第9話 記憶のパンドラ
「...じゃあ、私があのことを教える代わりに宗ちゃんの全部を教えてくれる?」
「全部って?」
「全部は全部だよ。私の知らないことを全部。どんな人を好きになって、どんなことをしているのか。どんな女の子がタイプで、普段はどういう動画で抜いてるのかとか」
「え、いや...」
「そんなのは生ぬるいけどね。誰にも言えない秘密から本当の心の声を全て...」と、真っ暗な目で俺を見つめる。
「もう一度質問するね。踏み込むならもう2度と逃さないよ。私の全てを背負ってもらう。一生をかけて。話を聞いて『あぁ、可哀想だったね』なんて安い同情の言葉をかけるつもりならやめたほうがいいよ?本当に...それぐらいの覚悟ある?」
「...俺は...」
当然、俺は迷う。
それはそうだ。それを聞くということは多分、憂華の全てを見るようなものだ。
「...そこで迷っているようならやめた方がいいよ。宗ちゃんは何も知らなくていい。それでいいから。出来れば宗ちゃんには...知られたくないから」
その日はそのまま解散した。
一応連絡先の交換をしたが、憂華から連絡が来ることはなかった。
◇
「...ただいま」
「おかえり。その顔...なんかあった?」と、アイスを食べながら萌がそんな質問をしてくる。
【挿絵】
https://kakuyomu.jp/users/tanakamatao01/news/16818093077828666721
「...別に」
「何もないって顔じゃないけど。後押ししてあげた可愛い妹に内緒にするつもり?」
「...話せることは特にないし」と、そのままベッドに倒れ込む。
覚悟が足りなかった。
何があったの?なんていうテンションで聞けるわけはなかったが、それでも...それなりの覚悟はしてるつもりだった。
けど、そんな程度の覚悟などないに等しかったのだ。
「...」
◇翌日
萌に叩き起こされ、ぼっーとしたまま大学に行く。
正直、色んなことを想像してしまい、昨日はまともに一睡もできなかった。
虚な意識のまま大学に向かっていると、連絡が来る。
【小日向凪】
『今日は大学ある?』8:10
『あるよ。なんで?』8:12
『いやー。別に』8:12
そうして、20分後大学に到着する。
すると、大学の入り口近くで見知った顔の女の子が3人の男に囲まれていた。
「何年生?」「ね?誰待ってんの?」「大学なんて行かないで俺たちと遊ばない?」
「...」と、目の前にいるのに完全に無視を決め込む...何の姿がそこにあった。
「...凪。何してんだ?」と、声をかけると相変わらずの無表情で俺のところに来るとそのまま腕に抱きつく。
「あーだーりんー、おそいー」
「...ダーリン?」
「っち、男待ちかよ」と、そのまま大学に入っていく男たち。
「そんで?何してんの」
「別に。暇だから遊びに来ただけ」
【挿絵】
https://kakuyomu.jp/users/tanakamatao01/news/16818093077834503554
「暇って...。そういや、凪って大学とか行ってんの?」
「いや、行ってないけど。普通に高校中退したし。今はフリーターってやつ?」
「そうなんだ。バイトとかしてんの?」
「...んー?バイト...バイトではないのかな」
「...どういうこと?何してんの?」
すると、ピースをする。
「...?」
「V」
「V?」
「そそそ。Vtuberってやつ。知ってる?」と、携帯をいじり始めるととあるチャンネルを見せてくる。
それはV界隈ではそこそこ売れている子であった。
割と素のままのダウナー女子みたいな感じが人気の理由らしい。
「...登録者20万人ってすげーな」
「まぁね。こういうのが私の肌にあってたっぽい」
「...てか、なんでいきなり大学まで来たんだ?」
「うーん。暇つぶし?大学って来たことなかったからどんなとこかなーって思って。ネットで見たんだけど、部外者が潜入してもバレないってマジ?」
「まぁ、普通の授業ならバレないんじゃね?出席も紙を出して確認してるだけだし」
「ふーん。そんで?何でそんなやつれた顔してんの?」
「...ただの寝不足だ」
「寝不足ねー。まぁ、そういうことにしておいてあげる」
「...おう」
「まぁ、何かあったら私が話を聞いてあげるから。どんな話でも私は受け止める自信がある。例えば、宗也がとんでもないサイコパスだとしても」
「それはちゃんと距離を取るべきだと思うが」
そのまま講義室に入ると、大吾と目が合う。
しかし、隣に連れている凪を見て『おい!彼女か!羨ましいぞ!』てRINEが届く。
面倒なので否定するわけでもなく、スルーしながら俺たちはただ授業を受ける。
「...へぇ。勉強ってこんなに面白かったんだ」
「あの人は人気の教授だからな」
「ふーん」
すると、そんなタイミングでもう1人の人と目が合う。
それは...瀬崎さんだった。
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