第20話 強盗
紗世は、由利が真世に連れられて来た日のあたりから興備の家を監視してる人がいる様な気がしていた。
部屋の窓のカーテンの陰からそっと外を覗くと塀の向こうに人影がある。
真世を呼んで一緒に覗いてもやはりいる。
「ね、いるでしょう? また私狙われてるのかしら?」紗世が怖々訊く。
「そうねぇ、お父さんに相談しよう」
真世が言ってふたりでリビングへ行く。
「お父さんは?」
「仕事で本店へ行ったわよ。どうした?」お母さんが店の帳簿か何かを見ながら電卓を叩いている。
「あのー、塀の外に男のひとがこっちの様子を窺ってるみたいなの」紗世が訴えた。
「えーっ、ちょっと見てくる」ちょっと驚いた顔をしたお母さんが言うのと同時に立ち上がった。
そして、さささっと玄関を出て行ってしまった。紗世も真世も口を出す時間は一秒も無かった。
ふたりも互いに腕を掴み合いながら玄関を出て門に向かってそろそろと歩いていると、お母さんが戻って来た。
「どうだった?」真世が訊いた。
お母さんは「ふふふ、心配いらないわ、刑事さんだった。不審者が現れないか見張ってるんだって。今、コーヒーでもどうぞって言ってきたから来るわ」
「えーーっ、大胆ねぇお母さん、そのひと本当に刑事なの?」紗世は疑い深く訊いた。
「ふふふ、えぇ警察手帳確り見せて貰ったから、交代らしいけど今いるのは、大門山……なんと言ったかしら……えーーっとぉ……忘れちゃった。来たら訊いてみてよ」
お母さんはさっさと中へ入ってしまった。ふたりも慌てて後を追う。
少ししてピンポーン!
「はい、どうぞ」紗世が玄関を開けた。
「はっ、ありがとうございます。失礼します」
男の人が言った。多分大門山なんとかってひとだと思う。
リビングへ案内すると天塩さんがタイミングよくコーヒーを持って来た。
お母さんとお姉さんと紗世が並んで座り、大門山さんが向いにひとり座る。
何か恥ずかしそうにする大門山。
「あら、美女が目の前に三人もいたら大門山さん目のやり場に困るでしょう」
お母さんがそう言って大門山さんの隣へ移った。
「右のが、妹の紗世で左が姉の真世です。覚えて下さいね。ふふふ」お母さんが何故か気味悪く笑う。
「あっ、でもね真世には恋人が居ましてね。……紗世はフリーですのよ。ふふふ。大門山さんは?」
「はっ、自分はひとりです」
「あらそー」お母さんの言葉から紗世にお母さんの魂胆が見えた。
「お付き合いしてる方もいらっしゃらないの?」
「えっ、えぇ、まぁ」
「そう、そう言えばさっきお名前聞いたんですけど、私忘れちゃって、……」
「はい、大門山龍太郎と言います」
「あら、強そうなお名前ね。お仕事にぴったりね。ねぇ紗世、あんたもそう思うでしょう」
お母さんが紗世にウインクする。
「えっ、えぇ。でも、どうして家を警護してるんですか?」紗世は話題を変えたくて言った。
「はい、尾行してた奴が誰かに言われてやったらしいので、また別の人間が尾行とかあるいは別の方法で接近してくるかもしれないと上司に言われて……」
「はぁ随分優しいんですね。その上司の方」紗世が言うと大門山刑事は大きくかぶりを振って「いえいえ、とんでもない。鬼ですよ、鬼。京都弁使うので言葉自体は柔らかいんですが、言ってる内容はもう、酷いもんで……あっこれ内緒でお願いします」
可笑しくてみんなで大笑いした。
紗世はこの家に来て随分笑う事が多くなったなぁ……あっちのお母さん何してるかなぁ……
「あっ、紗世またあっちの家の事考えたでしょう」真世が言った。
「えっ、あっちって道源さんの?」大門山刑事が言うのを聞いて三人は固まった。
「知ってるの? ねぇ警察は知ってるの? でも、どうして捕まえに来ないの? ねぇ……」紗世は大門山刑事に迫った。何故だか涙が溢れてきた。
大門山刑事が困った顔をしているところへお父さんが帰ってきた。
「ただいまぁ」とお父さんが言うのと同じタイミグで「あっ余計なことを、自分、失礼します。ご馳走さまでした」大門山刑事はそう言って逃げ出した。
「ねぇあなた、警察はすべて知ってて私らを見守ってるのね。逆に言えばいつでも逮捕は出来るようにしてるってことね」お母さんが帰ったばかりのお父さんに話したのだが、キョトンとしているので今帰ったばかりの刑事さんとの会話を説明した。
お父さんが少し考えて自分の思いを語った。
「……そういうことだな。だが、警察もバカじゃない、裏に何かあると踏んでそれを調べてるんだ。お父さんは何があっても驚かないよ。お前たち姉妹がいるし、長く働いてくれてる人達もいる。覚悟はいつでもできてるさ」
「えぇ、お母さんもよ。だから心配いらない」お母さんが紗世に向かって微笑んだ。
「ごめんなさい。私が変なことに気付いちゃったから、余計な事言っちゃったから、嫌な思いさせちゃった」
紗世は泣いた。
真世が肩を抱いてくれた。
「……そうか、逆にお父さんが警察へ行って、全部話してくれば早くすっきり出来るんじゃないか?」
お父さんがお母さんに視線を向けて言った。
「そうね、じゃ私も共犯だから一緒に行きましょうか」と、お母さん。
「私も行く」紗世はそれが一番良い方法だと思った。
「じゃ、私は保護者として付き添うわ」真世が笑顔で言ってくれた。
「良い家族だなぁ。道源とは違う……」綾乃は、そう思った。
そして明日にでもと言ってた日の夜だった。
四人で夕食後テレビを見ながら雑談してたら、裏玄関の方から何かが壊れるような音がした。
お父さんが見に行った。
そして両手を上げて戻って来た。
「どうしたのお父さん」真世も声をかけた時に後ろにいる人物に気付いたのだろう「ひっ」言葉を飲んだ。
「なんなのあんたたち!」お母さんが怒鳴る。
「うわっ」お父さんが突き飛ばされて転がる。
三人組の強盗だ。ふたりは手にナイフを持っている。
「さぁ、死んでもらおうか……誰からにする?」三人とも目出し帽で黒い上下、足元まで黒いスニーカー。
「アニメの黒の組織か」紗世が呟いた。
「何が目的なんだ? 金か?」お父さんが三人の前に立って言った。
「おぉ、それと、お前たちの命だ!」男が怒鳴った。
紗世は何となく聞き覚えのある声だと思った。ちょっと考えて思い出した。
「そうだ、山脇のおじさん?」紗世が叫んだ。
「誰だそれ? 変な事言ってんじゃねぇ。じゃ、先ずお前からだ、こっちへ来い!」別の男の声だ。
それも何となく聞き覚えがある。
「早く来いっ!」
紗世が一歩前へ出ようとしたら、お父さんの太い腕が紗世の前を遮った。お母さんは紗世を自分の後ろに隠した。
真世は紗世をきつく抱きしめて離さない。
「娘は渡さない。お前たち、命が欲しいってどういう事なんだ。娘が何かしたっていうのか? それなら父親の自分が責任をとる。言えっ! なんなんだ!」
いつの間にかゴッドが紗世の足下に来て低く唸っている。
「分かった。もう言わない。死ねーっ!」
男がナイフを構えお父さんに向かって突進した。刹那、ゴッドがその腕に噛みついた。
「うわーーっ!」
腕を振っても左手で叩いてもゴッドは噛みついた腕を離さない。
賊がゴッドに引っ張られて転んだ。
ナイフを振り回してもゴッドには当たらない。
逆にナイフの刃をよけながら男に何回も噛みつく。今度は足にガブリといった。
「ぎゃっ!」
「離せーっ!」叫びながらナイフをゴッドの顔に突き立てようと振り下ろした瞬間ゴッドは離れた。振り下ろしたないふはそのまま賊の足にザクっと刺さる。
「ギャーッ!」賊が血を流しながら叫んで「くっそーこの犬めーっ!」ナイフを振り上げて犬目掛けて振り下ろした。ゴッドはさっと体をかわして太ももに噛みつく。
「痛てーーっ!」賊はゴッドの頭目掛けてナイフを振り下ろした。
ゴッドがさっと体をかわすとザクっと太ももを切ってしまいまた血を流した。
犬に翻弄されてその賊はナイフをお父さんに向けたまま肩で息をし床に座り込んで動けないでいる。
「コノヤローッ!」もうひとりがお母さんを突き飛ばし紗世の胸目掛けてナイフを突き出してきた。
その瞬間、真世が紗世を抱きしめナイフに自分の背を向けた。
――ダメ! お姉ちゃん、刺されちゃう! ……
紗世は慌てて真世を横へ突き飛ばした。
紗世は覚悟した。
「何回も、何回も、何回も私を殺したいなら刺せば良いしょ! ほかの家族は関係ない。私だけなんでしょ殺したいの!」紗世は目を瞑って叫んだ。
誰かに抱きつかれたと思った瞬間、ブスッと音がした。
――あっ、刺されちゃった。私、死んじゃうんだぁ……お母さーん、怖いよー。……
……
紗世に抱きついた誰かが崩れ落ちるのを感じた。
「えっ」お母さん? と思って慌てて目を開けて驚いた。
目出し帽の賊だった。背中にナイフが刺さってる。
「きゃーーーっ!」絶叫した。
「何やってんだお前!」叫んだのは目出し帽の男だった。仲間を刺してしまっておどおどしている。
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