第4話 殺意
夜遅くまで二人組は酒を飲んでいた。
兄貴の方が酔って先に寝たようだった。
せいじもしばらくは横になっていたけど、むっくりと起き上がって綾乃の方へ薄笑いを浮かべながら近づいてきた。
綾乃はなんとなく殺気を感じて身を竦める。
夫婦は手足を縛られたまま寝ているようだ。
綾乃はまた襟を捕まれて引きずられ悲鳴を上げる。
夫婦が気付いてくれて「止めろ! その娘を離せ!」と叫んで起き上がる。
夫は手足の紐を切り落として立ち上がった。
綾乃の身体に男が乗ってくる。
「やだ、やだ、あっち行って!」身体を振って両手で男の身体を押し上げるけど、男の力が強く顔を寄せてくる。
「静かにしろや、へへへっ」男がそう言った時、夫が後ろから男の襟を後ろへ勢いよく引っ張った。
「うわっ!」男は後ろへ倒れ床に頭をゴツンとぶつける。
「何しやがる、このやろう」男が夫に殴りかかった。よけきれず夫は頭を殴られ倒れた。
その夫の腹を男が力いっぱい蹴りあげる。
「ぐうぇっ」夫がお腹を押さえ丸くなり、吐いた。
男は手を緩めず何度も蹴りを入れる。
「もう止めて!」綾乃は叫んで男のズボンを引っ張ると、男は振返って綾乃に近づいてにやりとしてスカートに手を掛ける。
「止めなさいっ!」妻が怒鳴って男の後ろから薪を振り上げて頭を叩いた。
ボコッと音がして男が綾乃のすぐ横に崩れ落ちた。
妻は綾乃の二の腕くらいもあるような薪を握っていた。
そして妻は包丁で綾乃を縛っている紐を切ってくれた。
「ありがとう。そちらは大丈夫ですか?」綾乃が声を掛けると夫はニコッとして頷いた。
そして寝ている男のポケットを探る。
突然、男が寝言を言いながら寝返りを打った。
「おっ」夫は一瞬引いて、間を取ってからもう一度ポケットを探る。
鍵を見つけるのとほぼ同時に兄貴が目を覚ましてしまった。
「何やってんだてめぇら!」
「逃げよう。一緒においで」夫がそう言って綾乃の手を引く。
「お金は?」綾乃が言う。
「そんなもの要らないわよ。さ、早くっ!」妻が叫ぶ。
「待てこらっ!」兄貴は叫んでドアの前に立つ。そして手にはナイフを持っている。
「明日やろうと思ってたんだが、まぁ良いや、今殺るか……」
兄貴は眉を吊り上げ、ナイフを前に突き出して本気のようだ。
「やっぱり三人とも殺すつもりだったんだな」と夫。
「私だけ殺すんじゃなかったの?」綾乃は驚いた。
「いや、こいつは端から綾乃を殺して、それを俺たちがやったように見せかけて、その後で俺たちを殺す気だったんだ。じゃなきゃ顔をさらけ出さないだろう。俺たちが警察に捕まったら自分らの事を喋られる危険があるからな」
さすが夫だ綾乃は全然考えもしなかった。
「ふふふ、以外に感が良いな。そうと分かったら余計殺さないわけにはいかないな」
兄貴はにたりとして綾乃らの方へじりじりとにじり寄って来る。
倒れたせいじは動かずにいる、ひょっとして死んだ? ……。綾乃は益々怖くなってきた。
妻が薪を何本も抱えて、夫にも渡す。
そして夫が投げる振りをして兄貴を驚かすと兄貴はビクッと反応する。
次は夫が薪を兄貴に投げつけた。
兄貴はとっさに横へ転がり避けた。
ドアの前に隙ができた。
夫はさらに薪を兄貴に向けて投げる。
今度は兄貴がよけきれず膝に当たって呻いた。膝を押さえて痛そうに顔を歪める。
「てめぇやってくれたな。ぶっ殺してやる」
「綾乃! ドアへ行けっ! 嵩子も!」
妻から薪を貰って夫は投げる振りをする。
妻に手を引かれ綾乃もドアのところへ走ってドアを開ける。
「お父さん!」
綾乃が叫ぶと夫は薪を兄貴に投げつける。そしてドアへ向かって走って来た。
兄貴がドアに向かってきたところで、夫がもう一本薪を投げつけた。
「ぎゃっ」兄貴はまともに頭にそれが当たって後ろへひっくり返った。
三人で外へ逃げる、ちらっと見ると綾乃を襲った男の頭から血が流れていた。
車が走り出してホッとし「ありがとう」綾乃は心からお礼を言った。
そう言って小屋の入口に目をやると兄貴が頭を押さえながらこちらを睨んでいるようだった。
「あんたが包丁をくれたお陰さ、ありがとう」夫もお礼を返してくれた。
本当は優しい人たちなのかもしれないと、ちょっとだけ思った。
「でも、怖かったぁ。ほんとに殺されると思った」思い出しただけで涙が浮かんできた。
一緒に後部座席に座った妻が優しく抱きしめてくれた。何かホッとさせられるものがあった。
――何だろう? この感覚。……
「どこへ向かってるの?」綾乃が妻の胸に抱かれながら訊いた。
「ここがどこか良く分かってないんだが、札幌へ行きたいんだ」
「私、分かるかも……」
「ホント? でもねぇ、誘拐されたひとに道案内されるなんて、ねぇあなた……」と、妻。
「かも知れないけどな、奴らに追いつかれたらやばいから分かってるなら従おう」
夫は冷静だ。
「車にナビ付いてないんですか?」綾乃が尋ねる。
「あるんだけど古いソフトだから新しい道とかは表示されないんだよ」
「でも、村の道は古いからちょっと設定してみたら案外でるかもですよ」
そう言うと妻が椅子の間を通って助手席に移り設定を始める。
「おっ母さん以外に細いんだな」夫が冗談を言う。
「あら、知らなかったの。ふふふ」
――仲良いなぁ家とは大違いだ。……
綾乃はちょっと微笑ましく思いつつ視線を窓外に走らせる。
真っ暗で何も見えない。想像で今いる場所を考える。
――あー、なんか色んなことあって、頭がパニックから抜け出して無いようで今一働いてくれない……あーもう、いらいらする。……
「あっ出来たかも」嬉しそうな妻「綾乃ちゃん見てわかる?」
綾乃が椅子の間から身を乗り出してナビ画面に示されている道をじっと見る。
「お母さんごめんなさい。なんか頭働かなくって……」
――ダメだわぁ……このくらいの事分かってるはずよね……綾乃しっかりしてっ! ……
綾乃は自分に言い聞かせるのだが……。
足下に置いてあった箱に飲み物やお菓子類が入ってたので綾乃はふたりに渡して自分も口にする。
深呼吸したりちょっと飲み物を口にしたりして落ち着こうとするけどなかなか……。
「しばらくは一本道みたいだから、綾乃ちゃんゆっくりしてて、そのうち落ち着いて来るからさ」
夫に言われてそうしようと思う。
「あのーお名前知らないので、お父さん、お母さんと呼んで良いですか?」綾乃がそう訊いた。
――そう呼んでたら落ち着いて来るかなと思ったんだけど。……
「えっ、さっきからそう呼ばれてた気がするけど」そう言う妻の目に涙が一杯浮かんでいて、驚いた。
「ごめんなさい。何か悪い事言っちゃったかな?」
「いえ、ごめんなさい、死んだ子の事思い出しちゃって……良いわよ、お父さん、お母さんで」
妻は笑顔を作って言ってくれた。
「じゃお母さん、ありがとう」
早速言ってみた。
「おい、ちょっと俺も呼んでくれないか?」と、夫。
「はい、お父さん」
夫も涙を拭っている。
「あのー何か亡くなった娘さんにあったんですか?」
何も考えずに訊いてしまってから、夫婦がなんか辛そうな顔をしているので、「いえ、良いんです。済みません、今の忘れて下さい」
ちょっと乗り過ぎだった。こんな状態で聞けるような質問では無かったと反省した。
「ううん、良いのよ。ちょっと色々あったもんだからね」妻はそう答えたが、それ以上の事は言わなかった。
「あのー、度々済みませんが、私、誘拐されてるんでしょうか?」
綾乃が質問を投げかけた瞬間夫婦は互いの顔を見合って笑い出した。
「そうだったわねぇ。あなたを誘拐したんだった。二人組に襲われて一緒に戦って来たから忘れちゃってたわ」
お母さんが言う。
「悪いけどさ、誘拐は続いてると思って付いてきてくれないか?」
お父さんが何か深い想いを隠しているのだろうか、でも、誕生会が……ま、札幌なら良いか。
――いやいや、この夫婦は私を売ろうとしてたんだった。嫌だって言ったら、即殺されるかも。……
「分からないけど、五月の一日に札幌の就職先へ行かなきゃいけないけど、それまでには帰して貰えますよね?」
綾乃は遠慮がちに言ってみた。ダメと言われたらすぐに引き下がるつもりだった。
「あぁもちろんだ。綾乃ちゃんがそれを望むなら、な」お父さんがお母さんに同意を求める。
「えぇそうね」
そう言って微笑む夫婦を見て、綾乃は悪魔の微笑み? と思った。
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