第5話 人気カフェに面接

「お嬢様、こちらをお召しになって」


そうでした。あのお店……カフェ、プチ・アンジェの店員さんは平民(のはず)。

まずは平民がよく着る服に変えなくちゃいけないのね。でも、平民用の服ってスカート丈がかなり短い。


ここにカザリンがいればただでは済まない。口論で済めばいいが、実力行使になりそうだ。貴族令嬢が足を見せるとは何事ですかって。

私の将来と、我が家の存亡がかかっているのよ!  足くらいいくらでも見せますって。


「あら。でも、かわいい服ね」


着てみると、薄い緑とクリーム色のシマのスカートの下からはちょっぴり白のレースがのぞいていて、白のエプロンがかわいい。襟は薄い緑色だ。


「かわいくお化粧しましょうね」


お化粧はしたことがないので、もはや全部お任せだ。


「お嬢様の眉毛はご立派過ぎですわー。形を整えてもよろしいでしょうか?」


母が自然のままにとがんばるので、眉毛はボサボサになっている。前髪が鼻のあたりまであるので、誰にも見えないからいいのだけれど。


ロザリアは眉毛とずいぶん長い時間格闘していた。


「それからこちらのカツラを被ってくださいませ」


ロザリアは長い黒髪を器用に結って上手にカツラをかぶせてくれ、最後に鏡を出してきた。


「え?」


私は知らない他人を鏡の中に見つけて言葉を失った。


かわいい? かも?


いや、かなりかわいい。

眉毛がスッキリと整えられ、目が大きく見える。顔色が悪い方なのだけど、ほんのり紅をさすとずっと明るいイメージに変わった。


「お嬢様は本当はキリリとした美人顔なんですけど……やむを得ませんわ。変装の意味もあるので、タヌキ顔に作ってみました」


「おかしいわ……」


私は自分で自分の肌に触れた。


私は醜いはず。私はかわいそうな子で……私は鏡に見入った。


廊下に足音がした。


「変装できた? 入るぞ、シシリー」


兄がドリュー様と一緒にやってきたのだ。


彼らは、平民のドレスを着た私を見て驚いたように立ち止まった。


「え? 誰?」


「シシリー……?」


「シシリー嬢?」


二人は、黙ってまじまじと私の顔と服を見つめた。


「かわいい……」


「めちゃくちゃかわいい……」


ドリュー様はそれだけ言うとずっと私の顔から眼を離さなかった。恥ずかしい。


「あの、ロザリアのお化粧技術が素晴らしいのですわ」


私は何も思いつかなくて言った。


「そ、そうなの? そんなに簡単に化けられるものなの? 誰でも美人になっちゃうの?」


ドリュー様がどもりながら聞いた。


「さあさあ、皆さま、これからあのマリリンに成り代わって、シシリー様があのカフェで働きます」


ロザリアが割って入ってくれた。助かった。とっても気まずい。


「え……。あ、そうそう。そうだったな」


「ダドリー様と接点を作らなくてはいけませんから」


「こんなにかわいい妹がカフェで働くなんて嫌だな」


兄が心配そうに言った。


「それに、あのマリリンとうちのシシリーがクズのダドリ―を争う構造になるのか?」


「マリリン嬢にはお金を渡して辞めてもらいました。ダドリー様のことは大嫌いなので喜んで! と言ってました」


嫌いなの? なんだか不安だわ。


「代わりにシシリー様がマリリンを名乗ります。つまりダドリー様がマリリン嬢を指名すると、出てくるのはシシリー様になります。これで嫌でも接点ができます」


なるほど。それでマリリンという名前を名乗るわけね。でも、本気で逃げ場がない気がしてきた。


「仕方ない。自分自身と家の為だ。ダドリーにせいぜい媚びろ」


兄が偉そうに腕組みして命令した。

やらされるのは、私なんですけど!


「できますかしら」


本当に不安だ。


「あ、それから、お嬢様言葉は厳禁です」


ロザリアに注意された。


「いつもの話し方ではダメということですか?」


どんな話し方になるのかしら?


「カフェの給仕はヤベエ構文でしゃべります」


ヤベエ構文?


「おいおいお教えしますわ。さてと」


男爵家の侍女服を脱ぐと、ロザリアも私と同じような平民の格好をしていた。


「二人で働きます。シシリー様にいきなり給仕は無理ですから、私がフォローに入りますわ」


「ありがとう~」


私は心底感謝した。カフェって何? 何するところなの? 給仕って晩餐の時のサービスよね?


ロザリアは、ちょっとあいまいに微笑んだ。


「ええと、仕事内容はちょっと違います。あと、カフェで働きたい子はまず面接を受けます」


「面接? 面接って何?」


全然知らない。


「お嬢様はなさったことがないかも知れませんが……執事のセバス様は新しい使用人を雇う時に、希望者と会って選んでます」


選ばれないといけないの?


「もしかするとカフェで働くのって人気なの?」


「人気ですねえ。特にカフェ、プチ・アンジェはそうです。客が貴族学院の生徒ばかりなので、客質がいいですし、学校が生徒の素行に睨みをきかせてるので従業員は安全ですから」


「つまり倍率高いってことなのね?」


私はドキドキしてきた。

落とされるかもしれないってこと?

考えたことがなかった。


カフェの店員に求められることって何?


かわいくないとダメだとか?


それはまずい。


ロザリアはかわいい顔をしていると思う。目立つ赤毛で、好感度が高いんじゃないかな。それと、多分、店員としてのキャリアが長いので、機転も利くし愛想が断然いいと思う。

私は地味で背ばかり高くて痩せている。人と接したことがないので、会話が不安。顔立ちは……化粧がどれくらい通用するかが問題だ。


面接に受からなかったら、話が全く始まらないわ。


倍率高いのは本当らしかった。私たちが、カフェの裏口を入ろうとした時、ドアが向こうから開いて、肩を落としたかわいい女の子が出てきた。


私よりずっとずっとかわいいのに?!


「ロザリア、これ、無理かも。もう、やめる?」


ロザリアは、グイッと私の手を握ると断固として中へ入った。怖いよう。


だが、面接は一瞬だった。


「んじゃ、明日からきて。二人ともね」


店長は昔は美人だったろうなと思わせる年配の女性だった。その彼女が宣言した。


私は茫然とした。何が基準なのか、全然わからない。


彼女は大きな目玉をぎろりとさせて、手にした長キセルで私を指した。


「そっちのマリリン!」


「は、はい?」


「いいところのお嬢様ぶっても、ここでは売れないよ。わかってるだろうね。楽しいトーク、お客様のお話を聞いて盛り上げる。自分語りは禁物。また来たいなって思わせる」


「は、はい!」


「ただし、本気にさせてスキャンダルは禁物。客は学生だけど貴族だから、親は力がある。店のせいにされて、ここをつぶされたら困る。美人を鼻にかけて来たんだろうけど、美人は本当は危険なんだ。わかったね?」


それが目的なんですけど……釘刺されちゃったわ。あと、それから間違っているところがあるわ。


「でも、私は美人じゃないから大丈夫です」


私はニコッと笑ってみせた。

どこへ行っても、その手の問題は起きない。私は安全パイなのよ。


「マリリン……」


ロザリアが小さな声で何か言いかけた。


店長は何か言いかけて口を開けたが、ロザリアの方を向くとキッとして言った。


「お友達をしっかりしつけときな。危ないのは本人だからね。それから、マリリン本人!」


「はいッ?」


「あんた、最初はトークしないでいいから。給仕も禁止。無理して笑わなくていいから。黙ってカウンターの中で立っときな」


「……は……?」








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