第21話 警察が突入する

 ガシャーン、ガラスの割れる音が響いた。二階からも聞こえた。裏玄関の方からも聞こえた。

リビングのカーテンが開かれて盾と警棒を持った警官が怒涛のように雪崩れ込んで、一瞬で目出し帽の男らを床に組み伏せた。

裏口からも二階からも警官が雪崩れ込んできた。

刺された犯人の帽子が外される。

そこに現れた顔は道源のお母さんだった。

 

「お母さん、お母さん、どうしてお母さんが……」

 

紗世は倒れているお母さんの顔に顔を寄せて言った。何が何だかさっぱり分からなくなっていた。

「綾乃、ごめんね」お母さんが目だけ動かして紗世を見て消えそうな声で言った。

「あんたを守りたかったの、ごめんね……」お母さんはそう言って目を閉じてしまった。

「救急車ーっ!」誰かが叫んだ。

「お母さん、お母さん、……」紗世は道源のお母さんの身体を揺すって名前を呼び続けた。

しかし、反応は無かった。

「紗世っ、真世っ、母さん無事かっ!」呼ばれて紗世が立ち上がると、お父さんが三人を抱えた。

そう言うお父さんの腕から血が滴っている。

「お父さん怪我してる」紗世が言うとお母さんがさっと包帯と薬を持って来ててきぱきと包帯を巻いた。

「ゴッド?」

姿が見えないのでどうかしたのかと心配になって呼んだ。

鼻を鳴らして姿を見せたゴッドの身体を点検したが怪我は無いようだった。

お母さんから流れ出た血が床を濡らし始めていた。


手錠を掛けられた男二人の目出し帽をとると、現れたのはお父さんと山脇のおじさんだった。

紗世はふたりの顔を見た途端にパニックになった。

 

「お父さん? お父さん、何で私を殺そうとしたの? お母さんまで刺して、ねぇどうしてなの?」

 

紗世はお父さんん胸を力一杯叩いて叫んだがお父さんは顔を背けたまま返事を返してくれなかった。

そのままお父さんは腕を掴まれ刑事に連れて行かれた。

 

「お父さーん! なんでよーっ! うわーーぁーーん」

 

見えなくなったお父さんに力一杯叫んで、泣いた。力一杯泣かないと頭の中で何かが爆発しそうで怖くて、逃げたくて、こんなの現実じゃない! 夢よ、夢。最悪の夢……。

 

「うわぁーーん……」

 

救急車が到着して隊員が駆け込んできた。

道源のお母さんの身体を色々点検してうつ伏せのまま担架に乗せた。

紗世はお母さんとお姉ちゃん、お父さん。三人に抱きかかえられて泣いた。

道源のお母さんは警官に声を掛けられているけど返事をしてないみたいだった。

「お母さん? お母さん死んじゃったの?」紗世は抱きかかえられながら救急隊員に言った。

返事を貰えないままお母さんは運び出されて行ってしまった。

警官が何人かついて行った。

紗世は訳も分からず泣き続けた。頭の中がぐちゃぐちゃだった。

――なんで、お父さんにお母さんが、おじさんまでもが私を殺しにくるの? 憎いの? ……

 

 少し間があって、刑事に話しかけられた。

「ご家族は大丈夫でっか?」優しい京都弁の声だ。

「済んまへんなぁ、道源邸を張ってたら三人が黒ずくめで出掛けよったんで、急遽警官をぎょうさん集めて来たんどすが、ちょっと遅くなって危うくさせてしもうて済まんこってす」

「あのー、清水警部さんですか?」真世が訊いた。

「へぇそうどすけど、ようあてをご存じで、どっかでおうてましたやろか?」

「いえ、こないだ大門山刑事さんから、聞いたんです。鬼のような上司の話を……」

真世が済まなさそうに言うと「ほーでっか、帰ったら、首絞めときます。ふふふ」清水警部が笑顔で答えた。

「あのー、刺されたの私のお母さんなんだけど、大丈夫でしょうか?」紗世は道源のお母さんのことが気になってしようがなかった。

「へぇ、状態分かったら連絡きますよって、ほしたら教えまひょ」

 

 しばらくの間、紗世ら家族はダイニングに居てと言われ、コーヒーを淹れて飲んでいた。紗世の涙は止まらなかった。

――どうして? お父さんにお母さん、おじさんまでもが私を殺しに来たんだろう? ……

答えの出ない質問を繰り返し繰り返し紗世自身に投げかける。

 背中に鑑識と書かれた人達が大勢床に這いつくばったり写真撮ったり忙しそうにしている、割れたガラスの片付けもだ。

「そう言えば、裏口とか二階からも警官来てたけどドアとか窓とか壊して入って来たんだよね」と、真世。

「あぁそうだな。後で訊いてみよう。警察が弁償してくれるのかな?」お父さんが言う。

「まさか、私たちを助けるために壊したんだから家で直すんじゃないの?」お母さんは疲れ切った顔をして言った。

「お母さん大丈夫? なんか疲れてるみたいだけど……」

綾乃は強盗とのやり取りの間中ずっと極度の緊張があってお母さんも疲れたんだろうと思い至った。

そして庇ってくれた事を思い出した。

「そう言えばお母さんもお姉ちゃんも私を庇ってくれてありがとう」

「ふふふ、自然にそうなっただけよ。あんただって私を助けようとして突き飛ばしてくれたんじゃない」

真世が紗世の手を握って言った。

「だって、お姉ちゃんが刺されると思ったんだもん」紗世はそう言うと、あの情景がフラッシュバックして涙が滲んできた。

「だから、おんなじよ。でも、みんな大した怪我無くって良かった」真世も涙を浮かべて言う。

……

しばらくして清水警部に呼ばれてリビングに集まった。

「あの三人は強盗と傷害の罪で逮捕したよってご安心をな。それと道源のお母はんは一命を取り留めたゆうてきました、もう大丈夫やて。良ぉおましたなぁ」

清水警部に言われ紗世はホッとした。


「さて、興備はん。道源綾乃はん誘拐事件のことなんやけど、事情は分かっとります。分かっとりますが罪は罪どす。えぇやろか?」

清水警部が厳しい顔をしている。

紗世はここだ! 今ここでお父さんたちを助けないとと思って勇気を奮う。

 

「違います。誘拐されたというのは、二人組の男にです。身代金を要求したのもそのふたり、受取ったのもそのふたり。その時お父さんもお母さんも柱に縛られてました」

紗世は必死に訴えた。

そしてスマホを見せて「ここに二人組が身代金を奪うところを動画に撮ってますから見て下さい。お父さんやお母さんは関係ないんです」

「そやかて、いちはなだって、いや、最初に紗世はんを誘拐しはったのは興備のおふたりやろ?」

「いいえ、違います。それは私が車を停めて乗せてくださいと頼んだんです」紗世は強く言った。

「ほー、どないな訳でっしゃろ?」

「コンビニまで歩くのが面倒になっちゃって、たまたま通りかかった車を停めたんです」

清水警部は両親に目をやり「ほんまのこってすか?」

ふたりはしばし考えて「そうです」

「身代金のことはあの男に訊けばわかると思います」紗世ははっきり断じた。

「じゃ、お父さんはなんであないなとこ走っとったんですかいな?」

「それは紗世を取り返すためにです」

「ほなら、たまたまお父さんが取り返しに行こ思もうたら、紗世はんが車を停めて乗って来たちゅうことになりますな」

清水警部が言うとお父さんが認めた。

「そう言う風に神様が仕組んでくれたと感謝してます」

清水警部はそんな言葉を信じるほどお人よしではないだろうが、「まぁ、よろし。被害者が誘拐を認めない以上って言う事も有るし、何しろ被害者と加害者の仲が良すぎるくらい良いので……」

そう言って話を先へ進めた。

「でもな、お父さん、娘さんをなんぼ危険な目ぇに合わせてしもうたか分かってはりますか? ひょっとしたら命落としたかも知らへんのやで」

「はい、それは後悔してます。紗世には申し訳ないことをしたと思ってます」お父さんが唇を噛んで涙目になりながら言った。

お母さんも目頭を押さえている。

「ほいでな、お父さんとお母さんと紗世はんの髪の毛を一本ずつ頂けますか? 任意よって断らはっても結構なんやけど、それがあると、他人の子ぉを誘拐したんじゃなく、自分の子ぉを乗せたと言う証拠になるんやけどなぁ」いかにも思わせぶりに清水警部が言う。

真っ先に紗世は髪の毛を抜いた。お母さんとお父さんも続いた。そして夫々ティッシュに挟んでテーブルに置いた。

清水警部がそれに名前を書いてビニール袋に入れる。

「おぉきに、助かりますわ。で、次のお話は真世さんにも聞いて欲しいんです……その前におぶか何か頂けますか?」

「水ですか?」紗世が訊く。

「いえ、おぶ、……あっ、お茶のこってす」清水警部が言い直した。

「コーヒーでもどうです?」とお母さん。

「へぇそれならなお結構でおます。おぉきに」

「それにしても、強盗が入った後、通報もできないでいたのに、どうして警察が来てくれたんですか?」

お父さんが首を傾げながら訊いた。

「紗世はんとご夫妻を襲った男はんの証言からどうやら背後に指示役がいたようなんやわ。という事はな、まだ諦めておらへんかもしれないちゅうこっちゃ、それと京弥はんご夫妻が道源綾乃はんを誘拐した犯人らしいという事を掴んでおましたので逃亡を警戒して、と言う様な訳でずっと張り込でたんや。

そこへ道源宅に張り込んでいた刑事から、出掛けたと報告が来よって尾行させたら興備さん宅へ向かってるようだと言って来ましてな、万が一を考えてな手配をしたんですわ」

「そうなんですか、済みません。おかげで誰も怪我もせず助かりました。ありがとうございました」

お父さんがそう言ったところへ大門山刑事か駆け込んできた。そして清水警部に何やら耳打ちをしている。

「何やて、そないな……」

清水警部は顔色を変えて挨拶もそこそこに飛び出した。

「あっ話途中なのに……」真世は心配そうに言った。

 

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