第七話『一二六番元素エクシウム①』

 壇上の歩木芽衣ほぎめいが口を開いた。


「ご紹介にあずかりました、富士産業の歩木芽衣ほぎめいです。これより、隣にいる神東淳人しんとうあつととともに、人類はいかにして二千年後の水没した地球で生きていくのか、その方法を技術的視点から、皆様にご説明いたします。はじめに、人類の直面するであろう問題を、整理しておきましょうか。チチブ議長も言及されましたように、重要課題となるのは次の二点です」

 さっきまで、酸欠のせいで酷い顔色だった歩木芽衣だが、話し出すと一変、威勢のいい声で、この会場の誰よりも鋭い眼光を燃やしている。


(スライドに、以下のような短文が表示される)

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①人と物の『収容』手段——⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

②人と物の『移動』手段——⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

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「まず課題①について。人も物も、この先、自ずと減っていくでしょうが、世界の水没する速度からすれば、圧倒的にスペースが足りない。そのため、陸地に変わる収容スペースが必要である。その収容スペースとなるのが『アクアリウム』です」


(スライド上の、①の空欄が埋まる)

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①人と物の『収容』手段——アクアリウム

②人と物の『移動』手段——⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

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「『アクアリウム』とは何か、気になるかとは思いますが、先に②に触れておきます。二千年後の水没した世界では、従来のような輸送のための大型の乗り物と、それを動かすための化石燃料は、贅沢には使えません。なぜなら馬、それらを採る場所である陸地が沈んでしまっている上に、これまで採れていた海中の資源も、千メートル単位の海面上昇で、遥かに困難になると予想されるためです。また、海洋学者らの見立てでは、二千年もすれば、そもそも人類が掘削可能な油井ゆせいやガスせいは枯れ果てている説が濃厚です。よって、人と物の移動には、エネルギー消費が少なくて済む、この上なく高効率の手段が求められます。その手段となるのは、『Tubeチューブ』です」


(スライド上の、②の空欄が埋まる)

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①人と物の『収容』手段——アクアリウム

②人と物の『移動』手段——Tube

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「さて、ようやく『アクアリウム』と『Tube』について説明するわけですが、言葉を並べるよりも、それら自体を視覚的に見せた方が、話が早いでしょう。というわけで、映像を作成しましたので、そちらをご覧ください」


 スライドの表示されていたスクリーンに、地球の未来の映像が映し出される。



 ))))))))))))))))))))))))))))))))))))))))))))))))


 青い空の下に広がるのは、これまた青色の、深い海。見渡す限りの青の景色が、水平線によって、かろうじて二分されている。

 青い空間の上方を、よく目を凝らして見ると、禍々しい黒い月ダークムーンが浮かんでいるのに気づく。

 黒い月ダークムーンは、見かけ上、東から西へと移動する。


 海の表面のある一点を、じっと見つめていると……


 うねりながら、

 じわじわと、

 低まる海。


 海水を持ち上げていた黒い月ダークムーンがその海面から遠ざかり、水位が下がったことで、水面下に埋もれていたTubeがあらわになったのだ。


 そして姿を現した、

 無数に張り巡らされたカテーテルのような透明の管たち。

 管の表面からは、海水が、真夏の運動で掻いた、滝のような汗となって滲み出ていく。


 管の中に……気のせいだろうか、

 ボブスレーのソリが走り抜けたかと思うくらいの速さで、

 ビュンビュン、と通過していく人影やコンテナのようなものが確認できる。

 それも一つや二つではなく、数え切れないほど、である。


 これが、『Tube』だ。 


 管の中のボブスレー観戦に釘付けになっていると……


 海から飛び出す、ひとつの蒼銀そうぎんのきらめき。


 海の轟きに驚いたのか、一匹の青魚が、Tubeのそばで、バシャリと飛び跳ねたのだ。

 背後にあるTubeと、宙をゆっくりと落ちてゆく青魚が重なる。

 Tubeに比べて、青魚の大きさはちっぽけだ。

 Tubeが大きいのか、魚が小さいのか。

 だが少なくともTubeは、その中を青魚が何百匹と束になっても楽々通れそうなほど、太い胴径を持っている。


 長い長い透明の管を辿っていくと、その先には……

 

 これまた透明の、巨大な直方体の水槽。


 水槽と言っても、中に水が張られているわけではない。

 所狭しに敷き詰められた、人と物。

 中で営まれる人間たちの生活の様子は、アリの巣の観察キットを思わせる。


 これが、『アクアリウム』だ。


 『Tube』と『アクアリウム』の繋がりは、ちょうど屋内プールの建物とそこから伸びるウォータースライダーのような関係になっている。


 すると、視点は空、雲の上、宇宙へと、俯瞰に移り変わり、世界の全体像が視界に飛び込んでくる。


 水の惑星全体を、Tubeが、毛糸玉のようにして覆う。

 玉のあちこちに、毛糸玉が絡まってダマになったかのような、アクアリウムの膨らみが散見される。

 そして……

 山だろうか。

 ちらほらと、黒っぽい突起も確認できる。


 世界は、変わるのだ。


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 映像が終わると、歩木芽衣ほぎめいは、いっそうキリリとした眼差しで……

「これが、アクアリウムとTubeで溢れた、地球の未来予想図です」

 と、言い放った。


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【アクアリウムとTube】大和国やまとこくの素材メーカー富士産業ふじさんぎょうが開発計画途中の、人類の未来を支える住居と輸送網。両方とも、同社が富士山で発見した『エクシウム』という新元素を主材料としている。アクアリウムとTubeの、海水面の荒々しい上下運動にも耐えうる設計は流体物理学者の歩木芽衣ほぎめいが、そしてそれらの素材の研究は物理化学者の神東淳人しんとうあつとが中心となって、進められている。

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〈第八話『一二六番元素エクシウム②』へ続く〉

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