本人気にしているのよ。
「どうしたの? 調子が悪いの?」
ドリュー様が心配そうに尋ねた。
「いえ。絶好調です」
状況としては絶好調。ダドリー様専属になったし。ドリュー様を回せ回せとうるさかったエリー様も、もう何も言わないだろう。
「その割に顔色が優れないけど?」
だって……
私はやっと目が醒めた。ダドリー様はお優しい。底なし沼のように優しいの。
私のつまらない悩みを打ち明けても、真剣に聞いてくださって、アドバイスしてくれる。こまごまと興味を持って聞いてくださる。心配してくださる。
私、もしかしてドリュー様の優しさに甘えて、思い上がっていたのかもしれない。婚約者にしたい方がいらしただなんて、知らなかった。これまで馴れ馴れしくし過ぎたわ。
それにエリー様に対するあの冷たさ。
エリー様は確かに失礼だった。要求も正直言って押しつけがましくて気分のいいものではなかったと思うけど、それに対してはっきりバッサリに切って捨てていた。
つまりあれが私の明日の運命?
でも、そんなこと、口に出せるはずもなく。
「先ほど、ダドリー様から結婚後の交際を申し込まれました」
いろいろあり過ぎて忘れるところだった。ダドリー様は私に結婚したら一緒に住まないかと申し出ていた。
私は言った。これはバッドニュース。顔色が悪くなるほど嫌なニュースだわ。
「ああ。そうだったね」
ドリュー様もそれを聞くと陰気そうな顔になった。思い出したらしい。
「なんかむかつくな」
「はい……」
ダドリー様の申し出は、本妻見込みのシシリーとは別に、マリリンを愛人として抱え込んでやろうと言う申し出なのだ。
シシリーとマリリンが同一人物であることを思う、どう考えても実現不可能な計画なんだけど、それ以前に腹が立つ。シシリーのことも、マリリンのこともなめてるわ。
「普通、平民の娘なら飛び上がって喜ぶ話なのでしょうか?」
「いや。俺、そんなこと提案したことないし、わからん」
「そうですよね」
私たちは黙り込んだ。
「まあ、ここは喜んで承諾するべきですよね」
ドリュー様はものすごーく嫌そうな顔をした。
「うーん。でも、学園恒例の卒業式パーティまで、あとひと月はたっぷりある。あんまり嬉しそうに飛びつくと、あいつのことだ。つけ上がって、愛人枠用意しなくても、いつでも呼べば来るとか、金を貢ぎに来るとか、勘違いしそう」
「ソウデスヨネ」
順調すぎるのも問題だ。よくわからないけど、ダドリー様は、つけあがりそう。それに、あまり気持ちが安定した人物ではないような気がする。
「それでさ、実は、思ったんだけど……」
ドリュー様がちょっと言いにくそうに切り出した。
「ロイとも相談したんだけど、対抗馬がいるんじゃないかって」
「対抗馬?」
「そう。つまり、この計画をさらにいっそう確実なものにするためには、ダドリーがマリリンにもっと夢中になる必要があるんじゃないかって」
「なんだかうれしくない計画ですけど」
ダドリー様がベタベタしてきたらどうしよう。体中が鳥肌になってそのまま戻らないんじゃないかしら。
「気持ちはわかるけど、卒業パーティで真実の愛の為に婚約破棄を叫ぶんだぜ? よっぽど切羽詰まらせないと」
「それはそうですけど」
ダドリーを知れば知るほど、そっち方面にはいかない気がしてきた。
誠実とか、何かを貫くとか、そんな精神とは無縁だと思う。だらだら楽な方に流れるだけな人物だと思う。
「俺もそう思う。婚約破棄を叫ぶなら、よっぽどだよ。なので、俺も君に愛人申し出ていい?」
「は?」
アイジン、申シ出テ、イイ?
意味、分かんない?
「俺の愛人……いや恋人になって欲しいって、申し込む。一応フェイクだって形に今はなるけど。ダドリーがいるからね」
ドリュー様が顔を赤くして解説した。フェイクか。フェイクだよね。うん。恋人になって欲しい……あれ? 頭の中でエコーがかかっている?
「びっくりしました」
そりゃフェイクだよね。フェイク! 変な想像しちゃダメ!
「あいつを焦らせる。嫉妬が援軍だ」
嫉妬! 本格的になってまいりました。しかし!
「ドリュー様、そんなことをしたら、いろいろと評判的にまずいんではありませんか?」
ドリュー様ご自身の結婚に差支えが出るのでは? カフェの平民の娘を愛人にするだなんて。
「愛人って言い方は嫌だな。恋人になって欲しい。愛人て、なんだかお金で買われた人みたいな響きがある。それに唯一無二の好きな人ってイメージがないだろ?」
知らず知らずに私はうなずいた。
「ダドリーの考えている存在は愛人という言葉にはぴったりだけど、俺はそんなものは嫌いなんだ」
ああ、ドリュー様。私もそう思いますわ。
だけど、婚約したい人がいるって……。ドリュー様の唯一無二はその方なのでしょう?
でも、私には聞く勇気がなかった。
「まあ、一か月後の学園の卒業式パーティで、ダドリーが婚約破棄を声高に叫んで、マリリンが勝者になったところで、マリリンはいなくなる。誰かの愛人だとかいう噂も一緒に消滅するさ」
「私も尽力しますわ」
ドリュー様の婚約者(予定)の方に、誠心誠意、説明と謝罪をするつもりだ。
「でも、うまくいかなくて、婚約破棄されなかったら……」
そのことは考えないようにしていた。だけど、もうあまり時間がない。失敗した時の次の手も考えなくては。
ダドリー様との婚約問題のタイムリミットは近い。
「そうだね。失敗しても、これだけいろいろ聞いているんだ。結婚後は妻を閉じ込めてしまおうとか、ひどいブスだとか言いまわっている」
「でも、美人でないことは事実ですわ」
私は悲しそうに言った。
「いや。君のお母様はなんでそんなことを言ったんだろうな。本物を目の前にすれば、そんなこと絶対に思わない。き、君は、自分のことを卑下するけど、違うよ。君は、とても、すごくかわい……ゴボゴボゴボ」
ドリュー様ったら。無理な嘘をつくから紅茶を気管に入れてしまって……
「ダドリー様は本人に会っていませんから、実家からの情報をうのみにするしかないのです。母がひどい容姿だと書き送っているのですから、ダドリー様が容貌に難があると信じていても無理はありません。会いたくないと言うのも分かります」
「俺としては、会わなくて正解だと思うけど」
ドリュー様は口元をナプキンで拭き、ちょっと顔を隠すようにして言った。
「かわいいとばれたら、大変だよ。絶対に結婚したがるだろう」
かわいい?
「でも、ダドリーのやつは妻を監禁すると言っている。それで争えないかな」
「ですけど、監禁で争う場合、目的は監禁しないになると思いますわ。そこを落としどころにされたら、結婚しないわけにはいきません」
「くそう……どうあっても結婚か」
ドリュー様が金茶色の頭を振った。
感情論でどこまであのダドリー様を動かせるか。
「俺、シシリーを溺愛するよ。お願い。恋人になって」
私は……ほんとは赤くなったりしてはいけない場面なんだけど……顔に熱が集まるのを覚えた。なんて甘い言葉なんだろう……
でも、これは戦略。偽物の恋人。それが私。
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