4話 自分殺し

 僕は、あの女の盗人を見た秋の夜から、盗んでは売り、食べ物を確保するという社会悪に手を染め続けた。陽射しが路地裏までを照らし出す日中は、帝都の東の方の街をブラブラと闊歩するか、人気のない場所でうたた寝をする。日が暮れて、辺たりが夜闇の黒に塗り潰されたならば、路地裏に迷い込んだ「獲物」を捕らえるのだ。


 最近は、どうやら帝都の治安維持にあたる憲兵に目をつけられたらしく、夜になると帝国の腕章を着けた兵士をよく見かけるようになった。逮捕されて、恥を晒されて牢屋に送られるのは御免なので、獲物を見定める路地を帝都の西に移した。そこの一帯は、帝都の中流から上流階級の人間が住まう地域らしくて、一夜に獲得できる金が目に見えて増えた。


 ある日に、僕は貴族の鞄を奪い取ることに成功した。警護も同伴せずに、酒に酔いしれた赤い顔をしてふらふら歩いていたので、奪い取ることは実に容易であった。それを、帝都の中でも腕利きの店に売りに行った。店内を一瞥してみると、売り出されているドレスや帽子は、最近の帝国の陰鬱なる雰囲気とは、まったく対照的だった。


 女性のドレスは、前時代の王宮文化を体言するかのような、洗練された輪郭と、優雅と、華のある装飾が同居している。スカートは無用に広く、多彩な装飾は目に毒っぽい。


 男性の服装は、コートを二つ重ねられていて、華やかしい白の刺繍を際立たせるようにその全面を黄の小紋の柄が覆い尽くしている。


 そんな豪華絢爛の店内を俯瞰してみると、何ともみすぼらしい背丈の低い男が、場違いの感を醸し出しているのである。砂か埃で汚れて、しばらくは洗濯されていない為に黒ずんでいる羽織を身に巻いている。形はシワを刻んでいて、装飾など皆無で、動きやすい構造で体を包んでいるだけという有様である。店内にはみすぼらしさと華やかさという、まさに両極が同居していたのである。


 そんな小さい男・・・改め僕が、店員に盗ったバッグを手渡した。


「すみません、これを売りたいです。」


「・・・分かりました。担当者をお呼びいたしますので、少々お待ちください。」


 当然とばかりに整った服装をした店員は、おもむろに店の奥に消えていった。




 しばらくすると、なんと店員ではなく、帝国の腕章を着けた憲兵が店の入り口から現れた。真剣を右の手に握って、こちらを睨むようだった。その姿を視界に捉えて、僕の体は内側から凍りついてしまったかのように動かなくなってしまった。


___しまった。待ち伏せされていたか。こんな西の地区にまで警戒の目を張り巡らせていたとは。


「貴様、例の盗人だな!?観念するんだな!」


 その憲兵の後ろから、先程の店員が顔を覗かせた。


 手に汗を握って、僕はどうするべきかを思考した。相手である憲兵を一見してみれば、屈強な感じで腕も脚も太い。背丈は高く、僕を見下げるようで、僕は心臓の辺りが冷え込み、鼓動を凄まじく早くした。鷹に睨まれた鼠かの如く、僕は硬直して微動だにできなかったのだ。


「す、すみませんでした・・・」


 弱い音を上げながら、店の隅へとじりじりと後退した僕は、手に尋常でない汗を握っていた。憲兵は僕の腕を強く掴んで放すまいとした。ここで無用な抵抗の意思を示せば、その剣で斬り殺されかねない。


「ついてきてもらおうか。」


 僕は細い腕をガチリと憲兵に捕まれて、半ば引きずられるように大通りを通って、治安維持のための憲兵所へ連れ込まれるのだった。


 周囲の人々の目線は冷たく、僕を一突に串刺しにするような鋭利を含んでいた。僕はそんな耐えがたい羞恥の時間で、自らの罪の重さに気づいて、冷たい汗を全身から粗雑な服へと滲ませるのだった。




 嗚呼、これで本当に終わりなのだ。


 

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