第2話:神事
『神事』
その存在が確認されたのは、今から約200年前の事だ。
欧州のとある町で、盗みを繰り返して捕まった老人が、自分は神の祝福を受けていると取り調べ中に話したことが最初の記録である。
『神事』というワードは、『神の力を授かったことで成しえた事象』というその老人の言葉から生まれた造語である。
実際、この取り調べ中には、『神事』というワードは登場していない。
『神事』という摩訶不思議な現象が存在すると記されているのは、その3日後の調書である。
「自分は神に愛されている為、絶対に捕まらない」と述べ、全く反省しない老人の処刑の当日である。
老人は、牢屋から忽然と姿を消したのだ。
そのままいなくなったのであれば、神隠しとして処理されるが、そうではない。
まるで、見張りを嘲笑うかのように慌てて牢屋に入った見張りをそのまま閉じ込め、さらには堂々と自分の処刑台を破壊してみせた。
多くの聴衆、そして警備がいる中でそれを実行し、そして誰の目にも触れることなく消えた。
その老人は、仕掛けられた罠で死亡するまで捕まることなく盗みを続けた。
この老人の事件がグローバル化の流れの中で世界中に広まると、同じような経験が世界各地で報告された。
その全てが物理法則を無視したオーバーテクノロジーとしか言いようのない現象であった。
そして、老人の調書に記された以下の証言は真実であるとして、世界に認知されたのだ。
「神々の王達は人類の信仰低下を受け、信仰を深めるべく数多の神々を下界へと降誕させた。しかし、それは一方的なもので、多くの神々は抵抗を見せた。一部は封印され地獄送りとなったが、賢い神々は人間との共存を選んだ。その一人が、わしである」
そこから200年。
世界中のどの警察にも『神事課』が存在し、『神事』であると疑われる事件は必ず捜査権を移管することになっている。
『神事』による犯罪は特定や検挙が限りなく難しく、また世界中をまたにかける犯罪が多い。
その為、世界中の警察とデータベースをやり取りしている都合上、一つの部署が所管している。
当初は画期的な対策方法だと考えられていたが、時代は流れ『神事』を行う側も表立った行動はしなくなった。
神事関連の事件はめっきり減り、『神事課』はいつしか窓際部署と揶揄され変人の溜まり場となった。
関わりたくない現場の警官たちは、少しでも説明が付き添うなら『神事』と判断せず処理していた。
まさに、今の仁である。
「持っているのでしょう? 神事計測器(ゴッドカウンター)。神事の関与があれば、神の御業特有の周波数が、この人から検知されるはず。やらないでいいのですか?」
クリスの追及に、現場の警官は狼狽えた表情を見せた。
が、警官も黙っていない。
老け顔の方が、苦笑を浮かべた。
「やれやれ、子供が調子に乗ってはいけないよ。この男が押したのを見たっていう証言が取れてるんだ。神事である余地も少ないし、何よりまだ逮捕状が出たわけではない。取り調べをして、白だとわかれば解放するさ」
「24.5トン」
「え?」
「24.5トンですよ。体重40kg程度の人を3m突き飛ばすために必要なエネルギーです」
クリスは、続ける。
「現場の状況を察するに、もし彼が犯人であるならば、瞬時に被害者を押し、線路へと突き飛ばさなければならない。距離にしてざっと3m。この距離をそれだけの重さの人を瞬時に突き落とすには、これだけのエネルギーが必要になります。これが『神事』でなくてなんというんです?」
老け顔の警官は、苦虫をかみつぶした様な表情を浮かべた。
「ちなみに、それが彼の『神事』で可能であったとしても、それだけのエネルギーで人間を押すと体はバラバラになっちゃいますけどね」
クリスの堂々とした、そして理路整然とした話し方は、筋が取っているだけではなく、周囲を納得させる力があった。
いつしか、仁を囲んでいた駅員達も間違いだったのではないかという表情に変わっていた。
「ま、カウンターをチェックすればわかることです」
若い警官はゴッドカウンターを取り出し、仁に近付けた。
『ピッピッピピピピピピ』
カウンターは反応を示し、『神事』の関与があったことを示した。
「ちっ……。おい、神事課に連絡しろ」
老け顔の警官は、若い警官に指示を飛ばす。
神事課の刑事は、少数で全国をカバーしている為、すぐに来ることはない。
仁は、連絡先と身分証を提示し、GPS発信器を取り付けられた状態ではあるが、解放されることとなった。
「いや、本当にありがとう!」
仁は、クリスに深々と頭を下げた。
「いいですよ、別に。お礼ならこの後、たっぷりしてもらいますから」
「へ?」
クリスはニヤリと笑い、仁に耳打ちした。
(あなた、神様と同化した同神種ですよね?)
仁の目が、大きく見開かれた。
仁にとっても、この『同神種』という話はよく分かっていない。
ただ、先祖代々薬師家は、とある神様と専属の契約をしていると聞いている。
度々ある不幸は、残念ながらそのせいなのだとも……。
「なんでそれを?」
「それはですね……」
クリスは顔を仁の耳元に近付け、ポツリと言った。
(僕も似たようなものだから、分かるんですよ)
「に、似たようなって、まさか」
クリスは、人差し指を口にあて、黙るようにジェスチャーを送った。
「ここでは人が多い。僕の事務所に行きましょう」
「僕の事務所?」
「あ、いや、僕たちの、ですかね……。まあ、いいや。ささ」
「お、おい!」
クリスは、強引に仁の手を取ると、騒動のあった駅を後にした。
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