56話 フラン視点:ダニエルの野望……。

 メイドのフランです。


 ボルトンの季節は夏から秋に移り変わろうとしています。


 部屋の窓を開け放つと、気持ちの良い風が舞い込んで来ました。

 だからと言うわけでもないのでしょうが──、


「ふあぁ〜あ」


 仕事中なのに、メイド長がとっても大きな欠伸をしたんですっ!

 でも、私は部下の嗜みとして、見て見ぬ振りをして部屋のお掃除を続けています。


「ふあぁ〜あ」


 アル様がボルトンへ戻って来られたら、すべてが変わるはずです。

 皆さんがシャキッと働く気持ちの良い職場に……。


「ふあぁ〜あ」

「メイド長! あ、あのっ──」

「最近さ──どうにも、眠れないんだよ……」

「え、あ、は、はぁ?」


 勇気を出して文句のひとつも言おうとしたのですが、メイド長の深刻そうな表情を見て思い止まりました。

 良く見ると、顔色もなんだか悪い気がします。


「フラン。あんたは眠れてるのかい?」

「はい」


 私は昔から寝付きがとっても良いんです。

 ベッドに入ったら3つ数える間もなく夢の世界へ。

 そして夢の中で──うふふ。


「何だい、気持ちの悪い顔をして」

「あわわっ」

「ふぅ、でも羨ましいったらないよ。あんなにうるさい音がするのに、良く起きないもんだね。お前さんなら、ガラガラ鳥の巣穴だって眠れそうだ」

「そ、そんなにうるさいんですか?」


 ダニエル様は改心されたので、悪いお友達はもう屋敷に来ていません。


 なぜか大荷物を抱えた商人風の方々は良く出入りしているのですが……。

 ただ、夜中に騒ぐような方はもうここに居ないはずです。


「そうさ。物凄い音だよ」

「どこからです?」

「厩舎の方からさ」


 厩舎とは馬を飼っている小屋のことです。


「いったい何でしょうね。馬の嫌がるのみが──」

「違う違う。馬のいななきじゃないんだよ。ドカンドカンと、ともかく変な音なのさ」

「ドカンドカン……? あの、厩舎へ確認しに行かれてはいないのですか?」

「先週、下男連中に1度行かせたんだけど──」


 メイド長は声のトーンを落とし、怖ろしげな表情を浮かべました。


「──黒くて大きな化け物を見たとか何とか言って逃げ出して来たのさ」

「た、大変です。そのことを奥様には?」

「もちろん言ったよ。けど、放っておけと顔をしかめるだけで……」


 そう言ってメイド長は肩をすくめました。


「司祭様に悪魔祓いでもしてもらった方がいいんだろうけどねぇ。あ、そうだ。この際、エルフのあんたに──」


 ◇


 深夜。


 はぁ、と溜息をつきながら、ランタンを片手に厩舎へ向かっています。


 ──”エルフには、悪魔が取り憑かないそうじゃないか”


 などとメイド長に言われ、改めて私が様子を見に行くことになったのです。


「ホントに悪魔だったらどうしましょう……」


 昼間の聞いた話の通り、厩舎の方から騒音が響いて来ています。

 ただ、ドカンドカンではなく、重低音のドスンドスンという感じです。


 いったい、何なのかしらん──と、厩舎の傍に辿り着いた時──、


「くくく、いひひ、どわーはっはっはっ」

「きゃあああ(バタン)」


 突如、厩舎から響いて来た狂気じみた笑い声に驚き、私は悲鳴を上げて思い切り尻もちをついてしまったのです。


「んん、誰だッ!?」


 厩舎の大扉が開いて、中から黒くて大きな──、


「何だ。フランか」

「だ、ダニエル様!?」


 甲冑──とは少し違う気もしますけど、黒い何かに覆われたダニエル様が、ドスンドスンと地響きを立てながら出て来たのです。


「何しに来たんだ?」

「な、何をされてるんですか?」


 ◇


「死者迷宮の書庫から?」

「ああ。隙を見て1冊だけ持ち帰ったんだ。高く売れそうだからなっ」


 あの状況下で、良くそんなことが出来たものだと思います。

 やたらと欲深いところは奥様譲りなのでしょう。


「で、売っぱらう前に読んでみたら──」


 古代文明に関わる書物で、魔装具とかいう物騒なモノについて詳しく書かれていたそうです。

 素材から作り方まで懇切丁寧に……。


「くふふ、これがその魔装具なのさ。様々な素材を取り寄せて、遂に僕は完成させたんだっ!!」


 やはりダニエル様は改心などされていなかったのです。


「これで僕が最強だっ。人食い熊も倒せるパワアとやらを手に入れたんだからな!」

「そ、そうですか。では、明日から森の熊さんたちを──」

「馬上槍試合だッ!!」

「はい?」


 黒い魔装具で覆われたダニエル様は、確かにとっても強そうに見えます。

 禍々しくもありますけれど……。


「秋のジョストで、必ず僕はアルをぶち殺すのだッ!!!!」


 ひぃぃぃぃ──。

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