第8話 登山客
お父さんが用心しながら窓に近づいてそっと中を覗く。
「どう?」お母さんが訊いた。
「誰も居ないみたいだ」
そう言って表に回ってドアの取っ手を引くお父さんに隠れるようにして綾乃が様子を窺っていると、以外に素直にすっとドアが開いた。
お父さんは頭だけドアの中に入れて「大丈夫だ、誰もいない」
お父さんに続いて綾乃も中に入る。お母さんは綾乃の後ろについてきた。
中を見ると前の小屋と同じように土間があって部屋とガラス戸で仕切られていた。
綾乃は土間の奥にある台所に沢山のカップ麺を見つけた。
「お母さん、食べ物沢山あるよ」
「あら、ほんと、お湯沸かして食べよっか」
いきなり台所へ向かう綾乃とお母さんに「ちょっと待てよ。誰かが買ったものなら勝手に食べたら悪いじゃないか」
お父さんは慎重だが綾乃はお腹が空いてて、「後でお金で払えば良いんじゃないのかな?」
そう言ってガスコンロの点火スイッチをひねってみる。ガスコンロが勢いよく炎を吹き上げた。
――プロパンガスかしら、ラッキーだわ。これで食べれる。……
大きなやかんに水を入れガスコンロにかける。
……
お湯を入れ、三人とも無心に食べる。
「あー美味しかったぁ。ねぇお母さん」綾乃は満足して笑顔で言った。
「えぇ美味しかった。久しぶりだもんねまともなご飯」お母さんも満足げに微笑んでいる。
「そうだな。力が湧いてくるようだ。ははは」
三人とも満足して談笑していると、ドアが開いた。
登山者の恰好をした若者カップルが入って来た。
一見したところ美男美女風だ。
男性は日焼けした逞しい感じがするし、女性は長い髪をひとつに纏めてカラフルなジャンパーを纏い奇麗で白い顔がちょっときつそうだが綾乃よりずっと綺麗だ。
互いに挨拶を交わしてすぐにお父さんが
「台所にあった食糧はおたくらのやつかい?」と話しかける。
「あぁそうだよ。しょっちゅうここらの低山に登りにくるんで纏め買いして置いてあるんだ。腹減ったら食べていいよ」男性は笑顔で言ってくれた。またその笑顔が良い男ぶりをさらに強調する。
彼女が一緒じゃなかったら積極的に話しかけたいと思うほど素敵で綾乃好みだ。
「そうですか、実は、余りに空腹だったので三人でカップ麵をひとつずつ頂いたんですよ」
お父さんはそう言って「お代は食糧のとこに小箱おいて入れて置きましたので」と付け加えた。
「あーなんも良かったのに」
男性はそう言って「じゃ、俺らも食べよう」
女性を促してふたりで台所の方へ行った。
……
食べ終わった女性が綾乃の方に近づいて「何処から来たの?」と話しかけてきた。
「えぇ札幌です」
綾乃は思わず答えてしまった。
――奈犬振村と言ったら、誘拐事件の事は聞いてるだろうからあれこれ聞かれたら困るしなぁ。……
「車なかったけどどうしたの?」
「途中でガス欠しちゃって歩いてきたんです」
「あら、じゃここからも歩いて帰るの?」
綾乃はどう返事するのが良いのか分からずお父さんに目を走らせた。
「あぁどの位の距離あるのかな?」
お父さんが訊いた。
男性も話しの輪に入って来て「札幌まではまだ二十キロあるんじゃないかな。なぁ裕江(ひろえ)」
「えぇ多分そのくらいだと思うわ」裕江と呼ばれた奇麗な彼女が言った。
「そうか、歩いたら五時間以上かかるな……」お父さんが呟いた。
「近い所に光別町あるからそこへ向かった方が良いんじゃないかな」男性が言う。
「だからみなさん街中を歩くような恰好なんだ。私、ごめんなさい、奈犬振村の誘拐事件の被害者かと思って話しかけたんです。ふふふ、勘違いですね」
裕江さんがそう言って笑う。
「裕江、そんな失礼だろう」男性が頭を下げる。
「いや、良いんです。こんな格好なんでそう思われても仕方ないですよ」お父さんは答えたが額に汗を掻いている。
綾乃は言葉が出なかった。お母さんも顔色を変えている。
「誘拐だなんて怖いですよねぇ」裕江が綾乃に話してくる。
「えぇ、今どうなってるのかしら?」綾乃が平静を装って言った。
男性が立ち上がって自分のリュックからラジオを取り出してスイッチを入れる。
北海道のローカル番組が流れる。
しばらくラジオを聞いていたが、音楽番組や、スポーツなどの番組のほかニュースの時間もあったが、奈犬振村の誘拐事件やその後の殺人事件については何も無かった。
そのまま夜になり、ふたグループに別れて横になり、綾乃もいつの間にか寝てしまった。
……
がたがた言う音で目が覚めた。
カップルが出かける準備でもしているのかリュックに何かを仕舞ったり、台所から何かを運んできたりしている。
ラジオは朝の番組を始めていた。
お父さんもお母さんも目を覚ましたようだ。
綾乃は台所で顔を洗った。口も水でゆすぐ。それだけしかできないがそれでも口の中がさっぱりした。
朝食にもカップ麵を頂いた。
カップルの出かける支度が終わったころ、ニュースで誘拐と殺人事件を取上げた。
一瞬部屋の中の動きが止まった。
全員がラジオに聴き入っていた。
「やっぱり、お宅らこの事件の関係者じゃないの?」男性が言い出した。
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