第3話 奈犬振川

 午後男らは手足を縛られたままの夫婦を立たせ、部屋と土間の境に数本立っている柱に括りつけた。

綾乃は足だけは解放されたが、縛られている手にロープを結んで「せいじ」と呼ばれた男にその端を握られる。

「お前ら逃げたらこの女殺す」せいじが夫婦に向かってそう言った後、綾乃に向かって「おい女、お前が逃げたら残ったふたりを殺すからな!」

綾乃はそう脅されてから引きずられるように小屋を出た。

――誘拐犯を殺すからなと言われても、自分は誘拐の被害者だから脅したことにならないと思うんだけど、この男は一体どういう積りで言ったんだろう? それに、こうやって縛られてたら逃げられないし。……

二人組の乗っていたワゴン車の後部座席に座らされ椅子に縛り付けられた。

綾乃はなんとか抜け出せないかと色々試したけど、車が走り出しちゃって諦めた。

山道をさらに奥へ進んで途中から分かれ道に入って坂を上り木の陰に車を停めて「ここで大人しくしてろ!」

綾乃の頬をナイフで叩きながらそう言って、トランクを開けて取っ手の付いた大きなガスボンベを引きずりながらせいじは急斜面を降りて行った。

兄貴はスキューバダイビングの恰好をして黒いゴミ袋らしきものを持って橋へ向い、一枚置いてから急斜面を降りて行った。

綾乃のいる位置からは橋と川の流れがちょうど見える。二人組が何をしようとしているのか一生懸命に考えたが分からなかった。

三時近くになってせいじが戻ってきて、綾乃のスマホを取り出す。

「金は? ……吊り橋の真ん中まで来い」

相手の声は聞こえなかった。

しばらくして、父の姿が橋の上に現れる。

――あっお父さん……私ここよ、助けてぇ。……

頭で窓ガラスをゴンゴン叩いたがお父さんには届かないのかこっちを見てくれない。……

「バッグを黒いゴミ袋に入れろ……口をがっちり縛れ……川へ捨てろ! ……真っすぐ歩け……止まるな!」せいじが言う。

父はスマホを耳に当て言われるままにバッグをゴミ袋にいれて、川に投げて、橋を渡り切ってそのまま歩いて行ってしまった。

川に落とされたゴミ袋は沈んだ。

ややあって再び川面に浮かんできたゴミ袋はゆっくり流れている。

せいじがスマホをシートに投げ入れて斜面を降りて行った。

綾乃は両足を助手席まで伸ばしてスマホを挟みそのまま足を持ち上げてスマホを自分のお腹の上に落とした。

スカートがすっかり捲れ上がっちゃって、

――やばっ、こんな姿見られたらまた襲われる。……

縛られてる手でできるだけ下げて、座席に浅く座って後ろへ身体をずらして……何回か繰り返してなんとか元に戻した。

 

おでこの汗を運転席のヘッドレストで拭って急いでスマホを手にし録画ボタンを押す。

綾乃自身と車の中をぐるっと写してからスマホを外に向け、川、橋を写す。そして二人組の戻る姿を撮ろうと構えて待つ。

この先には岩場があって、小さな滝もあって……一体どこでバッグを奪うのだろうと思っていると、斜面からゴミ袋を担いだせいじが現れた。

見ていたらトランクにそれを下ろした。

――あれっ、お金だ。流れて行ったんじゃ? ……

兄貴も戻って来た。

録画状態のままそれらを写し続けた。

兄貴はバッグの中身をトランクに撒き散らす。そしてバッグの中に手を入れて何かを探しているようだった。

「あった」そう言って取り出したのは小箱にアンテナが付いてる。

「兄貴、それってGPS発信器か?」

兄貴は頷いてそれをバッグに放り込んで川へ捨てに行った。

「どうだ、上手いだろう」せいじが綾乃にそう言ってすべて録音されていることも知らずに説明を始めた。

 

 ガスボンベと思ったのは水中スクーターだったらしい。

兄貴が橋の下で待機して、ゴミ袋を水中で受取り用意していた偽のゴミ袋を流す。

それを警察が追って行ったのだった。

水中スクーターで川を上り、茂みの中にそれを隠してゴミ袋を担ぎ斜面を登って来たと言う事だった。

 

 小屋に戻ったのは四時半過ぎだった。

綾乃は蹴飛ばされ夫婦のところへ転がされた。

二人組は金の入ったバッグを大事そうに抱えている。

「兄貴、上手くいったな」

「どうだ、俺の言った通りだろう、ふふふ。後は……」兄貴はそう言って綾乃たちを見た。

「もう良いだろう。ロープ解いてくれないか、死にそうだ」夫が言う。

「へへへ、良いじゃないかどうせ死ぬ……」せいじがそこまで言った時兄貴に殴られる。

「ごちゃごちゃ喋るんじゃねぇ」怒鳴り付けた。

夫婦は柱から解放され三人は一か所に固まった。

二人組は祝杯を上げ始める。

「こんなところでのんびりしてると警察が来るんじゃないか?」事情を知らない夫が言った。

「ばーか、警察はバッグを追って川下を探すだろうよ。川上へ来るのは明日の昼過ぎだろうな」

「さすが兄貴、そこまで考えてるんだ」

せいじがにこにこ顔で言うと兄貴は鼻高々だ。

確かに、警察はバッグを追って川下へ行だろう、しかも犯人がどこから出てくるのか分からないから目立つことはできないはずだ。どこかで可笑しいと気付いてバッグを回収して金が無いと分かるだろうが、その時にはもう山は真っ暗だ。

翌朝から、捜索を始めるだろう。道路には検問が敷かれるかもしれない。

綾乃がそんなことを考えていると、

「明日、明るくなったら俺たちはさよならする。お前たちは自分らで縄を解いて助けを呼ぶんだな……ただ、お前たちが警察を呼べたらな。どうするかゆっくり考えろ。娘を生かしておいたらお前ら誘拐犯として逮捕されるぜ、金を何処に隠したって追求されてな。俺たちの存在を示す証拠はすべて持ち去るから、お前らの主張は無視されるんだ。だから、お前らは娘を殺して小屋の裏にでも埋めてから何処かへ行くしかないんだよ。ははは。よく考えるんだな」

兄貴が言った。

――嘘だっ、お金を奪ったらもう私に用はないはず、顔を見られてるんだから殺される! 今夜か、明朝か? ……

綾乃はその言葉をそのまま受取ることは出来ないと思いながらも、夫婦の方へ目をやると、本当に考え込んでいる。夫婦に殺されるのかな?

思い出した。誘拐されるときの事を、夢で見たとおりに捕まってしまった。

二十一歳の誕生日を迎えられないのかな? 身体が震えてきた。

死にたくない。

夢だったお花屋さんで働けないのか……。

怖くて夫婦を見ることができなくなってきた。

――そうだった、夫婦は私を売るんだ。私は臓器を売られるんだ! ……

結局、綾乃は二組の二人組にダブルで誘拐されてたんだ。生き残れると思う方が無理? 

身体が震え、涙が溢れてきた。

 

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