第5話:討伐の使命

 リリスは衛兵に「あたしたちはこれからダンジョンに潜るわ」と告げると、何の問題もなく、確認もせずに許可された。悠人は不審げに眉をひそめ、「こんなに簡単なやり取りでいいのか?」と尋ねた。


「うん。彼らには『真贋の宝玉』があるから、本当のことを言っても全てを語っていないと引っかかるようになっているの」とリリスは小さく頷きながら解説した。その自信に満ちた表情から、この世界の事情に精通していることが窺えた。


 悠人は考え込みながらも納得し、「それなら、初めから全て言う方が賢明だろう?」と静かにつぶやいた。心の中には、先ほどの疑問が再び浮かび上がっていた。「さっきの荷馬車の者に『日本人』かと問われたんだが、どうしてわかったんだろうな?」とリリスに尋ねた。


 リリスは軽く肩をすくめ、「たまに、真実の目を持つ者がいるのよ。その者からすれば、相手のことがある程度はわかるもの」と説明した。彼女の言葉には、神秘的な能力を持つ者たちが存在することへの驚きが感じられた。


 悠人はその答えにもやもやした気持ちを隠せず、さらに掘り下げて問いかけた。「馬車が出発する途中で何か伝えようとしていたような気がする。リリスは『日本人』が何かわかるか?」


 リリスは目を細めて考え込み、「ん〜、それは当人に聞かないとわからないわね。もし奴隷商人なら、商会に行けば面通しができるから、行くのもありね。気になる子でもいたの?」と答えた。その表情には、何か重大な秘密を知っているかのような警戒心が見え隠れしていた。


 悠人は深く息を吸い込んで、「なるほどな。リリスは知らないけど、その娘は知っていて、俺も知っている。ならば何かあるかもしれないな……」とつぶやいた。彼の考えは深まり、タロットカードを扱える特殊な存在として、他の転移者がいる可能性に希望を見出していた。


 悠人はリリスに相談することにした。「リリス、気になることがあるんだ」と切り出すと、リリスは興味深げに「どうしたの? あたしの経験で答えられるものならぜひ」と答えた。彼女の目には、悠人が何を話すのか期待している様子が浮かんでいた。


 悠人は真剣な面持ちで、「実は神に、元の世界から来た悪意と悪徳の魂がこの世界の者に宿り、暴虐を働いていると言われてな、その討伐を依頼されているんだ」と告げた。


 リリスは「なるほどね」と静かに頷き、「他に気になることは?」と聞いた。彼女の声には、悠人の話に対する興味と理解が含まれていた。


「ああ、そこで何もしなくとも罰はないが、しなければ悪意と悪徳の者にいずれ殺されると言われた。ただし討伐すれば起きないとね」と悠人は続けた。


 リリスは「他には?」と問い続けた。彼女の問いには、まだ話し足りないことがあるのではないかという期待が込められていた。


 悠人は「それ以外には、一人だとは言っていないから、討伐をした者だけが得られる恩恵ではないかと思っている。つまり他にも依頼を受けている者がいて、競争になると考えているんだ」と答えた。


 リリスは「なるほどね……。もしかすると、複数の人に同じ依頼がされていると思ったなら、それは正解よ」と言い、悠人の推理を認めた。彼女の声には、過去の経験から得た確信が感じられた。


 悠人はリリスの確信に驚き、「なんでそこまで自信が持てるんだ?」と尋ねた。


 リリスは少し沈んだ声で、「実はね、過去に同じことがあったの。それが、気がついていながら、あたしは見過ごしていたんだ。あたしが犯した過ちの一つよ」と告白した。その声には、過去の過ちを悔いる感情が込められていた。


 悠人は「相談しておいて良かったよ。競争相手が何者でどのような者か知らないが、急いだ方が良さそうだな……」と思慮深く言った。


 リリスは「でも、焦らないで。その反応石に一定数溜まれば大丈夫よ。仮に数回先にやられても大丈夫よ」と彼を諭した。その言葉には、悠人を安心させようとする優しさが感じられた。


 悠人は「これで何かわかるか?」と反応石を取り出すと、リリスは警告を与えた。「人目につくところでは出さない方がいいわ。あとね、討伐対象がやられると一定期間赤くなるわ」と付け加えた。


「なるほどな……。神は嘘は言わないし、本当のことをいう。だけど、それはすべてを話していないというわけだな」と悠人は静かにつぶやいた。彼の声には、神の言葉の裏に隠された真実を見極めようとする鋭さがあった。


「そうね。そう思って間違いないわ」とリリスは確信を持って答えた。


「だとすれば、あの緑色の髪と目をした少女の話を聞いておくのも良さそうだな」と悠人は言った。彼の目は考え込むように細められ、その表情からは戦略を練る冷静さが窺えた。


「あなたと同じ、日本人? のことを知っているの?」とリリスは尋ねた。


「ああ、知らなければ出ない言葉だからな。聞いておきたい。内容によっては連れ出したいんだが、可能か?」と悠人は続けた。彼の言葉は慎重でありながら、決断の準備ができていることを示していた。


「そうね。奴隷商人だから相手の価値次第よ?」とリリスは答えた。彼女の顔には計算するような表情が浮かび、目の前の状況を精査しているかのようだった。


「ならば、ダンジョンへ行く前に金額を確認するか、ダンジョンで荒稼ぎしてから向かうか、どちらがベストか?」と悠人は問うた。


 リリスは一瞬考え込みながら顎に手を当てた。「相手は奴隷商人だからね。金額はあって無いようなものよ。だからその観点から行くと、真っ当なのは金額を聞くことね。ただし、その場合は高額な価格を提示する可能性があるわ」と言った。その声には警戒の色が濃く、さらに深い思慮が感じられた。


「それなら、相手のいう価格と一致しない場合、手付金を払い待ってもらう方法は?」と悠人は尋ねた。


「その考えは、手付金を支払えばそれを担保に待ってもらえる、または他の者への売買をさせないという意味を含んでいるなら難しいわ」とリリスは答えた。


「価格の半分以上でもか?」と悠人は続けた。


「ええ、そうよ。一見のお客には冷たいのよ。信用がないからね。そのため、即決で支払う以外に方法はないわ。あと契約完了後、抹殺して取り戻すかしかないわね」とリリスは言った。その言葉には、この世界の厳しい現実が込められていた。


「それを予測して用心棒がいるんだろ?」と悠人がさらに尋ねると、リリスは「ええ、そうよ。今後も奴隷を抱えることがないなら、抹殺も選択肢ね」と平然と言った。納得いかず互いに不満があれば、どちらかがやられる。そうした世界なのだ。


 その夜、悠人はリリスの案内で宿屋に行き、併設されている飯屋で異世界での初めての食事を楽しんだ。食事は異世界独特の風味があり、彼の舌を刺激した。「これは……思ったより美味しいな」と悠人は満足そうに言い、リリスも笑顔で頷いた。


 宿は簡素で、ベッドと二人がけのソファーとテーブルがあり、トイレもついていた。風呂は公衆浴場が町の中にあり、それを使うようだ。


 悠人は着のみ着のままで、そのままベッドに倒れ込んだ。「新たな力か……」ふと呟くと隣で丸まっているリリスはそれに呼応して「大丈夫よ。悠人はタロットカードをうまく使えているわ」と言った。


 悠人は「だといいんだけどな」とぼんやりと天井を眺めた。


「今度は、寝込みを襲われるのは勘弁してほしいな……」と悠人が言葉を漏らすと、リリスは「この宿屋の部屋程度の広さなら、魔道具があるわ」と言った。


「それはぜひ手に入れたいな。どこにあるんだ?」と悠人は尋ねた。


「ダンジョン内で出没する宝物庫や宝箱か、ギルドでたまにやるオークションね」とリリスは答えた。


 安全が得られるなら、なんとしてでも手に入れたいところである。「それなら、その中で寝れば見つかることも襲われることもなさそうだな」と悠人が言うと、リリスは「もちろんよ。所有者とそれが許諾した者しか入れないし検知できないからね。ただし、許諾した人が襲ってきたらそれは自身でなんとかするより他にないわ」と続けた。


 当然それは仕方ないとも言える。今のところリリス以外には考えていなかった。あとは場合によっては奴隷として買い取る可能性のあるあの少女ぐらいだろう。


「明日は頼む」と悠人が言うと、リリスは「任せて、初めてのダンジョンなら詳しく教えるから安心して」と応じた。


「わかった、おやすみ」と悠人が言うと、リリスも「おやすみ、悠人」と応じた。


 こうして明日、一人と一匹がついにタロットカードを駆使した戦闘に挑むことになる。

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