第6話 みつけた

自邸に帰ると兄とドリュー様が心配そうに待っていた。


「どうだった?」


「とりあえず明日から来てって言われましたわ」


二人はほっとしたらしかった。


「ええとあの、実はあのカフェ、プチ・アンジェは美人ぞろいで有名なんだ」


「えっ! そうだったんですか?」


「うん。面接前に先に言うと、緊張するだろ」


いや、先に言っといてほしかった。


「落ちると思っててさ」


ドリュー様が言い出した。


「落ちた時、基準が美人だけだって知ったら、さらに落ち込むと……」


「あのう、ロイ様もドリュー様も目は確かですか?」


ロザリアがなぜか目を怒らせて尋ねた。


「一発合格でしたよ。私の方はじろじろ見られましたけど。実は私が心配だったんです。シシリー様のことは心配していなかったけど」


兄とドリュー様はロザリアを見た。


「確かにロザリアの化粧はすごい。シシリーを見間違えたくらいだ」


「でも、ロザリアの方がかわいいよね?」


「比べないでください! 傷つくから!」


ロザリアが怒鳴った。うんうん。同感だ。


だが、ロザリアは私たち三人をジロリと睨んで宣言した。


「違いますよ。シシリー様はこれから化けますよ? 今は全く似合わない、かわいい系のお化粧してますけど、あのカフェの店長、絶対見抜いて本来の姿に変えさせると思います」


ロザリアが悔しそうだった。


「あの女、目は確かですからね。私にはわかります。それを何とか阻止しないと! 本来の姿の方が美人度は上がるので、ダドリー様でもどいつもこいつも釣り放題になると思いますけど、ダドリー様が本来の姿の方を好きになってしまったら、婚約破棄してくれないかもしれませんからね。ヤバいっすわ。策を練ります!」


ロザリアは訳のわからないことを言い出した。


「俺たち、客になっていこうか?」


ドリュー様が突然言い出した。


「俺、ピンクブロンド大好きって言うわ。そしたら、店長も印象変えろって言わないんじゃない?」


「お願いしますわ」


私は猛烈に不安だった。


しゃべるなって言われてしまった。さすが歴戦の店長。口下手なのが一瞬で見抜かれた。なんだかごひいきのお客様がつかないといけないシステムらしい。偽客大歓迎ですわ!



そして翌日。


私は所在なさげに店内のカウンターに突っ立っていた。


ロザリアはコマのようにくるくると働いている。


「コーヒー、お代わり!」


「ただいま!」


「ロザリアちゃんていうの? かわいー。ここに座んない?」


「ごめんなさぁい。今日が初日なんです。仕事覚えなきゃ。また呼んでくださいぃ」


「残念ッ」


返事が素早いうえに、甘ったるい。ほう。あれがヤベエ構文か。


一方の私は、何もするなと言われていた。なぜだろう。お茶くらいなら淹れられると思うんだけど。

ほかの店員の視線が冷たい。やっぱり働いて、役に立ちたいわ。ここで、遊んでいたら、そりゃあ他の方たちも腹が立つと思うの。


「ダメ。ここにいなさい」


そわそわしていると、たまにしか巡回しない店長に見つかり、じっとしているように注意された。


「でも、早く仕事を覚えたいので……」


店長が何かすさまじい感じにニヤリと笑った。


「あなた、バカね」


「え?」


私、バカだったの?


「何も感じないの?」


店長は、長キセルでずらーっと満席のカフェの席を指した。私は、カフェ店員として観察力を発揮させるべき瞬間だと緊張した。


「ええと。お代わりが必要そうな席ですか?」


「違うわよ。視線よ視線」


視線……。


それは言われてみれば、突っ立っているのが嫌な理由の一つだった。


ジーッと見てくる人が多いんだもの。うつむきたくなる。でも、窓の外を見ているようにって、最初に注意されたのです。うつむいてはダメって。


「本当にきれいな子だこと。ピンクブロンドが実に似合わないわ。黒髪だったらいいのに。もっと人気が出るわ」


「人気?」


「初めて見る女の子だから、みんな興味があるのよ。いいこと? 美人は立っているだけでいいの。それだけで客が呼べるから。誰か一人だけと仲良くしちゃだめよ。あなたはみんなのものなの」


「あのっ、それ困りますっ」


「どうして? 立っているだけでいいのよ? それでお給料がもらえるのよ?」


違います。私の背中には莫大な持参金がかかっているんです。ここの給料どころじゃありません。

みんなのものになってしまったら、ダドリー様の執着心を買えません。


店長はため息をついた。


「そりゃあなたの気持ちもわかるわ」


え? わかるんですか? ウチの男爵家の事情が? 神通力の持ち主みたいな人だな。


「ここの学生には金持ちの息子も多いわ。うまくいけば、宝石やドレスも買ってもらえるかもしれない。だけど、そんなことができるのはほんの一握りのお金持ちだけ。そういう人たちには、家の事情で婚約者がいることが多い。愛人になるのがせいぜいよ。万が一、婚約破棄してあなたを正妻にするだなんて言い出しても、世の中は許さないわ。貴族の坊っちゃまが悪くても、平民のあなたが悪いことにされるのよ。圧倒的に不利で危険よ。この店もね」


ですから! それ、望むところです。婚約者、私だし。


「そんなにお抱え愛人になりたいの?」


「えーっと、お抱え愛人って何ですか?」


店長は黙った。


「つまり、貴族の正式な専属愛人になるって意味よ。知らないの?」


知らなかったわー。


「じゃあなんでここで働きたいのよ? 金持ちそうな学生と近づきたいんじゃないの?」


もっと近づきたいです! ダドリー様は貧乏学生だけど。


って言っても分からないだろうなあ……。


「でも、ほら、他の人たちが一生懸命働いているのを見るといたたまれなくて。嫌われると思うんです」


「店長のあたしがいいって言ってるのにかい? ほらご覧。じっと見つめてるよ、あのタチの悪い男」


一人だけで座っている、何とも平凡な顔立ちの男がこちらを飽きもせず見ていた。


「ダドリー・ダドリー。ダドリー侯爵家の跡取り息子だ。家柄は最高だが、本人は最低だ。要注意人物だよ」


「あっ」


みつけた。



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