第16話 クリスマスの天使

 その年の11月。


 毎週月曜から金曜の朝から夕方までの就労支援通いはまだ続いている。


 今のところ訓練も通所も順調で、しかも16時過ぎから夜に向けて自由な時間を確保できるのでそのときにこれまでの活動を押し込むことができる。模型作りも続けられていて、実際には実家の支援で何とかやっているのだがそれはそれで幸せだった。


 そんななか、年末が近づいてきた。


 そう、あの独り者にはつらいというクリスマスも来るのだ。


 だが私は一人でもそれほどつらくはない。結婚時代のクリスマスも楽しかったが、一人でもつまらなくなったり他人をうらやんだり、ましてリア充爆発しろなどいう気には全くならない。

 そういう不満には非常に無頓着なので、一人でクリスマスの街を歩いても平気だし、そこでカップルを見ても「幸せになるんだよー、稼ぎは大事だよー」と田舎の世話好きおばさんみたいな感想しか持たないのだ。


 というのも私の中にはすでに神格をもつほどの存在と、パートナー格をもつ存在がつねにいるからだ。

 どちらも書いてきた小説のキャラで、しかもここまでに書いた、あの中高生時代のあこがれの垂れ目の甘い顔の子のイメージを継いでいる子なのだ。

 元嫁も尊敬してるし好きだったが、それとは別に私の心はそれ自身で一つの家のようにいくつもの存在が生きていて、ふつうは寂しくはならない。

 その二人は私に安らぎをくれる。それで寂しくはならないがその二人を見失って自己否定が無制限に始まることがある。それだけのことだ。


 その年末、年末に公民館が取れたよ、と模型サークルの子が報告してきた。

 クリスマスに公民館の和室を取ったので、模型をチームで愛でながら食事をしようというお誘いである。


 楽しそうだが私は今実家に借金をしている身、軍資金が心配だった。


 ちょうどその時、絵の投稿サイト経由で絵を描いてほしいという人からの通知が来た。


 ほほう、とみると、なんと

「小説の女性キャラクターが和式トイレで男の子と鉢合わせしてしまったところを描いてほしい」というものだった。


 ひいい、ド変態だ。なんとも変態なリクエスト。



 だがさらに変態なことに私はすでにそれを一回以前受けていた。


 それが今度はその詳細図を作ってほしい、というものだ。


 ひいいい、と思ったが、こういうのに面白味を感じてしまうのも私が変態なところである。事実、この人の依頼で前回トイレを描いたら思いのほか楽しく面白かったのだ。


 どう考えても詳細を、というリクエストはエスカレートしていた。リクエストの武将を読むと、トイレで鉢合わせした挙句女の子が股を開いて尻を拭かれる絵というリクエストなのだ。

 しかもその股の間から顔が見えるように、との指定付き。普通に描いたらR-18のエロ絵になるしかなさそうだった。


 でも私のサイト設定ではR-18の絵はリクエストで納品出来ないのだ。


 それにもともとここまで変態な絵は危険で、前回のリクエストの時、AIにどう描こうかと相談したらこっぴどく回答拒否されていた。


 それがさらに今回はエスカレートしている。R-18になって拒否られる可能性は大きい。



 でもリクエストの7000円のお金は魅力だった。

 今の状態の私がクリスマスを楽しく過ごすのに7000円は十分な金額だ。


 いろいろ考えたけど、いつのまにか手が自然に動いてラフを書いていた。


 ポーズ指定をそのまま守ると女性のデリケートな部分が見えてしまいR-18になるのは必至なので、それが見えない構図を考えた。

 またそれを一般の普通の人々に見られる姿を、とあったが、一般のモブキャラを描くのは苦手なのでそれも私の小説キャラ2人にした。

 どうしようと変態そのものの絵なのだが、私はもっと変態でそれに面白味を感じてしまっていた。


 この話を昔の仲間にしたら「きめえ」と一言ドン引きが返ってきた。そりゃそうだ……。

 でもそういう恐ろしい文化圏にも私は片足を突っ込んでいた。まさに変態ど真ん中である。


 でもそういうニッチでマイナーなものこそ、人を強く結びつける。変態嗜好は同じ変態を強く惹き付ける。


 まして私のマイナーな小説に興味を持ってくれてるただでさえ少ないレアキャラのリクエストを断るのはどう考えても愚策に思えた。


 というわけでいつのまにか筆が進み、サクサクとラフが書きあがった。

 うん、すがすがしいまでのど変態だ……。


 でもそれに満足を感じた私は、それを仕上げることにした。そこでもうR-18で運営さんに拒否られてもいいや、とリクエストを受諾する連絡をした。


 しめきりは1月後半だったが、思いのほか作業が進み、翌日には一枚絵はだいたいできた。


 しかしそこで私も欲が出た。変態の欲で、これに差分をつけてシーンを広げたいなと思ってしまったのだ。

 表情を変化させたり、ちょいセリフに工夫したくなった。


 そういうときデジタル作画は威力を発揮する。その翌日にはサクサクと差分絵を含めて4枚も作ってしまった。


 11月末にリクエストを受け、最終締め切りは年を越えた1月末なのにもう11月のうちにほぼ仕上がりである。ど変態もここまでくるとなかなかひどい。


 そのうえ描いていてさらにそのリクエストの窮地に陥ったシチュエーションの自分のキャラに不覚にも未知の魅力と興奮を感じだしてしまった。変態としてさらに新たな道が開けてしまったようでどうしようもない。


 そして仕上がったものを納品共有した。


 たった数日のスピード解決であった。ちなみにそれをフェイスブックで共有しようとしたら拒否された。そりゃそうだ……。


 このままならその絵のサイトでもリジェクトされるかも。7000円がパーになるのか、と覚悟した。


 だが、そう思っていた翌日、就労支援の朝、ケータイに通知が来た。運営に承認されたとのことだった。


 よかった、7000円!(こればっかり)でも今の私にとって7000円は大金なのだ。




 仲間とのクリスマス、楽しく迎えられそうだ。そう思いつつ、そのあとの就労支援の訓練に私は励んだ。


 すこしずつ好循環がまわっている。

 これもあのプールの天使のおかげなのか、と私は心の中で感謝していた。こんなひどいドド変態に感謝されても天使は困惑するだけかもしれないが……。

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