第25話 涙
清水は署に戻り覚せい剤等を隠し持っていたと言う事実を踏まえて道源廣輔と取調室で対峙した。
「なぁ道源はん、荒岩会長を逮捕したで」清水が言うと道源は不貞腐れた顔をする。
「何言ってんのよ。俺にそんな奴関係ねぇよ」
「ほー、覚せい剤に大麻、あんなにぎょうさん隠しよってからに今更何を知らない言わはりますのや」
清水が言うと道源の表情がちょっと変わってきた。
「あんたに事務室と別棟の鍵借りたやろ? 忘れたんか?」清水が言う。
「あぁそうだったな」道源の顔から力が抜けて行くのが分かった。
「事務室にな覚せい剤が二百五十キロ、別棟に大麻が末端価格で四、五千万円ほどになる量がおましたで」
道源の顔が失望の色に染まる。
「な、なんで俺の家を捜査したんだ?」
「由利がな自室に覚せい剤持ってたんよ。でな、たまたますすきので荒岩鬼成会の組員が同じ薬売ってたんや、それで由利も山脇も組員って分かってな、山脇の名からあんたの家にも良く行ってるんで……ちゅうこっちゃ。諦めついたか?」
「くそーっ! 結局、あの若造が命とりか……ぶっ殺してやる!」道源が自分のやったことを棚に上げて、しょーのない。
「破滅したのはあんさんだけじゃのうて、荒岩惣五郎の鬼成会も破綻や。あんたや山脇に由利はんは務所から出て来はったら、組の連中は黙っておられへんちゃうか? どじ踏んだんやから指の二、三本スパっと行くんやおまへんか?」清水はそう言って道源を脅すと顔色を失って震え出した。
その様子をみてから、清水は尋問を始めた。
「花華屋乗っ取りは誰が言い出したんや?」
「由利だ。あいつは組で偉くなりたがってて、全国に店を持つ花屋に目を付けそこの娘に手を出したって訳だ」
道源は清水の予想以上に脅しが効いて訊きもしないことまでぺらぺら喋る。
「せやけど、娘や親を殺さいでもえぇ思うんやけど?」
「バカそれじゃ会社を自由に出来ないだろうが」
「そやろか、由利が結婚したら、荷物の配送を担当したらえぇだけちゃうの?」
「全国の店にも組の息かかった奴を置く必要もあるし、それ以外にも色々な、一応は考えたんだよ」
「もう一つ、あんさんと山脇はんはどういう関係なんや?」
一瞬、道源は苦い顔をするが、それでも口を開いた。
「山脇の前に荒岩と俺の関係が分かればそれは自然に分かるだろうぜ」
「じゃ、それから話して」
「あぁ、俺は若い頃親父がやってた今の商売のお陰で裕福でな、毎日すすきので遊んでて、ある日ちょっとしたことでチンピラと喧嘩になったんだ。五人ほどの奴らに危うく刺されそうになってよ、そこを、今の荒岩の親父があっという間に叩きのめしてくれたんだ。
まぁそう言う義理があって、その親父からヤクの保管を頼まれた時、一も二も無く引き受けたって訳さ。その時には俺の親父は死んでたから俺が自由に建物を使えたんだ。その後、荒岩の親父がたまたま奈犬振村に寄った時、裏の使ってない建物を見つけて大麻をやろうって言って、俺はやり方知らないし出来ないと言ったら山脇を寄越したのさ。そう言う事。それで全部分かっただろう?」
「ふむ、札幌の山脇の倉庫にあんさんは関係ないのんか?」
「ははは、まさか、山脇があんな倉庫もてるはずないだろう。登記簿見てないな? あれは全部俺の所有物だ。山脇が家に来てから、ヤクの管理だけじゃなくて何かしたいって言うから、じゃ雇われでも社長やるかって訊いたらやらせてくれって言うから名前を山脇倉庫に変えて、奴を社長にしてやったんだよ」
「なるほどでんな、これですっきりしましたわ」
これで裏取れたら立件まで行ける。清水はしてやったりと心の中でガッツポーズを作った。
「こんだけ喋ったんだから罪を軽くしてくれや」道源は身の程も知らずに言う。
「ふふふ、自分の奥さんを刺し殺そうとするし、一生刑務所ん中で反省するんやな」
清水は冷たく言って部屋を出ようとすると「あいつは、死んだのか?」
道源が訊いてきた。
「初めてやな、奥さんのこと訊くの。自分の事しか考えておらんのやな。奥さん可哀そうやわ。……重症やけど生きとる」
清水はその足で山脇の取調室に入って「ちょっとだけ代わってや」
そう言って山脇と対峙した。
清水は道源の話を伏せたまま、話を訊いた。
……
山脇はヤクについて大筋で道源と同じ話をした。
ただ、山脇も若い頃やんちゃをしてすすきので喧嘩をし危ういところを先代の荒岩に救われたと言った。それを機に山脇が組員にしてくれと頼んだらしい。
清水は荒岩は若いやんちゃな奴に義理を売って組員を増やしていくというやり方をしていたんだと気が付いた。
さらに、ひょっとして喧嘩の相手のチンピラも荒岩の息のかかった奴かも知れないなとまで考えが及ぶと、さすが暴力団、腹黒い事この上ないと苦々しく思った。
翌日、清水は大門山刑事を連れて興備家を訪れた。
「では、道源廣輔と山脇勝郎と由利大樹の三人は……」警部はそう言って言葉を切り、真世に目を走らせた。
真世は恋人の名前がどうして出てくるのか分からないのだろう目を丸くしている。
「その三人は、花華屋を乗っ取る計画を立てていました」
「えーーーっ!」大声で真世が叫んだ。「どうして大樹がそんなことを……」
「由利が真世さんと出おうたのは計画的やと考えとります。実は、由利はんは荒岩鬼成会と言う暴力団の組員で、偉くなりとうて荒岩鬼成会が扱う覚せい剤と大麻の販売ルートを拡大するために花華屋はんを利用しようとしたんですわ」
「えーーーっ! そんなぁ、大樹が暴力団員だなんて……そんな悪いことにお店を利用しようとしてたなんて……どうしよう……私何にも知らずに、お父さんお母さんごめんなさい……」
真世が泣き崩れてしまった。
紗世も真世の肩を抱いているが、掛ける言葉が見当たらないようだ。
お母さんは口に手を当て呆然としている。
お父さんは天を仰いで頻りにかぶりを振っている。
「まだおますのや、聞いとくれやす」清水が言うと四人は涙を溢れさせながらもそろそろと真世を抱きかかえソファに座り直した。
「紗世さん、気ぃをしっかりな」清水はそう言っておいて「実は、……」と話を続けた。
紗世は今度は自分の名前を言われ驚いた顔をして清水を見詰める。
「実は、その暴力団へは覚せい剤を隠し持っているんやなかて何年も前から何回も家ん中を調べに入とったんやけど、見つからのうて困ってたんどす。それが今回の誘拐事件で、由利と山脇の名前が出て、奈犬振村の道源宅を調べたんです。ほしたら、紗世はん、お家に事務室っておましたやろ?」
「えぇ、私は絶対中へ入るなと言われてました」紗世が答える。
「そうするはずやわ、そこに二百五十キロもの覚せい剤を隠してましたんや。末端価格でな百五十五億円やそうですわ。えらい金額ですやろ。さらに、家の裏に別棟おましたやろ」
「えぇいつも鍵掛かってて入ったことないし、何か変な臭いもするんで近寄りませんでしたけど……」紗世は怖いものに恐る恐る触れるように怯えた声で言った。
「そこで大麻を育てておましたんや。臭いは大麻特有のものでした。つまりな、紗世はん、道源のお父さんは暴力団の組員ではないけど、暴力団がお金を儲けるための大事な役割を果たしていたっちゅうこってす。山脇はその暴力団の組員でした。覚せい剤の管理と大麻を育てるのが役目だったんどすな。それにお父さんの監視役も兼ねてたんやないかと思うとります。で、由利とは親子の関係でした」
「えーーっ! 大樹が山脇おじさんの子供? でも、苗字が違うけど……」真世は信じられないといった顔をしている。
「山脇はんの別れた奥さんの旧姓が由利なんですわ。それで、……」清水が答えて真世は納得したみたいだった。
よほどのショックなのだろうその後は誰も言葉を発しなかった。
しばしの沈黙の後、紗世が口を開いた。
「じゃ、お姉ちゃんが由利と結婚してたら、お父さんもお母さんも私も殺され家を乗っ取られたんですね。私が道源のお父さんに刺されそうになったのもそれが理由なんですね」
「えぇ、紗世はんが由利たちのやることに反対しよったら面倒だと考えたんやろうな」
「そうしたら、お父さん達が私を見つけてくれなかったら、……考えただけでも恐ろしい……私が殺される理由がやっと納得できたわ」紗世が言う。
「そやけど道源のお母さん泰子はんはな、綾乃はんを殺すのに大層反対しよった言うとりましたで。十六年前身代金を奪ってすぐ紗世はんを殺すと言うのを泰子はんがえろう頑張って反対し、それで名前を綾乃にして医師を脅して出生証明まで偽造して泰子の子ぉとしたようやわ」清水が言う。
「そう、道源のお母さんがいなかったら私殺されてたんだ」紗世はそう言って悲しそうな顔をし涙を零す。
「それで二組もかぁ……」お母さんは眉を吊り上げて怒っている。その怒りが余りに強く涙を溢れさせている。
「へぇ、でもな失敗しよって、業を煮やしてもうた道源と山脇が興備宅へ強盗を装って押入り紗世はんとご両親を殺そ思ったんどす。それが今回の強盗事件の真相でおます」
「真世、大丈夫?」お母さんが声をかけた。
真世は頷いたがぼろぼろと涙を流しっぱなしだ。
紗世はどう言って良いものか分からず「お姉ちゃん……」とだけ言って抱きついた。
真世は紗世にしがみついて、声を上げて泣き出した。
夜、清水が自席でコーヒーを啜っているところへまる暴の富田課長がやってきた。
「警部、今回はほんとに世話になった。荒岩のとこの幹部を逮捕した。これで組を解散に追い込める」
いつも渋面の課長が満面の笑顔で言った。余程嬉しいのだろう。
「そう言えば、宗谷岬沖の取引はどないなりました?」
「おぉ、そっちも海保の協力を得てロシアのマフィアも一緒に確保した。あそこに書いてあった通りの量の覚せい剤も押収したよ。道源宅のを加えたら百二十万回分以上の量になるんだ。これで身を破滅させる奴が幾らかは少なくなるだろうよ」
「そやなぁ、今年は幸先よろしおますなぁ」
清水が言うと「これはほんのお礼だ受取ってくれ」課長が紙袋を渡してくれた。
「なんやろ。お菓子かいな?」
清水がそう言って中を見ると某有名店のチョコレートだった。
「課長、これは旅行者が良くお土産に買うやつやおまへんか?」清水が笑顔で言った。
「嫌か? だったら持って帰る」課長はちょっと面白くない顔をする。
「まぁまぁ、課長そないに拗ねた顔せーへんでも、良い歳してからに、ありがとぅ頂戴致しますがな。自分らで買う事あまりないさかいみな喜ぶよって、おぉきにありがとさんでした」
礼を言われて課長は嬉しそうに手を振って戻って行った。
「みなはん、富田課長が珍しくお礼やて。食べよし」
清水はそう言って窓際に置いてある長テーブルの上に箱を開けて置いた。
若い刑事からテーブルに群がってきて明るい笑顔で貪りだした。
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