第4話 後ろめたさと女性水着

 スーパーの駐車場には待ち合わせの5分前に着いた。軽自動車の後部座席に置いたトートバッグには、まだ着慣れない競泳パンツとセーム?と呼ばれる今時の素材で出来たすぐ乾くスポーツタオル、そして競泳眼鏡にバスタオルが入っている。


「はーい」

 そう言って私の車のドアを開けた水泳の先生。仏教系の大学を卒業して、今は役所の近所の工場に勤めている。

 世代的には私と同じぐらいだが結婚している。車は奥さんが仕事で使うため、私に軽自動車を出して貰うことにしたようだ。


 車に乗るなり先生は工場での作業ミスの愚痴を少し言った。愚痴と言ったら可哀想といえばそうな軽いものだったが、大卒でも工場の生産現場で働く時代、高卒でしかない私にろくな仕事がないのは当然かもしれないとまた陰鬱になる。


 そのまま軽自動車を運転して、川沿いの堤防道を走って隣の市の市民プールに向かう。高速道路が最近新しくできて沿うようになったが、田舎の堤防道でまともな速度で運転する者はまずいない。ここは首都圏の端っこではあるが、どう考えても田舎町である。


 市民プールはゴミ処理場の廃熱を利用して温水を作っているプールらしく、通年営業で、しかも最近リニューアルオープンした真新しい建物である。

 コンクリートとガラスをスクエアな意匠に使った建物がいかにも今風だ。駐車場も広く、全体的に真新しく綺麗な施設である。


「足湯がありますよ」

 先生はそう案内してくれた。なるほどそういう福祉目的もかねているのかと観察する。



 建物の中に入って履き物をロッカーにしまってロビーに向かうと、ちょっとした休憩スペースに自販機があり、その一角に水泳用具の販売コーナーもある。



 そこには競泳水着、それも女性用が売られていた。



 白状すると、これより前、別の日に私のやっている工作趣味の材料を買いに行ったホームセンターもスポーツショップが併設されているのに気付き、ふらふらとそこに入って、やっぱり競泳水着、それも女子用を探したのである。


 ところが残念なことに、そこにあったのは子供用、それもスパッツスタイルですらないダボダボの海水パンツしかなかったのだ。

 これにはガッカリすると共に、自分の邪さが情けなくなった。

 そしてその失望の中、買った模型用のプラ材とペンキ缶片手にションボリと帰宅したのだった。


 ところが、この市民プールの販売コーナーには、大好物であるハイカットではないものの女性用水着があったのだ。

 ほかにも女性用のスポーツインナーなども売られていて、それだけで私はうれしかった。私はそういうド変態である。

 なにしろスポーツジムの宣伝チラシのなにげないイラストのランダム柄のスポーツブラを見て自慰を完遂できてしまうほどのムッツリド変態であるから、まったく救いようがない。


 先生にそんなこと知られていいわけもなく私はますます深く静かにますますムッツリしているしかない。

 だがそれでも女性用水着の意匠を私はすっかり鑑賞してしまっていた。


 それをなんとか切り上げて、何事もなかったように市民プールの受付に向かう。


 受付には恐らく私と同じ臨時職員らしき男女の職員がトレーニングスタイルで待っていた。どういう経緯で彼らが採用されているかがなんとなくわかりそうだが、私も同じ類なので何も言えない。


「お風呂ですか?」

 と職員が聞いてくる。

 なるほどここにはプールだけでなく入浴目的だけで来る人もいるのか。たしかにそういう施設も整っている。


「いえ、プールで。あと、これ使えますか?」

 私は財布から障害者手帳を取り出してみせた。最近手帳と言いながら更新でプラのカードになったそれを見て、職員はどうぞ、と先へ進むように促した。

 隣りも先生も一緒に促された。

 付き添い扱いで私と先生は無料と言うことらしい。

 福祉をこうしてつかうのに後ろめたさは今でもあるが、かといってそれを返上する余裕すらまったくない生活である。


 半世紀経っても未だにそうなのだ。私は久しぶりに実物の競泳水着を見たうれしさと、思い知らされた福祉の後ろめたさで。気持ちは早くもぐちゃぐちゃになっていた。

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