第3話 ロザリア、参戦!

ダドリ―侯爵家のご子息は、正式名称をジョン・ダドリー・グラハム・ダドリーというそうである。


「ダドリー・ダドリーと呼ばれてる」


兄が言うと、ドリューも言った。


「本人は嫌がっているけどね」


ドリュー様はニヤッと笑った。


「あいつに一泡吹かせるってわけだな。まずは、あいつの女の趣味を偵察してきてやろう」


男性二人は張り切って出かけてしまった。

ダドリー様がそんな趣味だったとしても、絶対にご希望には添いかねると思うんだけど。不安。

超絶美女とか発注されたら、本気でどうしよう。


入れ替わるようにロザリアという名前の侍女が、マーガレット大伯母様の紹介でやってきた。背は低く赤毛でかわいい顔をしているが、私より三つほど年上だそうだ。


彼女も私の様子には目を見張った。ブス子ちゃんだもんね。自然と下を向いてしまった。


「あの、お嬢様。お化粧なさったことってあります? 眉を整えたり?」


私はいいえと答えた。


「お召し物は? どんなものを?」


彼女は私のクローゼットを確認して、今着ているドレスを見てから尋ねた。


「あのう、お召し物は? これだけですか?」


そこへ私付きの侍女のカザリンが現れた。居丈高な様子で、顎が上がっている。


「あなたがあのマーガレット夫人様が寄越した侍女ね。こちらへいらっしゃい。当家のしきたりをお教えしますわ」


こりゃダメだ。カザリンはロザリアを自分の手下にしたいのだろう。


「今、相談しているところなの。後にして」


「お嬢様!」


カザリンは高圧的だ。


「大丈夫でございますよ、お嬢様」


ロザリアは余裕で一緒に出て行ったが、私はヤキモキして待った。

カザリンはせっかく来てくれたロザリアを、自分流に教育しようと思っているに違いない。そんなことされたら、せっかく外から常識が来てくれたのに、台無しになる。


ものすごーく長く思われたが、しばらくすると、ニコニコしながらロザリアだけが戻ってきた。


「どう? どうなったの?」


「大伯母様のマーガレット様からのお言いつけがございまして」


ケロッとした表情でロザリアは答えた。


「カザリン様はお母さまのご実家の侯爵家で働かれることとなりました」


「え? 絶対嫌がると思うけど」


「こちらは男爵家、あちらは侯爵家でございます。さらに、お嬢様がお嫁ぎあそばされるのは同格の侯爵家。お嫁入りの時のお付きの侍女として、男爵家の使用人では不十分だろうから、侯爵家で礼儀作法をみっちり学びなおせと」


「礼儀作法についてはプライドの塊みたいなカザリンが、よく承知したわね!」


「でも、箔をつけてこいと言われたのですよ。少なくともこの家は男爵家ですからね」


むーん。わからないけど、とりあえず父も加勢してくれたらしい。我流ではいけないと。


「でも、嫁入り先にまでカザリンが付いてくるのは嫌だわ」


「大丈夫でございますよ。お母さまのご実家の侯爵家が、シシリー様のご結婚を歓迎してらっしゃると思いますか?」


それは考えたことがなかった。


「どうなのかしら?」


「大反対に決まってます。これまでだって、お母さまがこの家のお金を横流ししてらしたんです。それで暮らしていたのに、亡くなられてからはそれもなくなり、お嬢様がダドリー家に一方的に有利な結婚をなされば、お母さまのご実家の侯爵家は干上がります」


私はびっくりした。


「お母さまが、お金を流していたなんて知らなかったわ」


そりゃお嬢様はそんなことご存知ないでしょうとロザリアは鼻を鳴らしたが、話を続けた。


「唯一の金ヅルのこちらのお家が傾くようなマネをしでかしたのですよ? その忠実な子分です。どんなふうに歓迎されるか見ものですわ。お嬢様を教育する教師になるために遣わされたと思ってらっしゃるでしょうけど、教育され直すのはカザリン様の方ですわ」


……しかし。

むしろ、ロザリアが、マーガレット大伯母様の家の侍女とは思えない的確な……というか庶民的な言葉の使い方だけど……金ヅルとか、子分とか?


「ホホホ。あら、バレましたわね。私、ハリソン商会の者なんです。侯爵家の侍女ではありません」


ロザリアはちょっと頬を赤らめながら言った。


「ハリソン商会?」


それは有名な、最先端のドレスメーカーだった。

貴婦人の宮廷用ドレスも作るが、舞台衣装も作る幅の広いドレスメーカーだ。


「さすがはお嬢様。私の化けの皮をあっという間に見抜いておしまいになるだなんて!」


「あら、まあ、嬉しいわ!」


私は叫んだ。


ハリソン商会なら、絶対に地味すぎドレスは作らない! 私は大歓迎だ。流行のドレスがやっと着られるわ!


「そう言っていただけるなんて、嬉しいです。確かにねえ……」


ロザリアはクローゼットの中の私のドレスを見回した。


見渡す限り、茶色、紺、濁ったようなオレンジ、濃緑色のオンパレードである。


「こんな縞模様のドレスなんて誰が作ったんでしょうね……」

灰色と濃緑色が同じ幅で縞になっていて、毛糸で編まれた薄茶色の小さな花が不規則に縫い付けられていた。ゴミがいっぱいついているように見える。


「母は、若い娘らしい華やかな衣装だって言ってましたわ」


「こ、れ、が!」


この時のロザリアの口調は再現できない。

見下げ果てたと言うか、バカにしきったというか。


でも、私は愉快になってきた。味方を見つけたような気がする。

だって、私もそんなドレス嫌だったんだもん。


「私には派手すぎるからという理由で着たことがなかったの」


「派手すぎる……ですか」


「そんなゴミがついてるようなドレス、嫌ですわ。それに色味が気に入らなかったの」


「もちろんでございますとも!」


私たちは、クローゼットの中のドレスを移動させて、新しいドレスの発注に夢中になった。


「お嬢様は元が整ってらっしゃいますもの。お化粧なさったら素晴らしい美人になりますわ」


ロザリアは言ってくれたが、私は曖昧に微笑んだ。


カザリンと母は、いつも言っていた。使用人は褒めるのがお仕事。社交界に出たら、相手を腐すのは愚の骨頂。褒められたからって、まともに取るのは愚か者と。


「あなたはかわいそう。こんな顔に生まれてきて」


それは母の口癖だった。ため息をつきながら、悲しそうに何度も何度も繰り返していた。いつもカザリンも一緒に悲しそうにうつむいていた。


だから、私はロザリンの調子のいい言葉には騙されない。ドレスメーカーはドレスを売らなきゃいけないしね!


でも、新しいドレスは大歓迎!


「似合うドレスを見つけたいわ」


せめて少しはマシに見えるものを!

だって、これからが大変なんですもの。

私のこの顔で、婚約者を振り向かせるだなんてどう考えても無理!


「お化粧で化けられないかしら?」


私は真剣にロザリアに相談した。


ロザリアは大きく目を見開いた。


「化けるなんてものじゃございません。大輪の花を咲かせて見せますよ」

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