第4話 カツラと化粧で大変身

情報収集に出かけた兄が深刻な顔をして、私とロザリアに報告した。


「あのダドリーの趣味を探ったんだ。まあ、俺が近づくわけにはいかないから、ドリューを使ったんだけどね」


「それでどうでしたの?」


「あいつ、クズだな」


私たちはため息をついた。


「ブスで陰気臭い婚約者なんか、絶対に嫌だって言うんだ」


「……まあ、当たってますけど」


「何言ってるんですか、お嬢様!」


ロザリアがフォローしてくれる。


「とにかく、それでも絶対に結婚するって言うんだ。金は大問題だって」


お金か。


「そんな妻は、屋敷の奥にでも閉じ込めておくって言うんだ。生涯の不幸だとも言ってたよ。でも、結婚するって」


ロザリアと私は顔を見合わせた。


「それで、女性の趣味は聞いてくださったんですか?」


私は聞いた。


「可愛らしくて、素直で、少しバカなくらいで、背が低くて、ぽっちゃりなくらいの方がいいそうだ。ぽっちゃりっていうか、胸が大きい女が好みだそうだ」


私はガッカリした。私は背が高くて、痩せていて、胸が大きいとはとてもいえない。可愛らしいとは誰も言わないと思う。


「あと、ピンクブロンドやストロベリーブロンドが好きだって」


私は黒髪だ。


「誘惑するなんて絶対無理」


私はため息をついた。ロザリアはびっくり仰天した。


「え? あのダドリー様と結婚したかったんですか?」


「あ、あら、違うの」


そうだった。ロザリアにはなんの説明もしていなかった。でも、考えたら、ロザリアこそ、絶対味方に引き入れるべき人物だ。


私よりずっと世慣れていて、経験も豊富だ。ドレスメーカー勤めなら、病気の母の看病で、家からほぼ出たことのない私より、よっぽど社交界に通じているに違いない。


私は兄と、目と目で相談した。


むしろ、ロザリアが反対したら、別の方法を探すべきかもしれない。


「実は……」


私たちは、渋〜い顔をしながら、婚約破棄計画をロザリアに披露した。


ロザリアは、目をまん丸にしながら黙って聞いていたが、話が全部終わると、ほおおおおおっと言った。


きっと馬鹿にされるわ。

……と思ったのだけれど、ロザリアは言った。


「カツラ被るとイメージすっごく変わりますよ!」


え? え?


ロザリアの目がキラキラしている。


「お嬢様、イケますわ!」


「イケる? とは?」


コホンとロザリアは咳払いした。


「お嬢様はダドリー様の顔を知らないのですね?」


「ええ。なんだか肖像画はもらったけど」


「こっちからも送ったよ。だけど母上が……」


「どうなさったのですか?」


「とっても小さいのを送ったんだ。顔立ちがわからない方が有利だって言って」


ロザリアがあきれた。


「相手もよくそれで承知しましたね」


「逆にすごくみっともないに違いないって、納得されてしまったらしい」


「でもつまり、それって、向こうはお嬢様の顔を全然知らないってことですよね?」


私たちはうなずいた。


ロザリアが人が悪そうにニヤリとした。


「やりましょう。その作戦」


私たちは息をのんだ。


正直、うまくいくとは思っていなかった。何をどうしたらいいのかわからなかったからだ。


「ダドリー様は普段は学校ですわよね? どこに接点があるでしょうね。どこか遊びに行くとか、競馬が趣味とか、何かございません?」


「あいつの女の趣味なんか、婚約者の兄の俺が聞きだすわけにはいかないので、ドリューが聞いてくれた」


「割と細かい趣味でしたね? 想像であそこまで細かいのはちょっとないと思います。実際に好きな方がおられるか、女優や歌手の絵姿でも集めてらっしゃるなら、真似をすればいいと思うのですが」


兄が頭を掻きむしった。


「そうなんだ。最近はやっている学生向けのカフェに気に入った女子店員がいるらしくて、その子のことらしいんだ」


「どういう店ですか?」


私には見当がつかなかったけれど、ロザリアは心当たりがあるらしく尋ねた。


「男子学生がコーヒーやジュースを飲みに行くところだ。学校の近くにいくつかある。カードやダーツもできる。女の子もいる。給仕だ。お酒を出す店に出入りすると停学になるので、コーヒーどまりなんだ。女の子にも深入りすると停学になる。停学にならないように気を使ってくれる店なんで、親たちも黙認してる」


兄は情けなさそうな顔をした。


「ふつう婚約者がいるような男は絶対に行かない。ところがダドリーは逆に婚約者がいるからという理由で堂々と出入りしているんだ」


「どういう理屈なのでしょう?」


「もう結婚は決まっている。お金も手に入る。その代わり、人生は無茶苦茶だと言うのが言い分なんだ。妻には期待できない。代わりが必要だ」


「あら、ほんと、代わりが必要ですわ。このお嬢様のことをそんなに舐め腐るなんて」


舐め腐る?


「ロイ様、偵察に参りましょう!」


ロザリアが提案した。


「でも、あの店に入れるのは男ばかりだぞ?」


「外から観察しますわ。ロイ様は出来ればお友達とでも連れ立って、そのダドリ―様お気に入りの娘を何とか窓際のお席にでも連れ出してくださいませ」


兄は不器用だ。こんな時に兄の親友のドリューは本当に役に立つ。


何だかよくわからないうちに、テラス席にその三人は座っていた。外からもよく見える。


「なるほど。ピンクブロンドのかわいらしい風な娘ですわね」


ロザリアが手厳しく言った。


「胸は詰め物、頭はカツラですわ。あんな色の髪はありません。顔は……お嬢様の方が百倍キレイです」


「それはないと思うわ」


私は弱々しく答えた。その娘は兄の腕に馴れ馴れしく触れ、ドリューには満面の笑顔を振りまいていた。

あの真似は無理だと思う。


「大丈夫ですわ! このロザリアにお任せくださいませ!」



しばらくすると兄とドリュー様が戻ってきた。


二人ともかなり疲れた様子だった。


「ダドリーがあの娘を好きだって言うんだったら、相当女の趣味が悪いと思う」


ドリュー様がきっぱり言った。


「マリリンっていうんだそうだ。マリリン・マルソー。十八歳だって」


「話の中身がちょっと。なんでもほめてくれるけど、ずれてる気がする。年は絶対もっと上だよ。」


兄は妙なところにこだわった。だけど、なんにしろ、私にあの真似はできない。


「無理な気がする……」


「何を言っているんだ。我が家の存亡はお前の演技力にかかっている」


「お嬢様の幸せは、お嬢様の演技力次第ですわ! 私は準備をしてまいります。ドリュー様をお借りしますわ」


ドリュー様はびっくりした。


「え? 俺? 何の関係があるの?」


「お兄様のロイ様は婚約者の兄なのでマズいのですわ。ドリュー様ならただのもの好きで通りますから」


「何の話なの? どうしたらいいの}


そして、三日後には万端準備整っていた。


「ピンクブロンドのカツラ。こちらは町娘のドレスですわっ」


私の覚悟以外は。



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