第9話 救いの天使

 その後、採暖室に行こうとしたがそこはなぜか満員だったので、ベンチに戻ってもうすこし飲み物を飲んだ。そうしているうちに休憩が終わったことを告げる笛が鳴った。


 もう一度自由遊泳の25メートルプールで鼻呼吸しながらの水中歩行をやったが、もうそれで今日のメインのレッスンは終わりで、あとは歩行プールと流水歩行プールでのクールダウンでプールを上がるだけだった。


 シャワーを浴びてロッカールームで着替え、車でまた集合場所だったスーパーの駐車場で先生と解散、帰宅して終わりである。


 帰り道は河原沿いの堤防道は暗くて速度も速くて嫌な予感がしたので、バイパスを通ることにした。こっちは照明もロードサイド店も多くて運転しやすい。


 先生と別れて帰宅し、一人暮らしの家について、ため息をついた。



 正直、このころの私は経済的にもカツカツで、生活資金がもうすぐ底をつきそうだった。


 2つやっているバイトはどちらも嫌がらせかそれ類似の理不尽でシフトを減らされ、補助や給付をかき集めても生活ギリギリ、何かあれば破綻するしかない。


 それで3つ目の仕事を探していた。


 その仕事探しが実にひどいものだった。


 応募してみると求人サイトに書かれていないことがボロボロ出てくることが多い。時給で書いてあったので短期バイトだと思ったらなんと社員採用で残業アリでフルタイムで募集している、などというのが一件ではなかった。


 時給だから安くても仕方ないと思っていたので、月給に計算し直すとよくもまあ今どきこの額で恥ずかしくもなく、という安さだったりする。



 それならまだいい。求人サイトにアカウント作って登録情報を入力してようやく応募、と思ったら「応募窓口はこちらですのでこちらに登録お願いします」と別の求人サイトに飛ばされ、そこでもまたアカウントを作って登録情報を入力するはめになる。それでようやく応募したところで書類選考だけで落ちてお祈りメッセージがくる。


 その書類選考も、若い人だけ、女性だけ、健常者だけというのがすごく多い。ほんとはそれは法的に規制されてるはずなのだが雇う側にしてみたらそんなのお構いなしであり、規制になんの意味もない。結局役人の自己満足だけなのだ。




 そして障害者枠で応募した学校の補助員もひどかった。応募書式を見ると推薦人欄があり、そこに就労支援の会社の名前かそれに近い人を書かねばならないようだった。


 就労支援の会社に行ったことがあるが、単純労働とまず会社に通うことを訓練するというのが就労支援であった。


 障害があればそれもきついとは思うが、そこでは障害者の労働は単純労働しか考えてないのがありありと分かる内容で、能力を活かすという観点はほとんどない感じだった。


 もちろん資格取得の支援など一つもない。ただただキー入力の正確さを上げるとかカードを並べて集めるとかの単純作業の訓練が続く。そして昼にお弁当が出るが冷凍おかずに冷凍ご飯で、解凍が甘くて少し冷たかったりする。



 このすべてが国の推進する障害者支援事業として事業者にどっさり補助金が出る。でも障害者が自立するためといいつつ、やらせるのは単純作業か健常者と同じ仕事を「障害者だから仕方ないよね」と施し感覚で雇ってもらうことしかない。


 海外で障害のある人の特性を生かしたIT企業とかの例もあるし、日本でも四六時中ドラレコを見ても疲れない障害者を雇っている保険会社の例などが紹介されるが、そんなのは珍しいからテレビネタになるだけで、ほとんどは施しの次元の単純労働である。


 一億総活躍などというが、こうやって低賃金単純労働を障害者にやらせるこの先には「収入あるから、これからは補助を切りますね」がくるのは確実だろうなと思わされる。




 それでも私はバイトシフトを理不尽に削られて自信を喪失していたのでその時そこに通った。朝早く雑居ビルのスチールのドアの前でテナントに入っている就労支援センターの開所を待ったし、車が運転できてもバスで通った。


 バス代が痛い出費になったが仕方がない。でもそこに通わなければ実際仕事をしていても仕事をしていないと同じ扱いを受けるのだ。


 そしてそのセンターに雇用されている人たちの雇用を守るためのダシに自分たち障害者が使われているのも受け止めるしかなかった。


 その訓練はひたすら安い教材、安い内容だったし、それをやりながら私は「このレベルからやらないと認められないんだ」とここまでの私の人生がいかに市場価値がないものだったかを思い知らされて凹んでいくのだった。




 でもそれをやらなければ書類選考で落とされる。推薦人欄への記入がないと問答無用である。学校、それも自治体の学校の補助員の募集だったがそうだった。つまり私はそこから要らない人間とみなされたのだ。




 それで落ちたのだが、その日以来、親からは「あんな仕事もある」「こんな仕事もある」とメッセージがバンバン来るようになった。


 それもただのWeb検索で好奇心のままに選んだ仕事で、その内容を調べるにはそれぞれまた別の求人サイトにアカウントを作り、登録し、プロフィールを入力しなければならない。


 求人サイトのアカウントがどんどん増える。そしてそこからのメールもどんどん増える。メールボックスにどっさり溜まってそれを読もうとするとまた親から「こんな仕事があった」とのメッセージが来る。


 自分が働かない仕事を好奇心だけで気ままに探すのは確かに面白く楽しいよなあ、と思えて不快にならざるを得ない。かといってやめてくれとも言えない。




 その中でWeb面接した飲食チェーン店は当初好感が持てた。


 そこの扱うものも好きな食べ物だったのでよかったのだが、時給は自治体の定めた最低時給ギリギリの額だった。


 それでも諦めて働こうと思って研修ビデオを見たら、驚くほど立派な研修ビデオだった。企業理念から行動理念、衛生保持の心得……どれも立派だったが、そこまですばらしく立派なこと言うのに最低時給しか払わないんだ……と思えてしまった。


 どうもそういうメンタリティにはついていけそうになかったのでその時点でやめた。


 研修ビデオでやめたのは最速記録だと言われたが、そのご立派な研修ビデオ作って海外事業もやってますと誇るならもうちょっと時給よくしたほうがいいと思いません? このご時世、と喉まで上がったが、すみません、毎日ユニフォーム洗濯する洗濯機が我が家にないんです、と恥をかいてでもいいのでやめた。




 もう一つ登録したのは短期バイトの派遣会社だった。そこも説明ビデオで立派な企業理念を謳っていた。


 でもそこもちょっと時給の良いPCセットアップの仕事につられて登録したが、入ってみるとPCセットアップの仕事など紹介されず、漬物の仕分け、工場の仕分け、倉庫の仕分けばかり時給の安い仕事で、しかも勤務地へはバスか電車で通えとあった。マイカー禁止であった。


 それでも見ていると終了時間22時の仕事もあり、おや?とおもったら、なんと「帰りのバスはないので駅まで24分歩いてください」とあったりした。





 こんなことが続いて、私はメンタルがすり減りまくっていた。唯一の抵抗は「天使」として競泳水着の女の子のイラストを自分で描いて消費するのみだった。それすらも描くためのツール・ソフトのサブスクがもうすぐ払えなくなる。


 世の中でこういう立場を弱者男性というらしい。私はまさしくその域に落ちていた。

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