第23話 暴力団

 由利大樹を泳がせて一週間目、別の捜査班がすすきので覚せい剤の取引現場を急襲し押さえた。

売り手は札幌の暴力団荒岩鬼成会の組員だった。

それを機に組事務所に家宅捜査に入ると言うので清水警部以下の刑事も応援を頼まれた。

すすきのの外れにある四階建てのビル全部が組の所有で、四階に会長の荒岩惣五郎(あらいわ・そうごろう)六十五歳の自宅がある。妻と子供がふたりいる。

五十名ほどの捜査員が一気に入る。

 抵抗する組員が次々に逮捕されそれ用の大型バスはあっという間に満席になった。

道警まる暴対策課長の富田孝輔(とみた・こうすけ)が三階の会長室にある応接用のソファで会長の荒岩惣五郎と対峙した。

同課の飯田橋織之(いいだばし・おりゆき)警部が同席し、清水も同席するよう指示され大人しく一番端に座っていた。

会長の背後には五人ほどのそれと分かる若者が腕組をして我々三人を睨みつけている。

富田課長は何回もここを訪れていて荒岩会長とも面識はある。

飯田橋警部も同じで清水だけが初顔合わせだった。

「課長もご苦労なこった。どうせ何にも出ないのによ」荒岩会長が嫌味っぽい言い方をした。

「ははは、そうなんですがねぇ、お宅の若いもんがヤクなんてものをすすきので売りさばいたりするから、こっちもしょうがないんですよ。お宅らが売るのを止めてさえくれたら、わたしもこんなむさ苦しいとこへ来なくっても済むんですがねぇ」課長も負けじと嫌味たっぷりに言った。

会長の後ろの若い連中が殺気だった顔をして一歩前へ出てくる。

会長はそれを制止し「確か、去年も来ましたよな。それと三年前に五年前か、そんだけ来てて何ひとつ見つけられないんだから、道警も大したことねぇな」ソファにふんぞり返って課長を見下すようにしている。

「よほど上手いとこに隠してんだろうなぁ、今度、組員の自宅や親類の家、車、そんなとこも探させて下さいや」課長はそう言いながら会長の表情を見ている。

まったく表情を変えない会長に「後……そうだなぁ誰かが借りてる別荘とか、ほかに探して欲しいとこありますか? 会長さん」

清水は課長が「別荘」と言った時だけ会長の目が一瞬動いた気がした。

「ははは、課長も焼きが回ったな俺にそんな事聞いてよ」会長は笑ったが顔の筋肉に力が入っている。

「ははは、会長、ろうとるは重い荷物は持たれんから、軽ぅしたら良いんじゃないの?」

課長が言うと「何っ!」若いのがひとり課長の横に来てナイフを取り出そうとした。

清水はさっと立ってソファの後ろを回って若い男の顔を殴りつけた。

「止めよし! 逮捕されたいんか?」清水が四人の若者が懐に手を入れるのを見て怒鳴る。

殴られた男は少し離れた会長の机の前までぶっ飛ばされて呻き声を上げている。

「これこれ、清水、若い子にそんな乱暴しちゃ可愛そうだ」課長はしれっとして会長に目を向けたまま言った。

「済まんこってす。ナイフを出しよったんで、つい……」清水は謝る演技をする。

「会長、今回初対面ですが、この清水警部はプロボクサーにスカウトされるくらいの腕前でね、当然、通常の警官が訓練している柔道、剣道もこなす人物なんで、気ぃつけて対応するよう組員に言い聞かせて下さいね。そこの四人、五人くらいじゃ一分も持たずにノックアウトだよ」課長はにやにやしながら言った。

清水は、課長がわざと若いやつを怒らせようとして言ったんだと気付いた。

「こらっ! 何時まで倒れとるんだ。たかが一発食らったくらいで」会長が怒鳴ると倒れていた若いのが起き上がって「会長、済みません」と言ったのだろうが、顎か頬の骨が折れてるのだろう言葉になっていないし、閉じることができなくなった口からだらだらと血を流している。

「おい、早くつれてけっ!」会長は面子を潰され苛立ったようだ。

それを見て課長は微笑んでいる。

「会長、お茶のひとつも出せないのかな?」と課長。

会長が何かを言う前に後ろに立っていた一人がさっと部屋を出ていった。

沈黙が流れる。

課長の顔を見るとこの緊張感のある沈黙を楽しんでいるようにさえ見えてしまう。

一方の会長は何かを考えている風だ。

仕返しをどうやるか考えているんだろう。

お茶が運ばれて来てからしばらくしてドアがノックされ「課長、出ませんでした」

その声を聞きいた課長はやおら立ち上がって「邪魔したな。また来る」

そう言ってドアに向かった。

 

 清水が署に戻ると「警部、先日荒岩鬼成会の組員が売った覚せい剤と由利が持っていたものと、成分が一致しました」と報告を受けた。

「どういうこっちゃ?」

清水が訊くと「つまり、由利は荒岩鬼成会の組員だってことですよ。じゃなきゃ買っただけってことになるけど、そんなバカなこと誰もしませんから」

「ほうか、それ確認してくるわ。まる暴の課長はんとこ寄ってく」

清水は階下に席のある富田課長を訪れ、事情を話した。

一緒に行くと言うので再度荒岩鬼成会へ向かう。

玄関を入るなり周りを囲まれる。

「会長に会わせろ!」課長が厳しい声を出すとひとりが階段を駆け上がって行った。

「どうぞ」若者が案内してくれた。

……

「何だまた来たのか。忘れもんか?」会長の機嫌は悪そうだ。

「へぇ、由利大樹ちゅうこちらの組員について訊きたいんやけど」

清水が言うと「あれ、お前京都人か?」と訊いて来る。

面倒なんで「へぇ」と答えた。

「由利がどうした? あっすすきので捕まったのあいつか?」と、会長。

「いぃえ、すすきので捕まりはったのんは別の組員はんどすけどな、由利はんがその組員はんと同じ成分の覚せい剤を隠し持っとったんでお訊きしやしたんどす。今の会長はんの言葉でようわかりました。由利はやっぱり組員どしたか。じゃ山脇勝郎ちゅう由利の身内も組員でっしゃろか?」清水が質す。

会長はちょっと渋い顔をして「いや、そんな爺は知らん」

「ほーどないして爺と知っとりますのん?」清水が突っ込む。

会長は言葉に詰まって「うるさい、訊きたいのはそれだけか? 忙しい帰ってくれっ!」

吐き捨てるように言って部屋を出ていった。

ふたりが座ったまま少し話をしていると、組員がぞろぞろ入ってきて「はよ帰れっ!」

「そないに脅さんくても帰りますがな。そうそう、骨砕かれた彼病院へ行かはったんかいな?」

清水が近くにいた若者に訊いた。

返事をしないのですぐ傍まで寄って顔をじっと見て「どうだったんかいな?」もう一度訊いた。

「行った。手術になって入院してる」顔を背けて言う。

「そーかぁ、悪いことしななぁ。会ったらあてがごめん言うてたと伝えてんか」

そう言い残して部屋をでた。

若いもんの数はいても、行く先を塞ぎも出来ずずるずる下がるばっかり、多少の荒事を覚悟していた清水は拍子抜けした。

 

 署に戻って清水は覚せい剤の隠し場所を思い描いた。

「組ビルには無かったよって、組員はんの家? そないな場所には隠されしまへんわなぁ。山脇の倉庫はどうや?」

「あぁ、あそこね、あり得るなぁ。段ボールだらけだから十分隠せる」倉庫へ聞取りに行ったことのある刑事が言った。

「よっしゃ、令状は?」

「はい、逮捕したときに取ってあります」と、大門山刑事。

 

 翌朝、清水は刑事を二十名ほど連れて山脇倉庫に向かった。

事務員を呼んで「この段ボールの山でな、何がどこにあるかどうやって知るんや?」

「はい、このパソコンで……」

事務員はパソコンでメニューを表示してくれた。

清水が「覚せい剤」で検索したがヒットしない。

「ふふ。当然だわね」清水はひとりごちる。

清水が考えていると「何をお探しですか?」事務員に訊かれた。

「いやー、覚せい剤なんやけど、恐らく別の名前で登録してはるやろなと思うんよね」

「はぁ、んー、多分なんですけど、段ボール箱に送付書とかきちっとしたもの貼ってないですよね?」

事務員は「覚せい剤」が何であるかを考えず検索ワードとしてしか理解していないのだろう、表情を変えず事務的な言い方で質問してきた。

清水が頷くと、事務員はパシャパシャとキーボードを叩いて一覧表を出した。

「これは?」

「はい、定例でない箱の一覧です」

「書かれてる品名と中身はおうてますのんかいな?」

「えぇそれは間違いないようにチェックしてますから」事務員は自信を持って答えているように見えた。

「へぇ以外に厳しいんやね」

「はい、誤配送とか、未配送とかトラブルになり兼ねないので、持ち込んだ人以外の倉庫の従業員がチェックすることになってます」清水はこの倉庫の従業員は組員では無いなと感じた。

「そーかー、……」

清水は見る限りらしきものはないが、サンプルとして二十箱くらい開けて中身を確認した。中身を書いた紙と中身は事務員が言ったようにすべて一致していた。

隠せそうな場所は全部チェックしたが無かった。

そこからさらに二時間ほどしつこく探したがダメだった。

 

 署に戻った清水は椅子に寄仕掛り万歳をした。

「警部、何やってんですか?」大門山刑事に訊かれた。

「へぇ、見ての通りや。バンザイやわ」清水は言って笑う。

「警部らしくないなぁ。諦めたんですか?」大門山刑事に突っ込まれた。

「そやかて、どこにも無いし……」

「じゃ、明日の朝までに全員でまだ探してない場所を考えてくることにしましょう。で、考えた人に警部がご褒美を出して本当にそこに有ったら焼肉を食べさせてくれるってのはどうです? みんな真剣にやると思いますけど……」大門山刑事がとんでもない提案をした。

「何バカの事言うて……」清水が言いかけてみんなに目を向けると全員頷いてる。

「えっ、えぇんか仕事にそないな賭け事みたいな……」

「良いと思います」全員の合唱する声が捜査課内に響いた。

「分かった。分かった。そのかわりあてが当てたら全員であてに焼肉ご馳走やで、えぇな」

清水は声を荒げて言ったが、頷いたのはぱらぱらしかいない。

「よっしゃ。じゃ今日はもう帰って、明日の朝、勝負やで!」

まだ、お陽さんは空高く輝いていたが、全員を帰した。

最近、休みもろくに取ってないからたまには良いかと思ったのだった。

 

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