第11話 天使、降臨
前回のプールから時間が経ってしまった。
前回が6月で、7月8月は夏の模型展示の準備に忙しく休んだ。
それで9月に先生にプールに行こうと話していたのだが、その日になって持病の高血圧のせいか具合が悪く、かといって休むのもナニなので待ち合わせのスーパーの駐車場までクルマで行った。
私は幼い昔から親に「反応がオーバーだ」と言われ続けてきた。なぜか耳鼻科の診察で使われる耳の中をのぞく器具がやたら怖くて嫌がったからそう言われたのかもしれないと今思う。その頃やたらとすぐ熱を出して幼稚園を休んで小児科に行くことになり、医者からも「また来たか」と言われたりしていた。そのなかで親にやたら「オーバーだ」と言われたのは私を強く傷つけていた。
身体が丈夫でない私はそれを私が詐病をしていると疑われているのだと思っていたのだ。そして病院に行っても昨日症状があったのに診察するときになんともないことが時々あり、それも私を追い詰めていた。
だから私はわたしの感覚を信じられないのだ。たしかに痛かったり辛かったりしても、それは私の感覚がおかしいだけで、本当はなんともないのだ、と。本当もナニも、身体の感覚で自分は自分の感覚しか頼りに出来ないのは普通なのだが、私は私をそんなところでも信頼できなかった。
ましてや自分の嗜好、趣味、仕事でも自分を信頼できる訳もなく、確認グセはもう少しで生活に支障を来す所まで進んでいた。
事実リモートでやっていた仕事を失ったのもそのせいで若干作業速度が遅かったせいもあるかも知れない。仕事の上役がリモート作業だということに理解がなく待つことをスゴく嫌がる人だったのも相まってしまったのか、その上役は私を問題視してさらに上役に報告していたようだ。
もともとその上役も仕事が遅く、こちらが普通に仕事していても「いま手一杯なので待ってくれ」をよく言っていた。それなのにこっちが少し手間取ると「報告が遅い!」と来る。しかも仕事を待たされると私には時間あたりの仕事のノルマがあるのでそれが未達になる。上の上役はその実態も見ているとは思えず、私の未達と上役の彼の報告をただ真に受けていたようだった。
それで上の上役はリモート面談の場で一方的に私を難詰した。そうなるだろうなと察してて録音してたのだが、それをとある件で知り合いになった弁護士さんに聞いて貰ったら「まあパワハラとは言いにくいね」という判断だった。
酷い理不尽ではあるが、世の中そんなものだ。
私は元からこの世界に期待なんかしてないし、様々な理不尽にも慣れていた。何しろ自分の感覚を自分で全く信じてないので生きてる事実も信頼はない。だからいつ死んでもいいと思っていた。
Amazonで首吊り紐を検索して「Amazonチョイス!」と表示されるオススメの紐を買おうと思うこともあったし、鉄道自殺もよく考えた。クルマでの自殺はさすがにメーワクが酷すぎると思ったしそこまで私を助けてくれたクルマに申し訳ない。私より私はクルマや工具のほうをずっと信じてたし愛していた。私はそれだけ私にとって無価値なのだ。
だから役所から低収入で行き詰まっていて生活できないと相談して、役所の人に「対応する方法は何もないですね」とヘラヘラ笑われながら言われて、ああ、もう死のう、こんな人たちにさらに今さら身の上話して疲れるより死んだほうがまだ楽だ、と思うのだった。
私は私を信頼できないので、私は無価値だし、いつ死んでもいいものなのだ。そう思っていた。死なないのは他人との約束を裏切るのが嫌なだけで、約束がぜんぶなくなったらいつ死んでもいいのだ。というよりそうなったら即座に近所の公園の木の枝にロープ使って首吊ろうといつも思っていた。
メーワクをこれ以上かけるのも嫌だったし、世の中は私のような氷河期弱者男性は自己責任でそうなんだと棄民することにしているのだと思っていた。そう思われながら肩身狭く生きていくほど私は図太くはなれないのだ。
それでもプールの先生は大会に出ようとかいろいろ誘ってくれた。ありがたいのだけど、私は正直、まぶしくて「もういいや」と思いつつあった。夏の展示は大成功したのだが、問題はなくはなかった。展示のチーム内の人間関係のこともあった。
仕事もなくなって展示どころでも無い。まして仕事はリモートの仕事もやっていた役場の仕事もやめることになり無職無収入で今更プールでも無いなとも思っていた。
毎晩処方薬を飲むときに、これ飲まなきゃ死ねるのになんでこれ飲んで首吊り紐なんだ、と自分の心の矛盾に呆れる日々だったのだ。本当にろくでもない。
それでもプールに行くことにしたら、今度は私を高血圧の発作が襲った。それで結局9月は休んで、10月初めにその分を行くことにした。
3か月のブランクで嫌な感じではあったが、先生との約束を破るのも嫌だった。私は私の身体や幸せより他人との約束のほうが大事なのだ。私自身はいくら無価値でも、してしまった約束という債権は無価値ではない。そう思ってしまうのだ。
プールについて、久々すぎてプール用の道具のひとつを家に忘れてきたことに気付いたが、まあなんとかなると判断、プールに入った。
3か月ぶりのレッスンは復習中心で、なおかつジャグジーを間に何度も入って身体をほぐしながら進める、前と変わらずの丁寧なものだった。それがありがたかった。
金曜の夜だった。子供たちの水泳教室が行われてるのが終わり、大人ばかりになった。どの人も健康そうで、私は正直劣等感を感じていた。それでもレッスンは約束なのでするしかないと思った。
それでやったビート板を使ってのバタ足で、前は15メートルで息切れして中断してたのに、この時は20メートルまで泳ぐことが出来た。
あと5メートル。無理をすればそれもいけたと思うが、無理しなかった。
でも3か月ぶりにしては上出来どころか、自己記録更新であった。
これで分かったことは、私の身体の衰えが酷いこと、そしてそれを改善したのは仕事を失っていくようになった就労支援施設へのバス通所で増えた徒歩移動なのだということだった。
前はリモートバイトだったので職場まで5歩、1週間で2000歩しか歩かないという始末だったのだ。それが改善されたのがこの結果になった、と思った。
今更50超えて就職探して見つかるもんでもないのは分かっていた。でもそれを目指すことはそれだけで少し私を改善していたのだ。
それをどう受け止めたものかと思いながらジャグジーに向かったその通路で、私はやってきた彼女と出会った。
その彼女は、まだ幼さを残す年の頃は中学生だろうか。なんと私が妄想して絵に描いたのとおなじスパッツスタイルで同じカラーリングの競泳水着を着ていた。
これには私は驚いた。なんと言う偶然。
そしてそれを見る私は不思議な感覚に襲われていた。
私の絵と妄想の中から出てきたような彼女は、絵と妄想よりずっと美しく真剣に水泳に向かっている表情で、私はそれを受け止め表現するために語彙をたぐってみたが、なかなか言葉が浮かばなかった。
彼女は、ただ整ってただ精密でひたすら華奢で、すべてが美しかった。
ジャクジーに入りながらチラチラとその彼女を見た。彼女も個人レッスンを受けているようで、洩れ聞こえる声ではやはり試合を目指していて、それにメドレーで出場することにしているようだった。それに従うコーチらしき人は爽やかそうな若い男だった。
私はそれを見ていて、私なのになぜそれを見て邪念が浮かばないのか、不思議に思っていた。確かにいろいろ妄想できそうなのだが、それが全て途中で脳内でキャンセルされる。そういうことで汚してはいけないものだ、という機制がガッチリ働くようだった。
そこで気付いた。
そうか、これは彼女が、私が前から期待していた、
市民プールの天使、なのだ。
天使を汚すわけにはいかないのもそうだし、それだけ彼女は美しく高貴に見えたのだし、それを汚せないように私の心をつかんだのも、彼女が本当に天使だからなのだろう。
いわゆる希望とか夢とかではなく、簡単に言葉にしにくいけどなにか言葉にしたくなる、近寄りがたいけど近くで見られる何か。
彼女はまさにそれだった。
天使とはそういうものなのだろう。
その後、私は先生に促されてプールから帰ることにした。
プールの事務室で菓子パンが売られていたので、アップルデニッシュを買って食べた。その後先生を乗せ車で向かったスーパーの駐車場で解散したあと、その店の中にに入った。
時刻は20時を過ぎて人はほとんどいなかった。その店内でお総菜寿司700円が閉店間際で20%引きになっていた。
お金もないのに私はそれを買った。
そして家に帰ってそれを夕餉に食べながら、私はなおもあの彼女の姿を思い出し、沸き起こる感覚に浸っていた。
そんなことをするほど実は上機嫌だったのだと思う。
そりゃそうだ。
待ち望んだ天使に、やっと出会えたのだから。
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