第九話『Tuberと巨大津波』

【お知らせ】第九話『Tuberと巨大津波』は、八話までの『神視点』ではなく、『一人称視点』を採用しております。ご了承くださいませ。


 ダークエネルギー襲来より二千年。

 アクアリウムとTubeによる、人類の生存戦略は、当初の予想を遥かに上回る大成功を収め、人口は億単位で維持された。

 そして、アクアリウムとTubeの巨大ネットワークの世界を維持するために、Tuberが生まれた。

 Tuberは、シャトルに乗ってTubeの中を通りながら。Tubeの点検をしたり、物を運んだりする。


 Tuberの一人に、大和国やまとのくに内藤湛山ないとうたんざんという者があった。


「そうそう、ここだ。第一収束地点」


 ライトはオフだが、透明の壁越しの朝日のおかげで、シャトル内は十分明るい。この空間に存在するのは、腰の高さほどの細い四角柱と、その正面にある座席くらいだ。座席というのは、便を兼ねている。この便座、朝日をきらりと反射するくらいには綺麗に磨かれている。トイレもリラックスしてできないだなんて、どうかしている。乗組員を二人に増やせば、片方が気持ちよくトイレ休憩をしながら、点検もしっかり集中してできるだろうに。人件費削減はほどほどにして欲しい。壁を見ると、俺の姿が反射している。シャトルの壁の先、エクシウム・ガラスの向こうには、濃紺の海が広がっていて、ほとんど鏡みたいになっているからな。夜、窓の外を見ると、自分の顔が映る、あの現象と同じ感じ。って、脳内蘊蓄うんちく語りをしていると、髪が少しハネているのに気づいた。が、見なかったことにしよう。


「今日の予定は何だっけ?」

 これは独り言ではない。


 俺の声に反応して、女性の声で、シャトルのどこかから音声案内が。


〈ようこそブルー・リーダー。私は音声案内プログラム海三三九うみさざんく、本日のタイムスケジュールはこちらです。時間通り、規則厳守のTube内移動チュービングを心がけてください。〉


 シャトルの天井の小型装置から、エクシウム・ガラス製の透明の壁に向かってレーザーが照射され、3Dホログラム、つまり立体画像が映し出される。ぱっと見、やたらに文章量の多い、分刻みのタイムスケジュールと言ったところか。


「そんなのわざわざ言われなくてもわかってるよ。Tuber歴何年だと思ってるんだ?」

 壁を、音声案内プログラムの肉体だと思って、軽くコツンと叩く。


〈点検任務日誌の最終更新日が、五年前の六月十一日でしたので、念のため〉


 そう、俺はTube修復部隊『チーム・ブルー』のリーダーとして本部勤めになってから、長らく点検任務から離れていた。Tubeの修理ができるんだから、点検なんて朝飯前だ。


「ったくなんだ所詮プログラムのくせに。そういうのはって言うんだ、ちょっとは人間のことを学べ」

 AIどもは不完全だ。俺の経歴は瞬時に検索可能なくせに、経歴から能力を推測して、俺が実際どういう人間なのか、というところまではわからない。ああでも、そういう頭でっかちな人間が富士本部にも五万といるなぁ、人間もAIも同じか。


〈ブルー・リーダーの髪の毛が、ボサボサだったので、今朝は慌てて来たのだろうと推測しました。気を引き締めさせた方が、よろしいかと思いまして〉


 なんだ、大した推論をしてくれるじゃないか、こいつ。ちなみに今日は寝坊寸前だったから、朝飯は抜いてきたから、今日の点検の仕事は、文字通り朝飯前だ。


「はいはいそうかい、でスケジュールはどうなってるって?」

 立体画像を注視する。


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【タイムスケジュール】

〇八時〇〇分:『富士本部』第一収束地点にて、シャトルA15127に搭乗完了。

〇八時二五分:加圧開始

〇八時三〇分:加圧完了、『富士本部』第一収束地点より出発

〇八時四五分:溜まり場『岡崎』通過。通行料一〇三クレジット。

〇九時〇〇分:大黒柱『琵琶』通過。通行料三八〇クレジット。

〇九時十五分:溜まり場『丘砂おかさ』通過。通行料三九クレジット。

〇九時二五分:アクアリウム『出雲』通過。通行料五〇クレジット。

 大和国〜朝鮮国ちょうせんこく間を越境。

一〇時〇〇分:大黒柱『南朝鮮』通過。通行料二三〇クレジット。

 朝鮮国〜大華国だいかこく間を越境。

一一時〇〇分:大黒柱『上海上しゃんはいうえ』通過。通行料二五〇クレジット。

 大華国〜ミニヤ・コンカ間を越境。

一四時〇五分:超アンデス・ライン国家『ミニヤ・コンカ』到着。入国料一六〇〇クレジット。関税二〇〇〇〇クレジット(大和国政府により事前支払済)。

 積荷を下ろしたのち、台湾国・琉球ルートで帰投。

 ミニヤ・コンカ〜大華国間を越境。

一四時五二分:アクアリウム『重慶』通過。通行料二三〇クレジット。

 大華国〜台湾国間を越境。

一五時五八分:アクアリウム『玉山ぎょくざん』通過。通行料一一二クレジット。

 台湾国〜大和国間を越境。

一六時五五分:大黒柱『琉球』通過。通行料一八〇クレジット。

一八時十三分:大黒柱『南海』通過。通行料四四〇クレジット。

一九時〇九分:『富士本部』帰投。

——通行料の合計 三六一四クレジット——

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「あーっ! 長ったるいスケジュールだ! どうせ横断山脈のミニヤ・コンカまで行って帰ってくるだけだろう? 木を見て森を見ず! 細部に囚われるな! ま、お山の上級国民ベンベネトどもは森に囲まれて暮らしてるのかしらねぇけどよ!」

 神は細部に宿るとはよく言うが、これは、何のクリエイティブのかけらも無い仕事だ。とにかく移動して、Tubeに異常がないならそれでいい。

「というか、関税がやけに高いみたいだが、積荷は何だ?」


〈すみません、アクセスを拒否します。重要機密につき、上級責任者権限を要します〉


 こいつ、俺の位が低いって言いたいのか? まぁ実際、名ばかり管理職ってやつだがな!


「へぇ、そうかい。にしても、通行料の立て替えがきついなぁ! 三六一四クレジット、べらぼうだ! それだけあれば酒がたらふく飲めるぞ! そうだ、残高はあったっけ? 確認してくれ」


〈ブルー・リーダー。交通カードが挿入されていません〉


「ああ、そうだった」


 座席の前の柱の、狭い隙間に、カードを差し込む。


〈ブルー・リーダー。只今より、点検任務の手順を説明します〉


「説明? そんなんもん必要ないって!」


〈Tuberは全て、最後の点検任務から三年以上が経過している場合、点検任務についての簡易的な説明を受ける義務があります。こちらは通常のプロトコルです〉


 本当、生意気なプログラムだな。


「わかったよ」


〈シャトル走行中は、常に前方のTubeを注視し、また耳をすませて異常の発見に全身全霊を捧げてください。異常を発見した場合、直ちに緊急停止ボタンを押したのちに、最寄りの溜まり場あるいは大黒柱に指示を仰ぎ、その通りに行動してください。シャトルに人が乗る場合、溜まり場・アクアリウム・大黒柱ブラックピラーを通過、またはそれらに到着する度に、通行料が引き落とされます。立て替え分は翌月の給与振込の際に精算します。目的地に到着後、現地の担当者が来るまでは、シャトルを出ないでください。担当者が来て、積荷があれば引き渡ししてください。なければそのまま帰投となります。何かご質問はありますでしょうか?〉


「ないよ」

 そう、ないに決まっている。


〈では、八時二五分までに、シートベルトを装着の上、座席にご着席ください〉



***



〈発車時刻が近づいています。画面をコントロールパネルに切り替えます〉


 コントロールパネルなんて、滅多に使わないけどな。


「はいよ」


〈そしてブルー・リーダー……〉


「なんだ?」


〈シートベルトを装着してください〉


 海三三九うみさざんくが、相変わらずネチネチと指摘してくる。


「おっといけない、忘れてた」


 これは果たして意味があるのか、というほどに簡素なシートベルトを、腰周りに装着する。

 

〈加圧開始します〉


\キーーーーーーン/

 シャトルの後ろの空間に、空気が溜められる。


 その間二、三数秒。


\シュウゥゥゥ……/


 あっという間に、


〈加圧完了。カウントダウン。十、九、八、七、六、五、四、三、二、一、発車〉


 \ヒューゥン/


 揺れはほとんどない。


〈次は、溜まり場『岡崎』を通過します。通過予定時刻は、八時四五分〉


 岡崎か。西の方面に来るのは久しぶりかもな。


 目の前の数字が、一〇、二〇、四〇、八〇……一六〇…………三二〇………………六〇〇と推移する。


 あっという間に、立体画像の中の速度計の表示は、最高速度の時速六〇〇キロメートルになった。


 走るシャトルの透明の壁越し、Tubeの外は、


 よく晴れた空。


 いつものように、黒い月ダークムーンが、俺を吸い込みそうな顔をしている。


 Tubeの中は、ほんのり温かい。


 白い太陽の光に照らされた透明なTube内は、ちょうどビニールハウスのような、温室効果が働いているからな。


 視線は前方へ向けて。透明な、シャトルのフロントガラス越しに、ずっと先まで続くTubeの管を注意深く観察する。


 耳は研ぎ澄ませて。シャトルとTubeの内壁の摩擦音に、異音が無いか確かめる。


 今日も、遠くの海の水平線が綺麗だ……


 と思いきや、向こうから反り立つ壁のような巨大津波ビッグウェーブが向かってくる。


 その高さ、数千メートル。


「おっ、これは飲まれるな」


〈衝撃に備えてください〉


 海三三九はそう警告するが、大丈夫。


 \\\\ザッバーン!!////


 白い泡に包まれたと思うと……


 視界が、海の青に変わる。


 海中に沈んだTubeは、そのあまりの透明度で、目をよく凝らさないと、存在を確認できない。


 存在を確認できないということは、目立つ傷や、ヒビ割れがないということ。


「よし、無傷だな」


 Tubeの強度は、とんでもない。


 巨大津波なんかではびくともしない。


 津波よりも怖いのは、人工島特区の奴ら、いわゆる海賊たちだ。


 あとは、クジラやイルカの超音波。


 Tubeが海水により、一気に冷やされたのを感じる。


 シャトル内が少し涼しい。


 そろそろ最初の駅を通過かな。


\ピコンッ/


〈溜まり場『岡崎』を通過しました。通行料は一〇三クレジット〉


 ああ、立て替えが怖い。



***



 __発射より二十五分後__


\ツーツー/

 電子音。誰かから通信だ。


「こちら大和国やまとのくに富士本部ふじほんぶ。ブルー・リーダー、聞こえるか?」


 おっと、本部から通信だ。


「はい、聞こえます」


「富士山北西沖、約二百海里の地点で、Tubeへの攻撃があった」


 ほほう、ちょうど真南だな。


「また海賊ですか?」


「ああそうだ。すでに撃退済みだから、大至急、修理に向かってくれ。あ、残業代はちゃんとつけとけよ」


 残業代……嫌な予感だ。


「了解しました!」


\プツン/

 通信終了。


「おいおい待てよ、俺はさっき海に飲まれたところだが、富士山北西沖二百海里の地点で、今、襲撃があったってことは、ちょうどこのあと巨大津波とかぶるんじゃないのか? そしたら修理どころじゃない、大破も大破で大掛かりなTube交換案件だろう? そうならそうと正直に言ってくれればいいのに。ああ、やっぱり富士本部には碌な奴がいない!」


〈ブルー・リーダー、本部への文句ていあんを受け付けました。たった今のあなたの発言の録音データを、富士本部に転送します〉


 海三三九よ、余計なことをしてくれるな。


「おいちょっと待て! ひょっとして悪口も込み込みで……」


〈すみません、既に転送完了済みです〉


 はぁ、あとで叱られるかな。


「おっとマジかい ……じゃあ海三三九うみさざんく、次の停車駅で、下りのシャトルに乗り換えるぞ。交代のTuberを検索してくれ」


〈かしこまりました。検索します〉


〈代わりのTuberが見つかりました。次の大黒柱『琵琶』で、柱の民月石黒根つきいしくろねに代わります〉


「黒根? 女性Tuberか。しかも柱の民。なら便座を使わなくて良かった、汚い便座を金持ちレディに使わせるわけにはいかないからな。月石黒根についての詳細は? あ、ひょっとして、そいつは若くて美人か?」


〈すみません、アクセスを拒否します。重要機密につき、上級責任者権限を要します〉


「ったくつまんねぇな! 引き継ぎ相手の情報くらい、ケチケチせずに教えろよ?」


〈ブルー・リーダー。レディの年齢を軽々しく聞くのは、いかがなものかと〉


「へっ! なんて生意気なプログラムだ!」


〈私も女性プログラムですので、同じ女性に対して、配慮をしたまでです〉


「なーんだその理屈。あ、知ってるぞ? そういうお前はうみシリーズ、半世紀前の型だ。つまりは五十路いそじの行き遅れ女だろ?」


〈……〉


 怒らせたかな。こいつ、黙っちまった。


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【収束地点】Tubeの束と、アクアリウム・溜まり場の接合部分。


【溜まり場】アクアリウムや陸地などの広い土地から離れた場所にあるTubeには、何本かが束になって膨らみのある空間になっている場所がある。高速道路で言うサービスエリアとETCを合わせたような役割を持っており、溜まり場を通過・利用する場合は官民問わず通行料の支払いが必要となる。居住には適さない。


大黒柱だいこくばしら】海底に深く突き刺すようにして建てられた、世界各地に数千本ある巨大な柱。海底からの高さは数千メートル、直径は数キロにもわたる。数多あるTubeとアクアリウムの支柱になっている。柱の内部は、空洞による浮力で浮いてしまわないようにみっちり詰まっている。柱の頂上の土地には、柱の管理者である『柱の民』が少数で暮らしている。その長大さゆえに建設費用も高かったので、通行料も高い。

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〈第十話『人口島特区とクジラ』へ続く〉

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