第九話『Tuberと巨大津波』
【お知らせ】第九話『Tuberと巨大津波』は、八話までの『神視点』ではなく、『一人称視点』を採用しております。ご了承くださいませ。
ダークエネルギー襲来より二千年。
アクアリウムとTubeによる、人類の生存戦略は、当初の予想を遥かに上回る大成功を収め、人口は億単位で維持された。
そして、アクアリウムとTubeの巨大ネットワークの世界を維持するために、Tuberが生まれた。
Tuberは、シャトルに乗ってTubeの中を通りながら。Tubeの点検をしたり、物を運んだりする。
Tuberの一人に、
「そうそう、ここだ。第一収束地点」
ライトはオフだが、透明の壁越しの朝日のおかげで、シャトル内は十分明るい。この空間に存在するのは、腰の高さほどの細い四角柱と、その正面にある座席くらいだ。座席というのは、
「今日の予定は何だっけ?」
これは独り言ではない。
俺の声に反応して、女性の声で、シャトルのどこかから音声案内が。
〈ようこそブルー・リーダー。私は音声案内プログラム
シャトルの天井の小型装置から、エクシウム・ガラス製の透明の壁に向かってレーザーが照射され、3Dホログラム、つまり立体画像が映し出される。ぱっと見、やたらに文章量の多い、分刻みのタイムスケジュールと言ったところか。
「そんなのわざわざ言われなくてもわかってるよ。Tuber歴何年だと思ってるんだ?」
壁を、音声案内プログラムの肉体だと思って、軽くコツンと叩く。
〈点検任務日誌の最終更新日が、五年前の六月十一日でしたので、念のため〉
そう、俺はTube修復部隊『チーム・ブルー』のリーダーとして本部勤めになってから、長らく点検任務から離れていた。Tubeの修理ができるんだから、点検なんて朝飯前だ。
「ったくなんだ所詮プログラムのくせに。そういうのは
AIどもは不完全だ。俺の経歴は瞬時に検索可能なくせに、経歴から能力を推測して、俺が実際どういう人間なのか、というところまではわからない。ああでも、そういう頭でっかちな人間が富士本部にも五万といるなぁ、人間もAIも同じか。
〈ブルー・リーダーの髪の毛が、ボサボサだったので、今朝は慌てて来たのだろうと推測しました。気を引き締めさせた方が、よろしいかと思いまして〉
なんだ、大した推論をしてくれるじゃないか、こいつ。ちなみに今日は寝坊寸前だったから、朝飯は抜いてきたから、今日の点検の仕事は、文字通り朝飯前だ。
「はいはいそうかい、でスケジュールはどうなってるって?」
立体画像を注視する。
———————————————————————————————————————
【タイムスケジュール】
〇八時〇〇分:『富士本部』第一収束地点にて、シャトルA15127に搭乗完了。
〇八時二五分:加圧開始
〇八時三〇分:加圧完了、『富士本部』第一収束地点より出発
〇八時四五分:溜まり場『岡崎』通過。通行料一〇三クレジット。
〇九時〇〇分:大黒柱『琵琶』通過。通行料三八〇クレジット。
〇九時十五分:溜まり場『
〇九時二五分:アクアリウム『出雲』通過。通行料五〇クレジット。
大和国〜
一〇時〇〇分:大黒柱『南朝鮮』通過。通行料二三〇クレジット。
朝鮮国〜
一一時〇〇分:大黒柱『
大華国〜ミニヤ・コンカ間を越境。
一四時〇五分:超アンデス・ライン国家『ミニヤ・コンカ』到着。入国料一六〇〇クレジット。関税二〇〇〇〇クレジット(大和国政府により事前支払済)。
積荷を下ろしたのち、台湾国・琉球ルートで帰投。
ミニヤ・コンカ〜大華国間を越境。
一四時五二分:アクアリウム『重慶』通過。通行料二三〇クレジット。
大華国〜台湾国間を越境。
一五時五八分:アクアリウム『
台湾国〜大和国間を越境。
一六時五五分:大黒柱『琉球』通過。通行料一八〇クレジット。
一八時十三分:大黒柱『南海』通過。通行料四四〇クレジット。
一九時〇九分:『富士本部』帰投。
——通行料の合計 三六一四クレジット——
———————————————————————————————————————
「あーっ! 長ったるいスケジュールだ! どうせ横断山脈のミニヤ・コンカまで行って帰ってくるだけだろう? 木を見て森を見ず! 細部に囚われるな! ま、
神は細部に宿るとはよく言うが、これは、何のクリエイティブのかけらも無い仕事だ。とにかく移動して、Tubeに異常がないならそれでいい。
「というか、関税がやけに高いみたいだが、積荷は何だ?」
〈すみません、アクセスを拒否します。重要機密につき、上級責任者権限を要します〉
こいつ、俺の位が低いって言いたいのか? まぁ実際、名ばかり管理職ってやつだがな!
「へぇ、そうかい。にしても、通行料の立て替えがきついなぁ! 三六一四クレジット、べらぼうだ! それだけあれば酒がたらふく飲めるぞ! そうだ、残高はあったっけ? 確認してくれ」
〈ブルー・リーダー。交通カードが挿入されていません〉
「ああ、そうだった」
座席の前の柱の、狭い隙間に、カードを差し込む。
〈ブルー・リーダー。只今より、点検任務の手順を説明します〉
「説明? そんなんもん必要ないって!」
〈Tuberは全て、最後の点検任務から三年以上が経過している場合、点検任務についての簡易的な説明を受ける義務があります。こちらは通常のプロトコルです〉
本当、生意気なプログラムだな。
「わかったよ」
〈シャトル走行中は、常に前方のTubeを注視し、また耳をすませて異常の発見に全身全霊を捧げてください。異常を発見した場合、直ちに緊急停止ボタンを押したのちに、最寄りの溜まり場あるいは大黒柱に指示を仰ぎ、その通りに行動してください。シャトルに人が乗る場合、溜まり場・アクアリウム・
「ないよ」
そう、ないに決まっている。
〈では、八時二五分までに、シートベルトを装着の上、座席にご着席ください〉
***
〈発車時刻が近づいています。画面をコントロールパネルに切り替えます〉
コントロールパネルなんて、滅多に使わないけどな。
「はいよ」
〈そしてブルー・リーダー……〉
「なんだ?」
〈シートベルトを装着してください〉
「おっといけない、忘れてた」
これは果たして意味があるのか、というほどに簡素なシートベルトを、腰周りに装着する。
〈加圧開始します〉
\キーーーーーーン/
シャトルの後ろの空間に、空気が溜められる。
その間二、三数秒。
\シュウゥゥゥ……/
あっという間に、
〈加圧完了。カウントダウン。十、九、八、七、六、五、四、三、二、一、発車〉
\ヒューゥン/
揺れはほとんどない。
〈次は、溜まり場『岡崎』を通過します。通過予定時刻は、八時四五分〉
岡崎か。西の方面に来るのは久しぶりかもな。
目の前の数字が、一〇、二〇、四〇、八〇……一六〇…………三二〇………………六〇〇と推移する。
あっという間に、立体画像の中の速度計の表示は、最高速度の時速六〇〇キロメートルになった。
走るシャトルの透明の壁越し、Tubeの外は、
よく晴れた空。
いつものように、
Tubeの中は、ほんのり温かい。
白い太陽の光に照らされた透明なTube内は、ちょうどビニールハウスのような、温室効果が働いているからな。
視線は前方へ向けて。透明な、シャトルのフロントガラス越しに、ずっと先まで続くTubeの管を注意深く観察する。
耳は研ぎ澄ませて。シャトルとTubeの内壁の摩擦音に、異音が無いか確かめる。
今日も、遠くの海の水平線が綺麗だ……
と思いきや、向こうから反り立つ壁のような
その高さ、数千メートル。
「おっ、これは飲まれるな」
〈衝撃に備えてください〉
海三三九はそう警告するが、大丈夫。
\\\\ザッバーン!!////
白い泡に包まれたと思うと……
視界が、海の青に変わる。
海中に沈んだTubeは、そのあまりの透明度で、目をよく凝らさないと、存在を確認できない。
存在を確認できないということは、目立つ傷や、ヒビ割れがないということ。
「よし、無傷だな」
Tubeの強度は、とんでもない。
巨大津波なんかではびくともしない。
津波よりも怖いのは、人工島特区の奴ら、いわゆる海賊たちだ。
あとは、クジラやイルカの超音波。
Tubeが海水により、一気に冷やされたのを感じる。
シャトル内が少し涼しい。
そろそろ最初の駅を通過かな。
\ピコンッ/
〈溜まり場『岡崎』を通過しました。通行料は一〇三クレジット〉
ああ、立て替えが怖い。
***
__発射より二十五分後__
\ツーツー/
電子音。誰かから通信だ。
「こちら
おっと、本部から通信だ。
「はい、聞こえます」
「富士山北西沖、約二百海里の地点で、Tubeへの攻撃があった」
ほほう、ちょうど真南だな。
「また海賊ですか?」
「ああそうだ。すでに撃退済みだから、大至急、修理に向かってくれ。あ、残業代はちゃんとつけとけよ」
残業代……嫌な予感だ。
「了解しました!」
\プツン/
通信終了。
「おいおい待てよ、俺はさっき海に飲まれたところだが、富士山北西沖二百海里の地点で、今、襲撃があったってことは、ちょうどこのあと巨大津波とかぶるんじゃないのか? そしたら修理どころじゃない、大破も大破で大掛かりなTube交換案件だろう? そうならそうと正直に言ってくれればいいのに。ああ、やっぱり富士本部には碌な奴がいない!」
〈ブルー・リーダー、本部への
海三三九よ、余計なことをしてくれるな。
「おいちょっと待て! ひょっとして悪口も込み込みで……」
〈すみません、既に転送完了済みです〉
はぁ、あとで叱られるかな。
「おっとマジかい ……じゃあ
〈かしこまりました。検索します〉
〈代わりのTuberが見つかりました。次の大黒柱『琵琶』で、柱の民
「黒根? 女性Tuberか。しかも柱の民。なら便座を使わなくて良かった、汚い便座を金持ちレディに使わせるわけにはいかないからな。月石黒根についての詳細は? あ、ひょっとして、そいつは若くて美人か?」
〈すみません、アクセスを拒否します。重要機密につき、上級責任者権限を要します〉
「ったくつまんねぇな! 引き継ぎ相手の情報くらい、ケチケチせずに教えろよ?」
〈ブルー・リーダー。レディの年齢を軽々しく聞くのは、いかがなものかと〉
「へっ! なんて生意気なプログラムだ!」
〈私も女性プログラムですので、同じ女性に対して、配慮をしたまでです〉
「なーんだその理屈。あ、知ってるぞ? そういうお前は
〈……〉
怒らせたかな。こいつ、黙っちまった。
●●●●●●●●●●●●
【収束地点】Tubeの束と、アクアリウム・溜まり場の接合部分。
【溜まり場】アクアリウムや陸地などの広い土地から離れた場所にあるTubeには、何本かが束になって膨らみのある空間になっている場所がある。高速道路で言うサービスエリアとETCを合わせたような役割を持っており、溜まり場を通過・利用する場合は官民問わず通行料の支払いが必要となる。居住には適さない。
【
●●●●●●●●●●●●
〈第十話『人口島特区とクジラ』へ続く〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます