第六話『世界水没対策会議』
__20XX年、『人類存続のための科学リテラシー教材』も世に広まった頃__
ここは、南米ボリビア、事実上の首都ラパス。すり鉢状の地形の底にあたるその都市は、世界最高の標高を誇る首都とされ、最底部でも標高は三六〇〇メートルを超える。ラパスは、
今、ラパスの中心にあるボリビア大統領府にて、『世界水没対策会議』なるものが開催されている。それはそれは大きな講堂で、世界各国の首脳陣や学者、有識者が出席する中、議長のカカコ・チチブは、酸素吸引機を片手に壇上に立ち、苦しそうに話している。
「——えーっ、なぜ本会議をここラパスで開こうと思ったか、それはっ……スーッ! ハァ〈酸素の吸引音〉、ここが世界で一番標高の高い首都だからです。何せここは東アンデス、五十キロメートルも行けば六四八五メートルのイリャンプ山。ええ、それだけですよ? 深い意味はありません。ところで皆様、ここラパスに来て、標高の高さを感じられたと思います。はい、そちらの前の方にお座りの
この講堂に集まる人間は、そのほとんどが、普段は世界各地の低地で暮らしている。よって、この標高三六〇〇メートルの空気の薄い土地では、酸素吸入器が手放せないのである。
「——高山病ですねぇ、はい。さっき私は少し走っただけで、酷く息切れしてしまいましたよ。同伴したイコカ・トーク博士とコノミカ・カイーヌ監督なんかは嘔吐したり震えが止まらなくなったり、散々でした。両名、左手にコカ茶、右手に酸素吸入器が手放せません。
チチブ議長から急に話を振られたトーク博士。が、彼は低酸素脳症一歩手前の顔面蒼白具合で、吸入器を握りしめることで精一杯。
「ええ、議長、その通りでス……ス、スッ!」
彼はうまく酸素吸入できず、意識を失い、吸入器を手放した。
隣に座っていたコノミカ・カイーヌ監督が、
「ちょっと! 博士、しっかりしてください!」
と、トーク博士を揺さぶり起こそうとするも……
ゆっーくりと落ちる、吸入器。
トーク博士は、すぐに駆けつけたボリビア大統領府の医療班によって、担がれて運ばれていった。
チチブ議長はトーク博士を流し目で見つつ、冷静に話を続ける。
「あらまぁ、トーク博士はここでリタイアのようですね、皆様もお気をつけください。海面が三五〇〇メートルも上昇するということはですよ? ここもまた沈むんです。ひょっとすると一日のうち数分はちょこんと水上に顔を出スーッ! かもですが、とにかく本当に、異常事態です、これは。しかしひょっとすると、そもそも本当に海面上昇するのか、という疑問をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。いつもの海面上昇するする詐欺では? なんてね。ですが今回は本当です。オオカミ少年扱いされるのは、たまったもんじゃありません、真に、人類滅亡の危機と言えますからね。先ほど、トーク博士の手からゆっくりと落ちていく吸入器をご覧になりましたよね? 低重力です、はい。明らかに、これまでのしょうもない環境活動家が騒いでいた時とは違う、異常事態が起きています。口をスーッ! っぱくして、耳にタコをつくらせ、スーッ! 酢ダコができるくらいに申し上げますが、二千年で三五〇〇メートルも、海面が上昇する、単純計算で一年に約一・七五メートル。平均的な成人男性一人が毎年のように沈んでいくと言えば、その重大性が伝わりますかね? で、忘れてはいけないのが、
チチブ議長はそう熱弁したのだが、会議の出席者は軒並み酸欠で頭がボーッとしている模様。
「ハァ、ハァ……おっと、反応がよろしくありませんが……とはいえ、海面上昇が最高点に達するのは、約二千年年後と言われていまスーッ! から、向こう千年ほどは、ここラパスーッ! も沈まないでしょう。ということで、世界の大都市が沈ーッ! んでスーッ! まわないうちに、じっくりと……スーッ! 対策を……スーッ! 練らねばならないというわけでスッススス……スーッが……」
チチブ議長も、かなり酸素事情が厳しくなってきた様スーッ。
「えーっとここで……スーーッ!! 私も喋り過ぎて、もう限界ですので、スライドに頼っていこうと思います、お許しください。はい、これを見てください」
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——二千年後の地球における地上都市候補——
標高七〇〇〇メートル『アンデス・ライン』
学者らによると、南米アンデス山脈は六九六〇メートルのアコンカグア山を抱えるが、これを超す標高であれば、沈まない土地、すなわち将来的な『陸地』となると推定される。
①中国チベット自治区中東区『ニェンチェンタンラ山脈』、最高点七一六二メートル。
②中央アジア『クンルン山脈』、最高点七一六七メートル。
③中央アジア『天山山脈』、最高点七四三九メートル。※特筆点:三千キロメートルの長大さ
④中国南西部『横断山脈』、最高点七五五六メートル。
⑤諸アジアの山脈の結節点『パミール山脈』、最高点七六四九メートル。
⑥パキスタン北東部『ヒンドゥークシュ山脈』、最高点七七〇八メートル。
⑦中国・インド・パキスタン国境『カラコルム山脈』、最高点八六一一メートル。※特筆点:六十座以上の七〇〇〇メートル級の山々
⑧『ヒマラヤ山脈』、最高点八八四八メートル。
上記の通り、ヒマラヤ山脈を代表とする、アジアに連なる巨大山脈群が世界の中心都市となる可能性が高い。
【参考】
標高三五〇〇メートル『ラパス=フジ・ライン』
学者らによると、ボリビアの事実上の首都ラパスの三六〇〇メートル、富士山頂の三七七六メートルなどを超えると、干潮ではその最上部が海上に出ると推定される。少なくとも、このラパス=フジ・ラインを越えることが、将来的な『陸地』となる最低条件となる。
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酸素吸入をこれでもかというほど済ませ、準備万端のチチブ議長が、話を再開する。
「……スーッ! と、『地上』の都市はこれらに限られることでしょう。が! 今スライドに上がった地域に行けばそれで済むかと言えば、そうではありませんよね? スーッ! い没後の陸地は、どれほどの人口を抱えられるのか、そしてそれぞれの高所で完全に独立して自給自足できるとも限りませんから、移送手段や輸送手段はどうするのか、という問題が残るわけです。お察しかとは思いまスーッ! が、結局のところ、陸地以外にも土地が必要。つまり、少なくない人間が、海と共に生きる必要に迫られるわけです。で、そんなことが果たして可能なのか……? ところで皆様、お忘れではありませんよねぇ? 我々人類には、この高度に発達した脳がありまスーッ! 海中にも、七〇〇〇メートル未満の場所にも住める方法が、きっとあるはず……『はず』ではないんです。『ある』んですよね、既にその構想が! あ、ここからは、バトンタッチしまスーッ! 紹介します、大和国の素材メーカー『
チチブ議長の合図で、比較的前の方に座っていた、顔色の良いとは言えない
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【二千年後の地球】地球では、ダークエネルギーと、その襲来後に発生した
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〈第七話『一二六番元素エクシウム』へ続く〉
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