第15話 合流

 綾乃は少し道を進んでからハンドルを左へ切った。

舗装をしてないがたがた道だった。そして取り敢えずもう一度左へ曲がって検問所の方向へ行く。

建物も少なく見通しは良いがお父さんは見えない。

遠くに検問をしているパトカーが見えた。

そこを通り過ぎたがお父さんはいなかった。

道を一本ずらして札幌方面へ……。

レストランを通り過ぎて、また一本道を変えて戻る。

遠くに路肩に座ってる人が見えた。

近づくとお父さんの顔がはっきりと確認できた。

お父さんの前に車を停めて助手席の窓を開ける。

「お父さん、どうしたんです?」

大きな声で呼びかけると俯いていたお父さんが顔を上げた。

「あぁ綾乃来てくれたか……良かった。ありがとう」お父さんはそう言ったが、立ち上がらない。

不審に思って車を降りて「お父さん、何かあったの? 立てないの?」

「あぁ、右足が肉離れみたいなんだ」そう言ってズボンを捲ると脹脛に大きな紫色のあざが出来てる。

「えーーっ! 病院へ行かなくちゃ」綾乃は慌てて叫んだ。

「いやいや、綾乃ちゃん肉離れの薬はせいぜい湿布くらいだ。ほっといても治るんだよ」

「えーっ、そう言うものなんですか?」

「あぁ、だから悪いけど手を引っ張って立ち上がらせてくれ」

言われたようにして立たせ、肩を貸して助手席に座らせた。

「すぐ近くのレストランでお母さんは待ってます」

「あぁでも俺中へは入れないから、着いたら呼んできてくれ」

「はい、そうします。取り敢えずお父さんに会えてホッとしました」

「ははは、心配かけたな。自分でもまさかあんなところで肉離れが起きるなんて考えもしなかった」

「それだけ山歩いて疲れてたんですよ」

「そうだな。年だってことだ」そう言ってお父さんが自嘲的な笑顔を作っている。

車が着いてお母さんを呼びに走った。

「あらあら、肉離れなんて大丈夫なの?」そう言いながらお母さんが運転席に座った。

綾乃は後ろに座る。

「あっお母さん運転大丈夫ですか? 札幌に近づくと道路混んで結構大変ですよ。私、何回も来てるから変わりますか?」

綾乃には「免許証見せて」と言われたら素性がばれてやばいかもと言う気持はあったが、それよりお母さんが事故を起すんじゃないかと言う心配の方が勝ったのだった。

「そうねぇ、私殆ど運転しないから、綾乃に変わった方が良いかしらねぇ」

そう言いながらお父さんの方を見る。

「あぁ俺はまだ死にたくないから綾乃の方が良いな」

ふたりは笑いながら見合っている。

「じゃ、変わります」綾乃が車を降りて運席のドアを開ける。

「札幌駅裏にレンタカー屋があるって話しだからそこへ車入れて鍵渡してと言われてるんだ」

「はい、分かりました」

「でもねぇ、肉離れだなんて、やっぱり歳なのかしら」お母さんが皮肉っぽく言った。

「まぁ、何とでも言ってくれ、それより綾乃、事故起こさないようにな」と、お父さん。

「はい」綾乃は返事をしてハンドルを持つ手に力を入れた。

……

一時間近く走って創成川通りに入って南下する。

やがて遠くに札幌駅のタワービルが見えてきた。

辺りをキョロキョロしながらレンタカー屋を探す。対向車線との間には川が流れている上街路樹も植えられていて注視していないと店を見逃してしまいそうだ。

信号を幾つか通り過ぎた時、

「綾乃、次の信号超えた左側に店が見えたぞ」お父さんに言われてそれと分かった。

「あぁ私、全然見えて無かった」

綾乃は信号を越えたところで車を停めお父さんをお母さんの手も借りて降ろし、車を駐車場に入れ店に入って店員に鍵を渡した。

綾乃がお父さんのところに戻ると、丁度お母さんが手を上げてタクシーを停めているところだった。

助手席に座ったお父さんが行先を告げる。

「野々別をお願いします。興備です」

お父さんが初めて自分の名を言った。聞いたことのある名前だったが思い出せなかった。

「あぁいつもどうも」運転手さんはよく知っているようだ。

創成川通りを一旦北上してからUターンするらしい。

ところが、走り出してすぐ赤信号で停まると隣の車が幅寄せしてくる。

「なんだ隣の車、煽り運転か?」運転手さんが呟くので三人ともそっちに目をやる。

「あーーーっ! 登山客だっ!」

お父さんが叫んだ。相手はいやらしくにやりと笑った。まだ襲ってくる気だ。

「運転手さん、煽りだわ逃げてくれる」お父さんが言う。

「分かりました。少々遠回りになっても良いですか?」

「あぁ幾らでも。最悪は警察へ行ってくれ」

「はい、任せてください。伊達にタクシードライバーを二十年もやってる訳じゃないってとこお見せしますよ」

信号が変わるとタクシーは急発進し隣の車の前へ出る。

遅れをとった登山者の車が猛スピードでタクシーの後ろに無理やり割り込んできて、クラクションを鳴らされている。

それでもピタリとついて来る。この道は札幌駅の高架下を通り抜けると間も無く地上路線とアンダーパスに別れる。札幌駅前の混雑を解消する目的で内側二車線は地下へ入ってすすきの付近で地上へ戻るように造られている。

信号を過ぎてアンダーパスへ入る三車線目に移ると登山者も後ろをついてくる。

そのままスピードを上げるとみるみるアンダーパスが近づく。

「揺れるので掴まって下さい」運転手さんが言って間も無く、アンダーパスと地上路車線との分離帯を通り過ぎようとした瞬間、急ハンドルで地上路車線へ移る。

「きゃっ!」綾乃は身体を大きく振られお母さんにしがみついて転倒しなかったが、死ぬかと思った。

激しい衝突音がして後続車を見ると、遅れて急ハンドルを切ったのだろう分離帯に激突して、激しい炎が遥か後方に見えた。

「ざまぁみろ、やったね運転手さんさすがだ。もう追ってこれない」お父さんが大喜びする。

「へへへ、上手いもんでしょ。前にも同じことあって経験済みだったんで」運転手さんも満面の笑顔で言った。

その後は安全運転で進路を変更し三十分ほどで野々別に入った。

……

 

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