第18話 尋問
清水警部は浅草署から護送されてきた泉耕介と道警本部の取調室で対峙していた。
「さ、言ってもらいまひょか」
清水の京都弁に泉は驚いたようで一瞬視線を向けてきた。
「あら、あての言葉に驚かはってかいらしいこと、ふふふ」
キョトンとする泉に、清水の後ろにいた大門山刑事が「言葉に驚くなんて可愛らしいね、と言ったんだよ。分かった?」
「こら、日本語なんやからいちいち通訳せんでえぇちゃうか」
「はぁ済みません。彼がキョトンとしてもんだから……」
「いや、言葉は分かる。何で北海道で京都弁なのよ」泉は足を組み背もたれに身体を預けて言った。
「あぁいちいち説明せんとあかんのかいな……もう」
清水はそう言いながらもこうなった経過を説明した。
「ふーん、で、俺に何の容疑がかかってんの?」泉が横柄な態度で言う。
「殺人、誘拐、監禁、身代金要求、傷害、脅迫、道路交通法違反などなど、だけど?」
「ほー一杯あるな」まるで他人事だと言わんばかりの泉だ。
「ふふふ、そやねぇ、どうせ死刑にならはるんやったらほかのは要らへんとあては思うんやけどな、後ろにおるデカがあきまへん言うよって我慢しときや、死刑執行されるまでの話やから、な」
清水は悪戯っぽく言った。
「な、な、なんでよ。なんで死刑なんだよ……」泉が動揺した。
清水は、しめしめ、と思いながら「あら、あて死刑なんて言ったかいな?」
「言ったべや。なぁ刑事さんよ、今言ったよな?」泉は大門山刑事の方を見て言う。
「さー、良く聞いてなかったので、でも、死刑と言うのは裁判官が決めることなので、ここでそう言う話はしないと思いますよ」大門山刑事もにやけている。
「くっそー、勝手にすれっ!」泉は腕組みしてそっぽを向いて吐き捨てるように言った。
「じゃ、取調べを始めますわ。まず、長沼青二郎はんをどないな訳で殺したんや?」清水が訊いた。
「俺は殺ってない」また横柄な態度に戻った泉が言った。
「せやかて、あの小屋にはあんさんしかおらへんのやで、ほかのどなたはんが殺った言わはるんどすか?」
「いやー、何かあんたと話してたらいらいらすんな……」泉は質問に答えず貧乏ゆすりをしながら刺々しく言う。
「済まんこってすなぁ。じゃ、はよ済まそやないかぁ。それにはな、あんさんが訊かいでもぺらぺら喋っておくれやしたらはよ終わるんやけどなぁ。あてもこの後デートがあるさかいはよ済ませたいんや。な、どうどす、喋らんか、嫌どすか? どっちや?」清水はわざとのゆっくり京都弁を強調して言った。
「なぁ後ろの刑事さん! 拷問ってダメなんだろ?」
「ははは、今時拷問だなんて、ダメに決まってるじゃん」大門山刑事が笑う。
「笑い事じゃないって、こいつの喋り、これ拷問だべや。頭おかしくなりそうだぜ」泉が頭を掻きむしって言う。
「ふふふ、京都弁はきっちりとした日本語でおます。侮辱するなら、罪に侮辱罪を追加しまひょか?」
清水は泉をいらいらさせ興奮させると、やけになってぺらぺら喋るタイプに見えたので、煽る。
「おい、刑事、尋問代わってくれや」
「申し訳ない、誰が尋問するかは警部が決めるルールなので、刑事の僕にはどうも出来ないんです」大門山刑事が白々しく頭を下げる。
「なにっ! じゃその警部連れてこい! 直接話す。それまで喋らん!」天井を見上げる泉。
「来たで、警部」清水が言う。大門山刑事が後ろで笑ってる。
「どこによっ! 嘘つくなよ!」泉が顔を赤くして怒り始めた。
「泉はん、あてな、警部ですねん」清水がそう言って警察手帳を広げて泉の目の前にかざす。
「くっ……」観念したか泉が大人しくなった。
「なら、警部のあてが訊きやす。長沼青二郎はんを殺ったのはなんでや?」
「……それは、あいつがどじだから」小さな声で泉が言った。
「何かどじったんかいな?」
「あぁ、女と誘拐犯のふたりを逃がした」
「おなごはんは道源綾乃はんでんな」
「そ」
「誘拐犯て?」
「男と女」
「名前は?」
「俺は知らん」
「あんさんは知らない。ほなら、どなたはんが知っとるんかいな?」
「えっ……」泉はやばいって顔をして「それは……」と続けた。
「それは、言えない……」
「ほー泉はんはあての言葉をずーっと聞いていたいんやな。あては全然かましまへんで、同じ質問を何度も何度も、何度も何度も、何度も繰り替えすだけ……」清水がそこまで言うと「分かったって、……」と清水の言葉を遮って話始めた。
「分かったって、由利だ由利」
「由利の下の名前はなんちゅうんですかいな?」
「由利……えーっと、あぁ大樹だ、大樹、大きな樹木の樹って書くんだった」
清水は大門山刑事に目配せしてから「由利大樹ね。で、あんさんとの関係は?」
「札幌の大学の同期で良く一緒に遊んだんだ。電話で頼まれただけで、今どこにいるとか知らないぜ」
「身代金はどないしはったん?」
泉はまた角のある目をして口を閉じた。
「ほーかぁ、まただんまりでっかいな? あての京都弁を……」
そこまで言うと泉はほんとうに嫌な顔をして、「あんた嫌われもんだろ」
「いえ、みんな好いてますえ」清水が自信を持って言った。
「そう思ってるのはお前だけだ。そんな言葉毎日聞いてたら頭おかしくなる。なぁそこのねぇちゃん」
泉が記録係の女性刑事に向かって言った。
女性刑事は一旦清水に視線を走らせて、清水の目がやれと言ってるのを理解したのだろう、しょうないなと言う顔をしてから「そんなことおまへん」と京都弁を口にした。
「えーっ! お前もか……」泉が天を仰いだ。
そして少し間を空けて「質問何だった?」諦めたのか真面目な声で訊いてきた。
記録の板岩(いたいわ)刑事は悪戯っぽく舌をぺろっと出して清水を見る。
「ふふふ、よー分かってくれやしたな。おぉきに。身代金はどないしたと訊きやした」
「あぁ身代金な。札幌の山脇倉庫の中の物置部屋の机に置いた」
「なんやのその倉庫」
「由利からそう指示されたから……」
「ちょっと板岩さん、これ捜査課へ持って行ってな、調べてって言ってくれはる」
清水は泉から倉庫の住所を聞き出してメモ紙に書いて板岩刑事に渡した。
それから大門山刑事に「ちょっと見てて」と言って部屋を出て、浅草署の丘頭警部にお礼の電話を入れ状況を報告した。
すると丘頭警部が気になっていたと言って清水に質問してきた。
「あのー、……この前遠慮して訊かなかったんだけど、清水警部は京都出身なんですか?」
「ふふふ、ようそう言われます。あては北海道の札幌生まれなんやけど、大学が東京でそん時にでけた親友が京都の娘(こ)ぉで言葉がうつってしもうて……」
「ははは、そうなんですか、私の探偵してる友達にも京都弁の女性いてなんかその人と話してる気がして、すみません余計な話し……」
「探偵ですか? あての親友も探偵しはってるて聞いてますのや、名前もしかして、岡引言いませんでっしゃろか?」
「えっ、そうなんですか、そうです岡引静です」
「あらー、奇遇やわぁ、その娘、いやもうおばさんですけどな、ふふふ、そうどすかぁ、なんや丘頭はんとも友達になれそうやわ」
「えぇ私もそう思います。先ずは宜しくお願いします」
「へぇこちらこそ」
清水はなんか嬉しかった。思わぬところで静の名が聞けた。
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