第5話 心細さと変態
プールに入る前の更衣室。ここで着替えるときに独特の心細さを感じるのは私だけであろうか、と、とある女性売れっ子漫画家がツイートしていたのを思い出した。
ここで私は男性であるのに同じ気持ちを抱き、何とも言えない独特の感覚の中、着替える。
ケータイも時計もここの100円玉を入れて鍵を掛ける形式のロッカーにしまってプールにはほぼ手ぶらでいかねばならない。
個人的には練習の風景やメモをとりたくてケータイを持ち込みたい気持ちもあったが、最近は物騒なので持ち込めないというのもうなずける。
私もそういう物騒なことをしでかす変態のうちなのかもしれないが、私はそんな愚かなことをしでかす気持ちも度胸もない。
だから従順に指示に従うことに疑問を持たない。
私が変態なのは、あくまでも内心の自由の範囲内においてのみである。
その前に「先生」から飲み物を買ってプールに向かうようにと指示され、自販機で飲み物としてペットボトル入りの麦茶を買った。
泳いだりすると思いの外水分を消費するらしい。先生は丁寧にそういう些細な事も丁寧に教えてくれてありがたい。
まだこのときは年が明けたばかりで外は寒い。
この市民プールのロビーや更衣室には暖房がしっかり効いていて暖かいのだが、厚着のまま更衣室に入ったので着替えに時間がかかる。
コートに上着と着ぶくれした状態からの着替えである。
先生は慣れた感じでさっさと着替えたのだが、私はもたもたしてしまった。
100円玉を入れて閉めたロッカーの鍵は手首にバンドで取り付けるのだが、そのバンドの扱いにも私は手間取った。
そしてそれに先生が気を使っているのもわかって余計もどかしい。
気を使われることに私は慣れてないし使われることに気を使ってしまいヘトヘトになるのも私である。
やっとのことで着替え終わり、セームと飲み物のペットボトルと競泳ゴーグルを持ってスイムキャップを被り、備え付けのシャワーを浴びてプールに向かう。
途中のトイレや個人シャワーなどの施設の案内も先生がしてくれる。先生は終始とても丁寧だった。
そして、固定シャワーの下をを抜けるとプールのあるホールである。
抜けて視界がひらけた。
それほど広くはない空間。
そこには短い小さめの25メートルプールと子供用のスライダーのあるごく浅いプール、そしてジャグジーと流水がぐるぐるまわる歩行用プールしかない。
一般的な公立学校のプールと同じぐらいの規模感である。
暖房は気前よく効いていて、天井にむき出しの銀色の空調ダクトから温風が供給されているのが見えた。
またあちこち建物の新しさがあり、清潔な感じだ。
中で泳いだりしているのは何人かの家族連れ、お父さんと子供らしきグループが何組か、それと25メートルプールで黙々と泳ぐ水泳の心得がいかにもある感じの男性が3人。
あとはふくよかな、というより、しっかりどっしり太った年の頃は私の母ほどあるおばあさんが歩行用プールにいるぐらいだった。
プール監視員も若い男性が2人、暇そうに水面を見ている。
そう、案の定、ここに天使などいなかった。
そりゃそうだ。そんなこと期待するほうが明らかに間違っているのだ。いるわけがない。あたりまえだ。
そのことを私は理解し、ちょっぴり残念だけど、観念して真面目に体を動かそう、と思うのだった。
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