57話 招待状。
秋だ。
パリス王国の秋は、俺が知っている秋と似通った気候となる。
「いやぁ、暑いねぇ。こちらの秋は」
と、手団扇で首元を扇いでいるのは、ギュンター・フォン・クラウゼ。
北方の大国ゲルニカの宰相家に連なる男だが、ゴルの賭場で無一文となった結果、修道会に金のなる木──聖槍をもたらしてくれた。
その槍は、古代王朝時代に磔にされた救世主の脇腹を、盲目の兵士が刺し貫いたとされている。
返り血を浴びた槍は聖性を帯びたと言われ、法王庁は聖遺物に指定していた。
で、俺とゴルは、
──槍が聖性を帯びただけでなく、返り血を浴びた兵士も罪が赦され、目が見えるようになったらしい……。
という尾ひれを付けた物語を、有り体に言えば創作した。
何人かのサクラを雇い、話の信憑性を高めてもいる。
救世主に
地獄行きに怯える犯罪者にしてみれば、信じたくなる話である。
結果、修道会の聖槍を詣でる人間が爆増し、寄付金もとんでもない額になっていた。
ただし、罪が赦されると考える悪人が増え、治安が悪くなった点は問題なのだが……。
この点は何らかの解決策を見つける必要がある。
やはり、盗賊王のカギを使って裏社会も押さえておいた方が──、
「──のか?」
「ん」
ベラベラと無駄な世間話を繰り返すギュンターが、俺に何かを質問したのだと気付き、羊皮紙に目を落としていた顔を上げた。
宰相家に生まれ、恵まれた教育を受けながら、ギュンターの話は概ねくだらない。
やはり、いくらヤケになっていたとはいえ、博打で身を持ち崩すようなヤツはアホなのだろうか。
「悪い、聞いてなかった。もう一度いいか?」
「まったくお前はクラウゼ家を何だと──ぶつぶつ──いつか──」
「さっさと本題を言ってくれ。俺は帳簿の確認を早く終わらせたいんだ」
緑丸薬工場では以前から導入済みだが、修道会の会計記録も複式簿記に改めさせた。
あらゆる不正とミスは杜撰な会計記録に宿る──と、俺の前世記憶が告げている。
「わ、分かった分かった。そのぅ、あれだ。修道会の連中はジョストの話で持ち切りだろう」
ギュンターは、槍の
業務内容は、1日に1回聖槍の埃を払うことと、カモの悪党から質問をされたら、目が治った兵士の話をまるで見てきたかのように話して聞かせることだけだ。
そのせいで暇を持て余しているのか、修道会の中をふらふらと歩き回っていた。
「ああ。来週から王都で開催されるし、収穫祭も兼ねているんだ。浮かれて当然だろう」
俺はまったく興味が無いが……。
この時節、国内外問わず多数の人々がパリス王都に集まってくる。
収穫祭に伴って様々な催しが行われ、その中でもジョストは祭の華だった。
優勝者には名誉だけでなく、金貨200枚相当の報奨が与えられる。
また、意中の貴婦人に勝利を捧げるために戦う騎士もおり、社交界の色恋に憧れる女たちの注目も集めていた。
「だが、君も参加するのだろう? ほら、修道会内の予選で準優勝だったじゃないか」
聖ラザロ修道会から毎年恒例で3名をジョストに参加させている。
「いや、準決勝で負けたんだよ」
槍使いのヨーゼフに俺は負けたのだ。
俺と決勝で戦うつもりでいたケイトは無念そうだったが、俺の方は危機回避を使わず準決勝まで行けたことに大いに満足していた。
「そうだったか。だが、上位3名には入ったのだ。 ジョストに──」
「いや、俺は行かない」
既にジョスト不参加を申し出ており、俺に負けた別の聖騎士を推薦しておいた。
「忙しいからな」
当座の上納金を収めたので法王庁は黙っているが、聖槍ビジネスがいつまで続けられるか分からない。
何より気になっているのは、セントエルメスに潜入させたゴルからの報告が途絶えた点だ。
法王と薔薇の弱みを握ることが目的でゴルを送り込んだのだが、逆にこちらの
すぐにも暇を取ってセントエルメスへ行きたかった。
「ええっ!? そ、そんな……。王都へ行かんとは! 私は──」
「あんたは王都へ行きたいのか? どういう──」
意図だと問おうとした時、俺の専属になった従士が部屋に入ってきた。
封蝋された羊皮紙の巻物を2つ抱えている。
つまり、手紙が2通ということだ。
「ど、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
「い、いえ、とととんでもないですっ。で、ではっ」
と、顔を赤らめて従士が立ち去って行った。
やたらとモジモジとした従士なので、少しばかり使い辛い……。
ディアナについたゴリラのような従士と交換してくれと交渉する予定だ。
「──ふむ」
フランからの手紙をまず開き、ざっと目で追った。
「ククク。相変わらずアホは面白いな」
「??」
「いや、こちらの話だ。で──」
と、もう片方の封蝋を解いた。
「──!」
意外な相手からの手紙に、思わず漏れそうになった声を抑えた。
ヘンリー・メギストスからの招待状だったからである。
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