第13話 検問

 まだお日様は姿を見せていないけど我慢できずに綾乃はお母さんお父さんと歩き出した。

先頭のお父さんは町へ向かって真っすぐ歩いている。一時でも早く町に着きたいと言う気持の現れだ。

綾乃も夕べまで気になっていた足の痛みも無いし、お尻も痛くない。

お母さんの足取りも軽い。

背の高い草を分けながら進んでゆくとしだいに勾配が緩やかになってきた。

「もう、山を抜けたのかしら」お母さんが呟いた。

綾乃もそんな気がしていた。

お日様が顔を出して気持の良い青空が広がって気持の良い汗が滲んできた。

「あーっ、出たぞーっ!」先頭のお父さんが草を左右に分けて叫んだ。

その脇の下から綾乃が覗く「平だぁ!」こんな平らな場所凄く久しぶりの様な気がして感動した。

少し先を道路が走っていて車が通っている。

「やったぁーーっ!」綾乃は思わず叫んでしまった。

「まず、服だな」と、お父さん。

「着替え持ってお風呂へ行きたい」と言ったのはお母さん。

「その後、お腹いっぱい食べたい」綾乃も続いた。

「それからレンタカー借りたら家にまっしぐらだ」お父さんはそう言って歩き出した。

綾乃は自分の家に帰るような喜びもあったが、そこで何を言われるのか心配も大きかった。

――本当に、売られないのかな? ……

ちょろちょろと流れる小川があったので「お母さん、ちょっとゴッド洗ってやりたい」

一回洗ってはいるがまだ泥が付いてたのでそう言うとふたりとも振返って「えぇ良いわよ」

傷口は滲みるかなと思って初めはそーっと水をすくって身体にかけた。

痛そうな感じはしなかったので小川の中に立たせて水をかける。

ゴッドはまったく気にせず水を飲みだした。

――これなら大丈夫だ。……

水をじゃばじゃばとかける。何回かやるとゴッドが身体をブルブルっと振るわせ綾乃にシャワーを浴びせる。

「きゃっ」

水は思ったより冷たくて驚いたけど、山の中で掛けられたときはもっと冷たかった。

ブラシも何もないのでそのまま水からだして歩き出す。

心持綺麗になった気はする。

……

 歩いてゆくと遠くに大きな看板が見えてきた。

近づくと「ホームセンター」とあった。

「何か着るものとかないかな?」

不安だが足はどんどん店の中へ進んでゆく。

旅行用のシャンプーなどのセットをふたつ籠に入れた。

ペットコーナーで少量の餌とリードとブラシを、靴コーナーでは夫々の靴を、下着があって作業服とトレーナーがあった。

「どうします?」お母さんが訊く。

「俺はこれで良いが……」お父さんがそう言って綾乃の方を向いた。

「私もこれで良いです」

「そうお……」お母さんはちょっと不服そうだったがその中から選んだ。

支払いはお父さんがカードを持っていてそれで済ませてくれた。

綾乃はお礼を言ってその店を出た。

「次は薬屋ないかしら? お父さんの傷酷いし、ゴッドの手当もしたい」

綾乃が言うとお父さんが店員に声をかけてくれた。

「この店の入口の左奥に薬局あるってさ」

行ってみると広くはないが確かにあった。

人用のはすぐに見つかった。「あのー犬の傷薬ってありますか?」綾乃は店員に訊いてみた。

店員は綾乃の足下で大人しくしている犬に目をやって、「動物専用ってのは無いんですが、軽い傷だったら傷口を水道水とかで綺麗に洗って人のつけても大丈夫ですよ。でもそれより、ここ出て札幌方向に少し行ったら右へ曲がって五分も歩いたら動物病院があるからそこへ行った方が良いと思いますよ」

親切に教えてくれた。

それをお父さんに伝え連れて行くことになった。

……

十分ほど歩いて言われたとおりの場所に病院を見つけた。洗浄して薬塗って包帯を巻いてくれた。

「ゴッド、良かったね。これで怪我はもう大丈夫よ」綾乃はゴッドの頭を撫でながら言った。

お父さんにもお母さんにもお礼を言うと笑顔でゴッドを撫でてくれた。

「次はお風呂ね」お母さんがそう言うと「ちょっと店のひとに訊いて来る」

お父さんがそう言ってホームセンターへ走って行った。

疲れ果ててるはずなのに元気一杯だ。

お母さんとそんな話をしながら待っていた。

「この道をずーっと行ったらあるよって、結構距離が有りそうなこと言ってたから、タクシーを呼んで貰った。

ちょっと来るまでここで待とう」

「良かったわぁ、歩けって言われたらどうしようって思ったわ」お母さんが明るく言う。

綾乃もほっとした。

十分ほど待たされタクシーが来た。

 

 スパは結構大きな建物だった。綾乃はお母さんとさっと髪と身体を洗ってから一緒にお湯に浸かった。

「あー、天国ぅー」思わず綾乃の口からそんな言葉が飛び出した。

周りにいた人達がくすくすと笑う。

お母さんも「ふふふ、何かお爺ちゃんみたいだね」と笑った。

「でも、気持ちいいんだもん」

髪も身体も二度洗い、お母さんの背中を流してあげた。

一時間後待ち合わせの休憩所に少し遅れて行くとお父さんはもう来てて、お茶を飲んでいた。

「あっ私も……」綾乃は自分も喉がからからだという事に気付いてそう言うと、お父さんが「はいこれ」そう言ってお茶を二缶差し出してくれた。

――やっぱり、お父さんは優しいなぁ。つくづく思う。……

「ありがとうございます」綾乃は頭を下げてひとつ受取る。

ごくごくと一気に飲み切ってしまった。「あー美味しかったぁ」

「ふふふ、やっぱり若いわねぇ一気に飲み干しちゃうなんて」お母さんは嬉しそうだ。

「ここの休憩所には食べ物もあるみたいなんだ。食べていくか?」

お父さんに訊かれ綾乃は素早く「はいっ」元気よく手を上げた。

そしてお母さんにまた笑われた。

ふたりはお蕎麦を綾乃はカツカレーを食べた。こんなにカツカレーが美味しかったなんて……満足だった。嬉し過ぎて涙が滲む。

「ごちそうさま。よし、レンタカー借りて、いよいよ家へ行こう」

「お父さんそのお店は近いの?」とお母さんが訊いた。

「えっ、い、いやちょっと歩く」

「タクシーにしましょうよ。ほれ、綾乃がもう疲れて歩けないって」

お母さんがそう言って、綾乃の方を向いてペロッと舌を出す

「そうか、それじゃしゃーないタクシー呼ぶか」

お父さんはさっき頼んだタクシーを再び呼んでくれた。

……

 レンタカー店は町の出口に近い所にあって歩いてたら一時間近くかかりそうだった。

普通の乗用車を借りて国道を札幌に向けて出発した。

「一時間半もあれば家に着くかな」お父さんがそう言って間も無く検問所が目に飛び込んできた。

「検問所だ」

お父さんは道路わきに車を寄せて停まる。

「ねぇお父さんどうするの? このまま行く?」お母さんがそう言って、三人で考える。

 

 

 

 綾乃を襲わせた男は自宅で殺害失敗の報告を受けた。

二組にやらせたのだが失敗した。

「おい、どうするや。役に立たない奴ばかりだじゃ」

「ほかにもっと確りした奴いないのかよ」相手の男が言う。

「その筋の人間でも知ってりゃなぁ……」

「夜の街行って適当に金で釣るか?」

「いやぁ、この話が広がるとまずいし、そいつにこっちが脅されたらもっとやばいべ」

「そりゃそうだがよ……」

ふたりの男は天を仰いでしばし考え込む。

……

「しゃーない、自分らで殺るか?」男は決心して言った。

「俺らがかよ……そんな、捕まるべや」

「なにビビってんのよ。じゃ、あっちも諦めるのか?」

「じょーだん。それは絶対にやる」

「なら、俺らで殺ろうぜ」

「しかしなぁー……」

「まぁ、まだ追ってる奴いるから様子見で良いんだけど、その覚悟だけはしとけや」

「おう、わかった……」

 

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